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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔族の末裔編
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第百十五話 地上の魔族



 指定された小聖堂へ赴くと、そこには、七翼の騎士セッテアーレの面々だけでなく、見知らぬ連中の姿もあった。


 そのどれもが、似たように剣呑な空気を纏っている。おそらく、他の枢機卿配下の私設部隊だろう。そして皆一様に、緊張感と懸念を帯びている。


 まあ、魔族との戦争なんてことになったら、ここにいる連中が尖兵として最前線に、しかも真っ先に送られるのだろうから、無理もない話だ。



 ふと、イライザと目が合った。意味ありげな笑みを浮かべてウインクしてきやがる。

 出来ればそういうの、ベアトリクスの前ではやめてほしいんだけどな……。




 「諸君、集まってもらった理由は、おおよそ見当がついていると思うが」

 全員が集まったところで、グリードが口を開いた。


 その声は静かだがずっしりとした威厳を纏い、緊張感で浮つく面々を強制的に落ち着かせる力を持っている。

 流石は枢機卿筆頭。俺も、魔王時はこういうふうに出来ているのかな?



 「先般、ディートア共和国領オーウ山脈付近にて、魔族と思しき集団が目撃された。もしこれが、本当に魔族による地上界侵攻であるならば、我々はただちに迎撃態勢を取らなくてはならない」



 全員に向かって話しつつも、グリードの視線はしっかりと俺を捉えていた。俺が、魔王がこの件に関与しているのか否か。それを探っている。


 俺もまた、疚しいことは何もないと示すために、彼の眼をまっすぐに見つめ返す。グリードのことだから、俺の主張くらいは汲み取ってくれるだろう。


 それを、信じてくれるかどうかは別として。



 グリードの口から「魔族による地上界侵攻」という言葉が出た瞬間、その場の空気がさらに張り詰めた。集まった面々の中には、武者震いなのか体を震わせる者もいれば、怯えたように顔を伏せる者も。



 「特務魔導隊による超遠距離観測で得られたのが、この映像だ」

 グリードが空中に手をかざすと、そこに映像が投射された。


 倍率からすると、相当遠距離から撮られたものなのだろう。それでもそれなりの鮮明さを保っているあたり、ルーディア聖教会お抱えの観測部隊の力量は推して知るべし。



 全員が、その映像に釘付けになる。

 流石に表情までは分からないが…確かに、そこに映し出されたいくつかの人影は、少なくとも廉族れんぞくではなかった。


 額に角。

 あるいは、背中の翼。

 縮尺が間違ってるんじゃないか、と思えるような巨体の者もいる。



 「これが……魔族…」

 「…マジかよ……攻めてきたってのか…」

 

 誰かが、ぼそっと漏らすのが聞こえた。


 考えてみれば、現在地上界に生息している生命体で、直接魔族を見たことがある者は皆無に等しい。ここにいる連中にとっても、生まれて初めて見る魔族…というわけだ。



 だが。



 「猊下、確認されたのは、ここに映っている者たちのみですか?」

 ヴィンセントが、挙手をして訊ねた。

 この間のリヴァイアサン討伐で自信を得たのか、それとも元々こうなのか、結構落ち着いたものである。


 「第一報では、目撃者は「魔族の群れ」と表現していた。その数は、数十はあったと。だが、我々が確認出来たのは、この映像にあるのみだ」



 ……数十人の、魔族…か。

 それをもって、魔族の侵攻と呼ぶのは早計…だな。

 だが、それがあくまでも先遣隊でしかないのであれば………。



 「リュート、君はどう思う?」

 グリードが、俺に矛先を向けてきた。


 本当は、今回の件が魔界の総意であるのか問いただしたいところだろう。だがここでそんなことが聞けるはずもなく、こういう当り障りのない表現になってしまっているだけで。



 「どう…って言われても…な」

 俺としても、正直返答に困る。


 「この距離だと、どの程度のレベルかも分からないし…全体像が掴めないことには、なんとも」

 「……そうか」


 俺の答えに頷くグリードだが、どこまで信じているかは分からない。

 が、彼も馬鹿ではない。俺が()()()()()をする必要などないことも、よく分かっているはず。



 「確かに、今はまだ情報が不足している。が、地上界に魔族が出現したということだけは確かだ。そこで、聖教会はオーウ山脈へ調査のため、人を派遣することを決定した」



 グリードが言い終わらないうちに、部屋中がどよめいた。

 ここでその言葉が出るということは、この中から誰かが選ばれるということに他ならない。


 魔族の群れの中に、斥候として赴く。

 

 それが、どれほどの危険と恐怖を内包する任務であるか、魔族を知らない彼らとて想像くらいは出来るだろう。



 …けど、まぁ、心配することはないと思うよ。何てったって、グリードが指名するのは多分…



 「……リュート、君に行ってもらいたい」

 

 ほーらね。当然っちゃ当然なんだけど。


 「合点承知」

 予想通りのご指名なので、断る理由もない。

 というか、指名されなければ困ってしまうところだ。詳細な情報を得たくて地上界にいるってのに、ここで待ちぼうけなんてことになったら時間の無駄じゃないか。



 が、平然としている俺とは裏腹に、騒ぎ出したのは七翼セッテの面々。口火を切ったのはヨシュアで、

 「そんな猊下、新人である彼一人に行かせるなど、危険すぎます!」

 お人好しの彼は、本気で俺を心配してくれているっぽい。

 ほとんど話をしたこともないけど、いい奴そうだな。


 で、すっかり仲良しになったガーレイも、

 「そうですよ!万が一敵に見つかったりしたら、一巻の終わりじゃないですか!」

 一生懸命、俺を庇おうとしてくれている。


 が、なんだかんだで世話になってしまったヴィンセントが、


 「…私は、問題ないと思う。二人が心配するのも分かるが、少なくともこいつの魔導士としての実力はあのヒルデガルダ=ラムゼンを超えている」


 なんてことを言い出した。


 あ、ヤバい。


 「前回の任務の際にこの男が用いた術式…」

 「ちょい待ち、ヴィンセント」


 俺は、これ以上ヴィンセントが余計なことを言う前に遮らなければならなかった。


 「あのさ、人の手札をほいほいとしゃべらないでくれるか?」

 「あ…ああ。すまない………」


 ふぅ。危ない危ない。下手に【天破来戟トゥルスグラディオ】のことなんて持ち出されたらたまったもんじゃない。

 ここには、どんな能力を持った輩がいるか分からないのだ。ヴィンセントの話す術式が、廉族れんぞくには行使不可能なものであると勘づかれたりでもしたら、どう言い訳しろって言うんだ。



 俺が咄嗟に遮ったせいで、ヴィンセントの話は中途半端で切られてしまった。だが、それでも周囲に驚愕を与えるには充分だったようで。


 

 「ヒルデガルダ=ラムゼンって、あの勇者アルセリア様の随行者の…」

 「例の、“黄昏の魔女”…だろ?」

 「それより、こいつが上だって……?」


 ざわざわと、その場にいる全員の呟きと視線が痛い。



 そこに、グリードが咳払いを一つ。


 たったそれだけで、部屋には静寂が戻った。



 「ヨシュア、ガーレイ。君たちの心配も尤もだが、私は彼の力をよく知っているし、信用もしている。そしてこれは決定事項だ。…リュート、準備が整い次第、出発してもらうことになる。何か、必要なものがあれば用意させよう」


 …うーん。必要なもの…か。斥候なんてしたことないから、正直よく分からない。予め教会が用意してくれたもので充分じゃないかな。


 …あ、そうだ。



 「必要なものってわけじゃないんだけど、一人、連れていきたい奴がいる」

 俺がそう言った瞬間、七翼セッテの面々が飛び上がりそうなくらいに緊張を見せた。


 ……安心しろよ。お前らを道連れにするとかいう話じゃないから。



 「…連れていきたい人物…かい?」

 「ああ。俺の、まぁ…助手みたいなものかな。後で紹介する」


 グリードは、少しの間考え込んでいた。

 そして、


 「それは……君の、()()()()知り合い…かね」

 「…あー、うん。そんなところ」

 「……聖教会の者ではなく…?」

 「ええっと…身分的には、もしかしたら、聖職者…かも。それとは関係なく、知り合いなんだけどさ」


 考えてみれば、エルネストって、現在聖教会でどういう扱いになってるんだ?対外的には死んだことになってると思うんだけど、死亡通知とか、リエルタ村から教会には伝わってるんだろうか。



 それからグリードは、先ほどよりも長く思案する。

 多分、彼は……警戒しているのだろう。


 魔王である俺が、個人的な知り合いを同行させたいという。つまりそれは、魔王の配下である可能性が高い(確かにそのとおり)。

 

 

 地上界に現れた魔族の軍勢(ほどの規模かは不明だが)に、魔王が配下を伴って接触する。


 それが、何を意味することになるのか。

 


 彼は俺のことを信じていると、事あるごとに口にする。勿論、信じてはいるのだろう。だからこそ、大切な「娘たち」を託してもいるのだ。



 しかし、信じるといっても限度がある。状況にもよる。今まで、配下の存在を匂わせることすらしなかった俺がいきなりそれをちらつかせたのだから、彼としては、全てを信じ切ってしまうことに抵抗を感じているのだ。

 今までどおりに俺を無条件に信じるには、危険が大きすぎると理解しているのだ。


 しかも、その危険たるや、たかが「魔族の侵攻」などでは済まされない可能性を孕んでいたりする。



 さて、グリードはどう出るか。

 よしんば、エルネストの同行を却下されたとしても、大人しく従うつもりはない。この場は了承しておくが、出発の際には連れて行ってやる。


 何しろ、魔界との交信に必要不可欠な人材なのだ。彼を連れて行かなくては何の意味もない。



 人間として、斥候を務めるだけ、のはずないだろう。

 俺は、魔王として今回の件をきっちり把握しておかなくてはならないのだから。


 流石に、そこまで人間を、廉族れんぞくを優先させるつもりはない。



 しばし考え込んだ後、グリードは観念したようだった。

 「分かった、許可しよう。ただし…」

 むむ、何か条件でも付けるつもりか?

 「ベアトリクス、君も同行しなさい」

 「かしこまりました」


 グリードの突然の指名に、平然と応えるベアトリクス。だけど…



 えええ?いいの、それ?

 だって、確かにベアトリクスは七翼セッテの一員でもあるけど、“神託の勇者”の随行者…だよね?

 どちらかと言えば、ってどちらかと言わなくても、勇者一行の方を優先させるべきなんじゃ……


 何しろ、今回の件にしたって、ルーディア聖教にとっての切り札は、“神託の勇者”なんだろうから。



 俺の抱いた疑問は、他の連中にも共通していたらしい。ざわめきが、再び大きくなる。

 特に、ガーレイの狼狽ぶりは、見ていて可哀想になるくらいだ。


 しかしグリードは、そんな彼らを意に介することもなく、


 「それではリュート=サクラーヴァ、ベアトリクス=ブレア。君たちには、オーウ山脈へ赴き情報収集にあたってもらう。任務詳細は、別室にて担当官から聞くように。後の者は、ここに残ってくれ。今後の指示を行う」


 それ以上の異議異論を、抑え込んだのだった。


 

 

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