第百十三話 リアルタイム通信は歴史上の大変換点である。
『お帰りなさいませ、陛下』
魔王城にて。
“門”を繋げた自室から執務室に入るとすぐに、ギーヴレイが出迎えに現れた。相変わらず、何処にいようとすぐに飛んでくるあたり、常に俺の気配に注意を払っているのだろう。
が、今日は珍しく一人ではなかった。
ギーヴレイの横に、もう一人……。
誰だ?見慣れない………美少女?
基本的に、余程のことがない限り自分から俺に直接会いに来る臣下なんて、六武王くらいなものなんだけど……
…あれ?
なんだか、何処かで見た顔のような気も………
「どうかなさいましたか、陛下?」
俺の疑問は、その美少女?の悪戯っぽい笑みと声色で、即座に解消した。
「……ディアルディオ…か。そのような格好で、一体何を………?」
そのような格好、というのは、ヒラヒラフリフリのドレスである。空色を基調に、レースやスパンコール、ビジューがふんだんにあしらわれた、ザ・令嬢ドレス。
ご丁寧に、頭には大振りのリボンまで。
六武王最年少であるディアルディオは、もともと愛らしい顔立ちの少年ではあるので、どこぞのゴスロリ勇者と違って非常に似合っている。
が、そのディアルディオが何故女装しているのかが分からない。
おおよそ、この間のギーヴレイ女装事件に何らかの関わりを持っているのだろうが……。
「えーとですね、ギー兄が、あ、じゃなかった、ギーヴレイ閣下がですね、「女装をさせられる屈辱を知らずに適当なことを言うな」とか言うもんだから、だったら試してみようかなって思いまして」
俺の問いに答えると、ディアルディオはその場でくるり、と一回転。ドレスの裾を翻してみせた。
「で、結構悪くないと思いません?」
「まあ…そうだな。似合っては…いると思うぞ」
…どうやら、本人はまんざらでもないようだ。
まぁ、これだけ似合っていたら、そして本人が気に入っているのなら、俺がとやかく言う必要もあるまい。
…ちょっと、魔王軍最高幹部としての威厳だとか体面だとか、そういうことに関してはどうかと思うが…。
そして傍らのギーヴレイは、諦めの表情で溜息をついている。
ディアルディオの女装姿を笑ってやりたかったのに、思いのほか似合ってしまったものだから笑うに笑えなくて悔しい…ってところなんだろうな。
…と。そうじゃなくて。それどころでもなかった。
「ギーヴレイよ、ここしばらく、界境付近での異常はなかったか?」
突然の俺の質問にも、ギーヴレイは淀みなく、
「は。魔力反応、空間の揺らぎ共に異常はございません。……何か、ございましたでしょうか?」
と、答えてからおずおずと訊ねてきた。
界境絡みのゴタゴタなんて、厄介ごとしかありえないからな。
「……地上界で、廉族どもが騒いでいる。どうも、魔族による地上界侵攻を疑っているようだ」
「な……っ。それは、誓ってそのようなことはございません。陛下の、地上界への不干渉のご命令は、魔界全土に徹底して遵守させております」
慌てるギーヴレイ。そりゃそうだ。地上界に干渉するな、というのは俺の「厳命」。下手に戦争とかは御免だから、特に強く禁じている事項の一つである。
それを破った魔族がいるとなれば、完全な叛逆。何をおいても、即座に粛清しなければならない。
仮にその叛逆者が、それこそ西方諸国連合のような大規模な一派であるならば、大規模な討伐戦となるだろう。
「ふむ。……マウレ一族のような、愚かなことを企む者が他にいるという可能性は…?」
俺は、ギーヴレイの手腕を、その能力を、全面的に信用している。彼は、俺が気付かないようなところに気が付いて、俺が考え付かないような可能性も考慮して、俺が考えるより先に俺よりも適切な解決案を考え出す。
間違いなく、俺が自分でやるよりもギーヴレイに任せた方が、ほとんど全ての事柄において正解なのだ。
だが、そのことと、無条件で彼を当てにして任せきりにする、ということとは違う。
ギーヴレイも、決して完璧な存在ではない。広大な魔界全土の全てに目を光らせることは、容易ではないだろう。
前回は、西方諸国連合、そしてマウレ一族という、魔界でも屈指の規模を誇る派閥だったからこそ、彼も警戒を怠らず、その結果ルガイアの企みを看破したのだ。
もし、それよりももっと小さな…弱小部族だとか没落した元貴族連中とかが裏でこそこそと動いているのであれば、そんな小さな企みまで全て把握しろというのも無茶ぶりに過ぎる。
だからこそ、俺はギーヴレイがそれらに気付かなかったとしても、彼を咎めるつもりはない。彼が気付かなかったのならば、俺だけでなく魔界の誰であっても気付かなかっただろうから。
しかし、確認はしておかなければならない。
「各地で、小競り合い程度の衝突や勝手な振舞いをする者たちは確かにおります。しかし、“門”や“回廊”は、使用すれば間違いなく魔力反応が観察されます。それゆえ、“天の眼地の手”による観測を密にしておりますが、該当する反応は確認されておりません」
ふーむ。
森羅万象の霊力の流れを捕捉し観測する“天の眼地の手”でも確認されてないということは……少なくとも、魔界から地上界へ何者かが渡ったという可能性は、限りなく低い。
何らかの隠蔽手段を持っていれば別だが、それこそそんな方法があったら俺にはお手上げだ。
「そうか。ならば、廉族共の早合点かもしれんな。それならばよいのだが…」
勘違いに越したことはない。だが、楽観視は事が起こったときに被害を拡大させてしまう。
当然、ギーヴレイは言われるまでもなく理解しているようで、
「それでは陛下、“戸裏の蜘蛛”の動員をお許し願えますか」
魔王直属である隠密部隊の名を出した。
「構わぬ。我に代わり、指揮権を一時的にお前に預けよう」
本来、“戸裏の蜘蛛”は魔王の命令以外には従わないが、勅令があれば別だ。
色々と厄介な連中ではあるが、ギーヴレイならば使いこなせるだろう。ルガイアもいることだし。
……変に衝突しなければいいけど…まあ、ギーヴレイはきちんと公私の区別をつける奴なので、きっと大丈夫…なはず。
さて、叛逆者の有無に関して分かっていない以上、魔界で出来ることは限られている。となると、地上界でもう少し情報収集が必要か。
……でもなぁ。何かある度に魔界と地上界を行ったり来たり…てのも、面倒だなー。
魔界→地上界は問題ないにしても、地上界にいるときは好きなタイミングでこっちに来れるとも限らない。それこそ、七翼の騎士として呼集が掛かってしまった場合、そうそう持ち場を離れることは出来ないだろう。
流石に、他の七翼にまで正体をバラすのは、あまり好ましくない。
うーん……何かいい手は……
…………あ。いいこと思い付いた。
「ギーヴレイ、エルネストをここへ」
「エルネスト=マウレを…でございますか?……御意。直ちに」
ギーヴレイはちょっと面白くなさそうだけど、これはいい人選じゃないか。
エルネストは元々ルーディア聖教の司祭だし、人間(ハーフだけど)として地上界に溶け込むこともお手の物。
そして何より、ルガイアとのリアルタイム通信が可能!
何か急があれば、魔界にいるルガイアに即座に連絡が出来るというのは、この上なく有用。
彼を連れていけば、俺が動けないときにも魔界と意思の遣り取りが出来るじゃないか。
俺、あったまいいー。
あ、あとついでに……
「ディアルディオ、お前も我と共に来い」
『えええええ!?』
ギーヴレイとディアルディオがハモった。ギーヴレイは驚愕と嫉妬で。ディアルディオは驚愕と好奇心で。
「陛下、こやつをお連れになるのですか!?」
うんうん。気持ちは分からなくもないけどね、ギーヴレイ。出来れば自分が付いていきたいんだよね。
「いいんですか、陛下?」
ディアルディオは嬉しそうだ。こいつはその能力故に、普段は干され気味なので退屈しているらしい。活躍の場は…与えてやれるかは不明だが、少しくらい羽を伸ばさせてやってもいいだろう。
それに、万が一のことを考えると、地上界で使える戦力もある程度は欲しい。エルネストも、以前に比べると格段に力を増したが、それでも純粋な戦力という点では六武王に劣る。
しかも、ディアルディオは若いせいもあってか、六武王の中で一番柔軟性を持っている。地上界での俺の立場とか、三人娘への態度とか、上手く察してそれなりに立ち回ってくれそう。
「ただし、決して己が魔族であると悟られてはならない。そして、我が許可するまでは、権能の使用は禁じる」
「はい、承りました!!」
素直に敬礼するディアルディオを見て、ギーヴレイが寂しそうにしている。自分だけ(だけ、じゃないんだけど)置いてけぼりなのが不満なのは明らかだ。が、しかし。
「許せ、ギーヴレイ。我とて、お前を共に連れていければそれに勝ることはない。だが、お前の他に、我の不在を任せられる者がいないことも事実。……頼りにしているぞ」
それは、俺の本心。有能揃いの六武王ではあるが、能力的にも頭脳的にも忠誠的にも、全てを委ねることが出来るのは、ギーヴレイくらいなのである。
あとの連中は、一芸に秀でている…と言うか、能力に偏りがあると言うか…
比較的、ルクレティウスあたりはバランスが取れているが、それでも脳筋仕様なので、頭脳労働を任せるには心許ない。
「…!は。全ては、御身の望みのままに……!」
俺の白紙委任を喜びと誇りを持ってギーヴレイは受け取ってくれた。
これで、魔界のことは心配ないだろう。
さあ、準備は整った。
俺の命に背いて動く不届きものがいるならば、その顔を拝ませてもらおうじゃないか。
いざ、地上界へ。
願わくば、全面戦争になんてなりませんように!
更新が遅くなってしまいました。先月にあった職場イベントのスタッフ慰労会があったもので……。
おねむなので今日はもう寝ちゃいます。おやすみなさい。




