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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔族の末裔編
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第百十四話 変わった連中とつきあっていると、何が常識なのか分からなくなる時がある。



 魔界からの“ゲート”は、ルシア・デ・アルシェで俺たちにあてがわれた部屋の、さらに自分にあてがわれた寝室に繋げておいた。

 万が一部外者が訊ねてきていたとしても、ここならまあ、見つかることはないだろう。



 「おう、今戻ったけど……大丈夫か?」

 部屋から顔を出して、リビングを覗く。

 そこには、三人娘しかいなかった。


 「早かったわね……って、あ、アンタは!」

 俺に続いてリビングに入ってきたエルネストの姿を見て、アルセリアが驚きに声を上げる。かつて殺し合った相手なのだから、無理もない。


 「お久しぶりですね、皆さん。お元気そうで何よりです」

 対するエルネストは、いつもの穏やかな微笑のままだ。彼個人には、勇者たちに対する悪感情があるわけでもなく、さりとて罪悪感を抱いているわけでもない。


 が、三人娘はどうにも複雑そうな表情を見せている。警戒や恨みと言うよりは、気まずさ…の方が強い。


 

 どうにも微妙な空気になったところに、


 「ねぇねぇ、陛下。この人たちは何なの?」

 

 エルネストの後ろから、ディアルディオがひょっこりと顔を出した。


 三人は、初めて見る顔に一瞬戸惑ってから、



 「ねぇリュート。…このも、魔族なの……?」


 ……ん?なんだか、アルセリアの表情が若干険しいような。ディアルディオの実力を嗅ぎ取って、警戒しているのか?

 いや、こいつがそんな慎重な性格なわけ……



 あ、しまった。

 ディアルディオの奴、まだ女装したままだった!



 「初めましてー。アタシ、ディアーナっていいます。魔王陛下の、忠実な下僕しもべでぇっす」

 ノリノリで自己紹介をするディアルディオ。

 つか、偽名まで用意してたのかよ。


 で、ディアルディオ改めディアーナは、俺をチラッと見上げて、

 「ねぇ陛下。この廉族ひとたち、陛下の正体こと知ってるみたいですけど……何者ですか?」

 無邪気に、そう訊ねてきた。


 んんー…何だろう。アルセリアたちもそうだけど、なんだかディアルディオにも不穏なものを感じるんだけど?


 

 「ああ……彼女らは、ルーディア聖教の“神託の勇者”、アルセリア=セルデンとその随行者であるベアトリクス=ブレア、そしてヒルデガルダ=ラムゼンだ。理由わけあって、しばらく行動を共にしている」


 「勇者が、陛下と共に……へぇ、そうなんですか」

 何やら含むところがありそうな口調。やはり、魔王おれが勇者と一緒にいることは、承服し難いか。


 「陛下ってば、自分ばっかり面白そうなことしてて、ズルいじゃないですか」


 ……違った。面白がってやがる。


 「…ディアルディオ。今は、面白がっている状況ではないのだぞ」

 「わーかってますって。もしかしたら、魔界と地上界の全面戦争になるかもしれないんですよね?」


 分かっているくせにやたらと明るく言うディアルディオの言葉に、アルセリアとベアトリクスは体を硬直させる。ヒルダは、無言で俺にくっついた。



 「………ちょっとお前。陛下に対して、ちょっと無礼すぎるんだけど?」

 即座にそれを見咎めたディアルディオが、態度を急変させてヒルダを睨み付けた。


 

 やばいやばい。魔族こいつらの俺に対する認識と、三人娘のそれでは、あまりに開きがありすぎるんだった。



 「ディアルディオ、構わぬ。我は、我の認むるところ以外を許すことはない」

 要するに、俺は気にしてないから口を出すな、ということ。

 俺にそう言われて、ディアルディオは渋々ながらも視線の圧を和らげた。



 魔界でも最高位の地位にある六武王の一人に睨み付けられ、さしものヒルダも怯えた表情を見せたが、それでも俺から離れようとはしない。

 俺が、彼女に危害を加えさせることは決してないと分かっているからだろうが、それにしても相当な胆力だ。



 「ふぅん。陛下、随分とこの廉族れんぞくたちに情を向けられているんですね」

 

 ディアルディオは、至極不満げだ。

  

 「陛下は、魔族ぼくたちだけの陛下だったのに……」


 その呟きに、彼の本音の全てが込められている。

 俺は、自分の中の良心がちくりと痛むのを感じた。同時に、そんなこいつらが愛おしくも感じる。



 「そうむくれるな、ディアルディオ。嫉妬とはお前らしくもない」

 

 だからなのか、つい、ディアルディオの頭を優しく撫でてしまった。



 「…へ、陛下……!?」

 ディアルディオは、ますます()()()ない慌てっぷりを見せた。



 あ、やべ。いつもヒルダにしてるみたいにしてしまった。なんか、背丈が似てるから、つい……。

 まあ、ディアルディオも実質年齢(封印期間除く)で三十から四十。人間換算で言えば、十二、三といったところ。ちょうどヒルダと同年代と言える。

 ちょっとくらいの子供扱い、いいじゃないか。



 珍しく狼狽して顔を真っ赤にしているディアルディオだが、これでしばらくは大人しくしていてくれそうだ。

 さて、その間に。



 「で、だ。魔界で確認してみたけど、少なくとも俺の管轄内で妙な動きは確認出来なかった。今も警戒は続けてもらってるけど、その結果を待つだけじゃ埒があかない」

 

 どのみち、魔族の大群が確認されたのは地上界なのだ。もしそれが「全軍」なのだとしたら、それ以上魔界で“ゲート”が使用されることはないだろう。


 「となると、地上界こっちで情報を集めるしかない。教会も絡むとなると、俺の動きも制限されるからな。エルネストは魔界との交信役、で、こっちのディアルディオ……えっと、ディアーナ…?は、万が一の際の戦力として連れてきた」


 俺の説明を聞いて、アルセリアはまたもや複雑そうな表情を浮かべる。俺だけでなく、魔族の力も借りるということはやはり、勇者として認めがたいのだろうか。


 

 …散々魔王に力を借りまくっておいて言うことでもないとは思うけど。



 「……それは分かったけど………そいつら、信用出来るんでしょうね?」

 アルセリアの気持ちも分かる。特にディアルディオに関しては、完全に初対面なのだ。俺が「戦力」と見なすに十分な力を有する魔族を、自分たちの懐の中に入れるのには抵抗があって当然。


 「俺は、臣下に地上界への不干渉を命じている。だから、そこのところは大丈夫だ。ただし……」

 「……ただし?」

 

 これだけは、言っておかなければならない。


 「こいつを、俺と同じようには考えるなよ。こいつは魔族で、決して廉族れんぞくに対して良い印象を持ってるわけじゃない。迂闊な態度で喧嘩を売るような真似はよせ。お前が百人束になっても叶う相手じゃないからな」


 我ながら控えめな忠告だとは思うが、アルセリアには充分伝わったみたいだ。いつになく真剣な表情で俺の話を聞いている。



 実際、俺が禁じている以上は、ディアルディオ(とエルネスト)が、彼女らに危害を加える可能性は限りなく低い。が、皆無ではないところが問題なのだ。


 これがギーヴレイであれば、仮にアルセリアたちに屈辱的な思いをさせられたとしても、俺の命を忠実に守り、決して手を出そうとはしないだろう。

 現に、そのせいで「光の精霊神ギーヴィア」は誕生したのだから。


 だが、ことディアルディオに関しては、絶対と言い切ることが出来ない。

 彼は、極めて移り気で自由奔放、六武王の中でも特にギーヴレイの手を焼かせている問題児。物事を深く考えることはしないし、先々のことより目先の欲求を優先させることもままあるので、取り扱いには細心の注意が必要なのだ……俺以外には。



 特に、俺がディアルディオに与えた権能ファクルトゥスは、使いようによっては危険極まりないもの。

 ここは、勇者一行に大人になってもらうしかない。

 

 

 「……ディアルディオ」

 俺は、傍らで照れたように赤くなったままのディアルディオにも釘を刺す。

 「この者たちの物言いは、ときにお前を不快にさせることもあるだろう。が、それを理由にこの者たちに害を加えることは許さぬ。……いいな?」


 「は…はいっ!分かりました!!」


 よしよし。これでまぁ、心配はいらないだろう…多分。

 エルネストに関しては、それほど心配していない。もともと猫を被るのは大得意だろうし、それでなくともお人好しなのは生まれつきみたいだしな。



 …と、そこに、扉がノックされ、一人の神官…これもおそらく伝令係…が顔を見せた。


 

 「失礼いたします。ベアトリクスさま、リュートさま。七翼の騎士セッテアーレの皆さまに召集がかけられました。直ちに、第四小聖堂までお越し願います」



 …来ると思ったよ、七翼セッテの召集。おそらく、ルーディア聖教にとって最も動かしやすい戦力が俺たち私設部隊だからな。


 …意外なのは、勇者の随行者であるベアトリクスも入れられている、ということ。まぁ、彼女も七翼(セッテの一員だから、だろうか。



 「じゃあ、ちょっと行ってくるけど……アルセリア、ヒルダ。くれぐれも、俺の部下と揉め事起こすなよ?…………エルネスト、しっかり見張っておいてくれ」


 「御意」


 ここで頼れる常識人はエルネストだけだ。

 事が起こった場合、彼にそれを止めることは不可能だろうが、そうならないように腐心してくれることだろう。



 ……普段の旅では感じられないことなのだが、やはり、安心して何かを預けられる相手がいるってのは、非常に心強いものだ。


 この場合、必要なのは力ではない。

 慎重さと、冷静さと、良識。



 その全てが、ポンコツ勇者には望めないものであるという事実は、補佐役としても魔王としても、認めたくないことではあった。


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