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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
復活と出逢い編
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第十話 彼女たちの戦いはこれからだ!


 俺の名は、桜庭 柳人(りゅうと)。日本の、平凡な高校生である。

 壮絶な過去を経験してきたわけでも、左腕に(或いは眼に、でも可)忌まわしき闇の刻印を持っていたりするわけでも、空から降ってきた美少女と共に世界の命運を左右する冒険に出たりする訳でもなく、


 暴走車に撥ね飛ばされて、十六年の生涯を閉じた。



 ………というのは前世の話で、今世では魔王をやってたりする。というか、前々世で魔王だったので、復活した、というのが正しい表現のようだ。


 

 原初の意志としてこの世界(エクスフィア)に誕生し、星と共に在りつづけ幾星霜。魔王と呼ばれるようになったここ最近でも、何千年経ったのだろうか。


 それだけ永い時を過ごしてきた俺にとって、異世界で人間をやっていた十六年なんて、瞬きくらいの短い時間………どころか、注意していないと、あったことさえ気付かないくらいの刹那、と言ってもいい……はず。


 それなのに、いまのところ、俺の中には「桜庭柳人」がその中心に、ででん、と居座っていたりする。


 だから自分は、半分魔王で半分人間、くらいのつもりでいたのだが…………。



 結局俺は、「残虐非道の邪悪な魔王」に他ならない………のだろうか。



               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 勇者たちが玉座の間に辿り着いてから、どのくらい経っただろう。


 目の前には、痛ましいほどに満身創痍の少女たち。まだ諦める様子をみせないのが、哀れを通り越して滑稽に映る。


 

 第2ラウンド開始を宣言したものの、勇者の刃も神官の法術も魔導士の魔術も、何一つ俺に届いてはいない。

 俺は玉座に座ったまま、ただ見ているだけ。俺の影が彼女たちの攻撃に受動的に反応しているだけで、そこに俺の意思は全く及んでいない。


 イージーモードどころの話じゃない。俺はまだ、()()()()()()()()()()



 絶対安全な高みから、雛鳥たちが肉食獣にいたぶられ食い殺されるのを見物しているかのような。


 

 そして俺は、確かにその光景に愉悦を感じていた。


 「ふむ…勇者よ、そろそろ限界か?」


 茶化すように尋ねると、へたり込んで肩で息をしていた女勇者は、キッと俺を睨み付けた。


 「ふざけないで。勝手に他人の限界を決めないでくれる?」


 強気にそう言い返してくるが、それが虚勢であることは明確だった。実際彼女は未だ立ち上がることも出来ていないし、神官も魔導士も彼女の背後で完全にへばっている。特に魔導士なんて、完全に魔力が枯渇しているんじゃなかろうか、青白い顔と虚ろな瞳で俺たちの遣り取りを呆けたように見ているだけだ。


 全く、諦めが悪いにも程がある。頑張れば切り抜けられる程度の危機ピンチであるならいくらでも努力すればいい。だが、どれだけ死力を尽くそうとまるで状況が変わらないのならば、足搔くだけ無駄ではないだろうか。

 これ以上抵抗を続けたところで、傷が増える一方でしかない。


 だが俺がそれを指摘するまでもなく、彼女たちは分かっているのだろう。そして分かっていてなお、諦めようとしない。


 矮小にして脆弱、しかして不屈の精神。


 …………全く、最高の玩具おもちゃでないか。


 「…私は勇者、たとえこの身が滅ぼうと、我が意志は決して折れはしない!!」


 それは俺に向けての言葉だろうか、或いは自分へ言い聞かせる為のものか。悲痛な叫びにも似た宣言と共に、再び俺へと切りかかる勇者。


 驚いたことに、傷つき疲弊しながらも、その剣戟の鋭さは衰えることがない。


 だが、結局は同じこと。そう、先ほどからずっと、同じことの繰り返しなのだ。

 神官の補助サポート、魔導士による牽制と攪乱、そして勇者の攻撃。同じことを繰り返し、一度たりとも彼女らの攻撃は俺へと届いていない。


 俺の“影”が勇者の剣を難なく阻み、そして反撃。消耗し、残る力全てを攻撃に注ぐ勇者には、それを完全に避ける余裕はない。

 避けそこなった幾つかの“影”をその身に受け、勇者は俺の足元に崩れ落ちた。


 ……………そろそろか。いい加減飽きてきたな。


 俺は初めて玉座から立ち上がった。ここへ来てようやく行動を見せた魔王おれを見て、おそらくこれも初めてと思われるが、勇者たちの顔に恐怖がよぎるのが分かった。

 いや…今までは必死に押し隠してきたものが、隠し切れないほど大きくなっただけか。


 「アルシー!!」

 

 離れたところで神官が叫ぶ声が聞こえる。だが、彼女に打つ手は無い。まだ法力マナは残っていそうだが、彼女の持ち札カードは既に使い果たされている。

 魔導士に至っては…あれはもう駄目だな。おそらく意識すらほとんど手放しかけている。生命力を削ってまで魔力を振り絞った結果だ。


 勇者の頭を鷲掴みにして、持ち上げる。随分と軽い。こんなちっぽけな小娘が()の面前にまで辿り着けたのだから、その点だけでも称賛に値するとも言っていい。


 「やめて、お願い、やめてください…!」


 神官が必死に喚いている。死は覚悟の上でここに来ているはずだが、いざその瞬間ときが来てみると狼狽するのは矮小な人間らしい。もしくは、自分の覚悟はすれども仲間のそれまでは出来ていなかったと見るのが正解か?


 実に愚かな。自分たちから乗り込んでおきながら、そして絶対的な力の差を見せつけられながら悪あがきを続けた結果がこれだ。我にしてみれば、自業自得、と言う他ない。


 実に愚かで、滑稽で、哀れな弱者たち。


 心配せずとも、少しは楽しませてくれた礼に、全員同じ場所へと送ってやろう。冥界で睦まじく過ごすがいい。


 我は勇者へと視線を戻す。そして………


 その眼を、見た。


 その瞳の碧を。


 淡く、深く、穏やかに揺らめく光。


 それは、よく見知った色。誰よりも我に近く、誰よりも永く我と共にあった、我が半身の瞳と、同じ色。


 刹那、我の脳裏にいつかの記憶が蘇る。 

 

 随分と久しぶりの満面の笑みで、別れを告げたエルリアーシェの顔。あの時、彼女は何を言っていただろうか…?


 そう、彼女は言っていた…「私の子どもたちのこともよろしく」、と。


 確かに言っていた。外ならぬ、()に対して。



 ……………そうだよ、なんで忘れてた?ついこの間のことじゃないか。

 

 俺は確かに彼女に世界を託されて、いや、それは管理を任せるとかそういうことではないと思うけど、この世界を慈しんでほしいと頼まれたんだ。それは彼女の遺言のようなもので、彼女は俺の片割れで、本当の意味で彼女を理解出来るのは俺だけで、俺を理解出来るのは彼女だけで、すなわち俺たちは言うなれば、たった二人の家族のようなもので、


 その、世界でたった一人だけの家族の最後の願いが、この世界を見守っていてほしいということ。

 このエクスフィアは、彼女の忘れ形見だということ。


 そして何より、今俺の手の中にある勇者は、彼女の意志を継ぐ者で…………


 あれ?俺、何してるんだよ。なんで勇者を殺そうとしてんの?ついノリで…って、


 ノリでやっていいことじゃないよな、これ!?



 ちょっと………自分が怖い。てか、ヤバい。


 ああああああ、怪我してる女の子の頭鷲掴みにして持ち上げてるって、なにこの状況⁉


 絵面的に、俺、すっげー悪い奴じゃん⁉いや、魔王なんだけどさ、そういうことじゃなくって!



 とりあえず、一旦持ち上げた勇者を(我に帰らなければそのまま頭を吹き飛ばそうとしていた…ナニソレ怖い…)地面に下ろす。“影”を使って(今回は意識的に)、出来るだけそーっと。



 「………………………え?」


 驚いたのは勇者。神官も呆けている。魔導士は…………ああ、こりゃまずい、完っ全に魔力枯渇を起こしてる。放っておくと命に関わるな。


 とどめを刺されることを覚悟していただろう勇者は、戸惑っている。そりゃそうだろう、俺の内心なんて知るよしも無いのだから。



 何故か分からないけど、とりあえずは助かった…のかもしれない。しかし魔王の意図が分からない以上危機を脱してはいない……………………といったところか。



 あー、なんか気が重い。ちょっと勇者と魔王ごっこを楽しみたかっただけなのに、悪ふざけが過ぎたんだろうか。


 もう、罪悪感が半端無い。


 やめよう。もうやめにしよう。これ以上は俺の精神衛生上、非常によろしくない。

 俺は、状況が掴めずに茫然とする勇者一行を尻目に、部屋の中に“ゲート”を開いた。


 「え……“ゲート”!?そんな、こんな一瞬で……!」

 虚空に突如出現した異空間回廊に驚愕の声を上げたのは、神官。ま、廉族れんぞくにとっては、長期間に渡る大規模儀式魔術に相当する離れ業を一瞬でやってのけたのだから、驚くのも無理はない。

 つーか、こいつらとことん俺を自分たちの尺度でしか見てないのな…。


 さあ、後は魔王としての立場を崩さないように連中を送り返すとしよう。


 「いかなる苦難にも折れぬ心、なかなかに楽しませてもらった。だが、貴様らが我の前に立つにはまだ早すぎるようだ。さらなる修練を重ねるがいい」


 事実上の、殺すつもりはないよ宣言 に三人娘の眼がいっそう丸くなる。魔王が自分たちを見逃すということが、信じられないのだろう。俺としては彼女らを殺す理由も必要もないんだけど。

 とは言え、くぎを刺すことはしておこう。


 「だが、今一度考えるがよい。眠る竜の尾を踏みつける真似を敢えてする愚行に、意味があるのかを」

 「ど、どういうことよ!?」


 威勢よく勇者が噛みついてくる。こいつ、ついさっきまで俺に殺される寸前だったってのに、ずいぶんいい度胸をしてるじゃないか。


 「今の我には、地上界に干渉するつもりはない。とりあえずは、だ。だが、それは魔界への干渉を許すということではない。何者であれ、我が領域へ侵攻すると言うのであれば、一切の容赦はしない」


 わざと冷たく言い放つと、勇者たちが戦慄に身を硬くするのが分かった。


 「そして愚かな侵略者は須らく我が()となる。…この意味が、分からぬわけではあるまい?」


 攻め込んでくるならば、それは“敵”。そして、


 「我は我が敵の一切を打ち滅ぼそう。それが天界であろうと、地上界であろうと。だが、此度ばかりは貴様らの行為を見逃してやろう。身の程を知り、何が最適な道か考えよ」


 「ふざけないで!誰がそんな言葉を信じると………って、ちょっと、何すんの!?」


 勇者の言葉は、前者が俺の言葉への抗議、そして後者が俺の行動への抗議、だった。

 俺は“影”を使って、三人をひょいひょいとつまみ上げたのだ。


 「ちょっと、離しなさい、下ろしなさいよ!!聞いてるの!?」


 まだそんな元気が残っていたのか、という勢いで喚く勇者を無視し、俺は開いた“ゲート”へ、彼女らを、ぽいぽいぽぽいっと投げ込んだ。


 「待ちなさい、私はまだ戦え…………………」



 フェードアウトする声を聞かなかったことにして、俺はそのまま“ゲート”を閉じた。




 はー…………………終わった………。

 戦い自体は楽勝モードだったに拘わらず、俺の精神的ライフゲージはかなりごっそりと奪われているような気がする。


 あああああー、ほんっと、やっちまった感がスゴイ。こんなところ、悠香が見たらなんていうだろう。軽蔑するだろうか、失望するだろうか、怒り狂うだろうか。


 ………いや、その全部だろうな。


 最愛の妹の姿が脳裏に浮かぶ。俺の脳内の悠香は侮蔑と失望と怒りをその愛らしい顔に浮かべて、俺を責め立てるのだ。

 「ひどい、最低、お兄ちゃんがこんな人だったなんて、悠香思わなかったよ。知らない、そんなお兄ちゃん、もうお兄ちゃんでも何でもないんだからね!」

 そう言って、二度と口を聞いてくれなくなったりでもしたら……………………


 ああ!耐えられん!!いや、確かにもう悠香とは会うことも言葉を交わすことも二度と出来ないと分かってるけど、そういうことじゃなくて、俺の中の悠香が俺を許してくれないという事実は、もう、俺にとって死刑宣告に等しい。

 はっきり言って、地上界だの魔界だの天界だのひっくるめたよりも、重要なことなのだ。


 まあ…………………攻めてきたのはあっちからなんだし、結果として殺してないし、見逃してるし、今回のことは水に流してやることにしたし、セーフ………だよな…?…………多分……。




 勇者たちが“ゲート”の向こうへ消え、静寂を取り戻した玉座の間で一人、俺は頭を抱えるのだった。 


勇者たちのポンコツっぷりがなかなか書けません。本人たちはかなりシリアスやってるつもりですが、その実ただのポンコツです。ポンコツ美少女、いいですよねぇ・・・。

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