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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
聖都編
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第百二話 ギーヴレイ、困惑す。



 アルセリアからの情報提供を受け、俺は急ぎ魔界へ帰還することにした。


 勇者2号パーティーによる、魔界侵攻。


 正直、連中がどうなろうと、俺に何ら不都合はない。せいぜい、馬鹿な連中だなーと思うくらいで、しかも連中の実力では、魔界に被害を与えることは不可能だろうから、黙殺するという選択肢も無いわけではなかった。


 だが、三つの理由から、俺はそうしないことを選んだ。



 一つ。今は地上界と敵対するつもりはない、ということ。

 余りにも地上界側からの干渉が酷ければその限りではないが、今のところは穏便にいきたい。だからこそ不干渉の命を下したりもしたのだ。

 名もなき一般人であれば、魔界で死んだとて黙殺されようが、曲がりなりにも「勇者」を名乗る人物がそうなれば、ルーディア聖教も地上界も、黙っているわけにはいかないだろう。

 全面戦争は、出来れば避けたい。



 一つ。かつて俺自身が勇者一行を既に見逃している、ということ。

 臣下たちにとって、ポンコツ勇者もゴスロリ勇者も違いはない。ただ、魔王に逆らう愚かな不届きもの、程度の認識。

 片方は助けたのに片方は見殺しにする…というのは、一貫性がないようで、俺自身が嫌なのだ。

 もし仮に、アルセリアたちに先んじて勇者2号たちが魔界に侵攻していたとしたら、きっと俺は彼らを殺していただろう。だが、そうではなかった。

 俺にとって初めて会った「勇者」はアルセリアで、その彼女たちを見逃した以上は、同じ「勇者」であるライオネル(その正統性はこの際置いておくとして)たちもまた、同じようにするべきだろう。



 一つ。わざわざアルセリアが俺にこのことを伝えた理由。

 彼女からしてみれば、勇者2号一行(ゴスロリ勇者、猫男、眼鏡エルフ)は自分の立場を脅かす存在に他ならない。俺に伝えずに黙っていたなら、連中は間違いなく命を落とすことになる。そうすれば自分たちは安泰だ。

 にも拘わらず、俺に伝えたということは、俺が連中を助けると期待してのことだろう。

 俺が彼女の願いを叶える義理など本来はないのだが(魔王と勇者だし)、わざわざ教えたのに俺が動かない、となったら、後で何を言われるか分かったもんじゃない。最大限の愚弄、罵倒、軽蔑をもって、俺を精神的に抹殺しようとするに違いない。


 そう、だから、これは自分の身を守るためなのだ。予期される災難を避けるためなのだ。


 それ以外に、深い意味などない。





             ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 

 俺が“ゲート”を繋げるのは、いつも決まって魔王城の自室か執務室である。

 そして俺が帰還すると、いつも決まってギーヴレイが即座に出迎えてくれる。


 今も、俺の気配を感じ取って、彼はすぐに姿を現した。


 「…お帰りなさいませ、陛下」

 

 …ん?何だろう……ギーヴレイの様子が少し変だ。

 いつもなら、仕事から帰ってきた飼い主を迎える仔犬のように、全身から喜びオーラを振りまくのに。尻尾をブンブン振っているような幻覚が見えるくらいなのに。


 今日は、まるで飼い主の留守中にやらかした悪戯の発覚を怖れているように、少しそわそわしている。


 

 ……まさか。



 「ギーヴレイ、我の留守中に何か変わったことはなかったか」

 俺が訊ねた途端、ギーヴレイの表情が固まった。


 「そ……それが………」

 「なんだ、申してみよ」


 こいつが口ごもることなど、長い付き合いだが一度か二度しかみたことない。これは、いよいよもって危惧していた事態が起こっていたということか……。



 「じ……実は、陛下のご不在中、再び愚かな廉族れんぞくが、魔界侵攻を企てまして……」


 うん、知ってる。だから急いで戻ってきたんだよ。


 「その者たちもまた、身の程をわきまえずに陛下のお命を狙う計画のようでした」


 …過去形。と、言うことは………


 「…始末したのか」

 「いえ、とんでもない!」


 ……あれ?予想外の返答。

 なんで「とんでもない」んだ?こいつにとって、俺を狙う輩は須らく万死に値するはず………



 「魔界に侵入した勇者共には手出しするなとのご命令でしたので……」

 ギーヴレイ、冷や汗がダラダラ。どうした、具合でも悪いのか?


 って……命令?

 俺、魔界を出るときにそんな命令出したっけ?

 そりゃ、地上界への不干渉は厳命しておいたけど、基本的に廉族れんぞくが魔界に渡ることはまずないだろうから、そこんところは考えてなかった。


 でも、ギーヴレイが俺の命令をはき違えるはずもないし……



 あ……あれか。



 しばし考えて、俺は思い至った。

 

 そう言えば、アルセリアたちが魔界に侵攻した際、「勇者と魔王ごっこ」を楽しみたかった俺は、彼女らが何とか自分のもとへ辿り着けるように、魔界全土に手出し厳禁を通達したんだった。


 ……自分で言っておいて、すっかり忘れていた。

 と、言うか、その場限りの命令のつもりだったんだけど……



 考えてみたら、命令を取り下げた記憶がない!



 そうか!ギーヴレイは、俺の下した「勇者への手出し厳禁」令が未だ解除されていない以上、俺の不在中に侵攻してきた勇者2号にも手を出すことが出来なかったということか!


 彼にしてみれば、勇者1号と2号の区別なんてしてるはずないし。



 ……あー、ほんっと律儀な臣下だな。それじゃ対応に困っただろうに。


 ギーヴレイたちには迷惑をかけたけど、結果オーライか。勇者2号たちが殺されてないなら、別にいいや。


 …………ん?でも、それなら何でギーヴレイはこんなに焦ってる?



 「何か問題でも起こったのか?」

 「……いえ、問題というほどのことは、何も……」

 

 歯切れが悪い。やっぱりいつもと違う。


 「して、その廉族れんぞく共はどうした。牢にでも放り込んであるのか?」

 「いえ、陛下より賜った宝珠を用い、簡易的な“ゲート”を作成して彼奴らを放逐いたしました」


 なーるほど、それは考えたな。牢にぶち込むのも「手出し」と解釈される可能性が高い。それなら、さっさと追い出してしまうほうがいいもんな。


 で、連絡用に渡された宝珠を違う用途で使ったもんだから、忠誠心の塊なギーヴレイはこんなに気まずそうなのかな。



 確かに、ルガイアの一件もあったから、俺に緊急事態を伝えるために渡した宝珠である。しかし、考え足らずな俺と違ってギーヴレイの判断はいつも的確なのだから、今回もいい選択をしたと言えるだろう。


 が、そういう理屈じゃないんだよな、こいつの忠誠って。

 ここは一つ、俺がきちんとした形で赦してやらないと、ずっと自分を責め続けるはめになる。


 

 「そうか、それは良い判断だったな、流石だ。大義であった」

 「…は。勿体ないお言葉にございます…」



 …………。

 ……………あれ?


 おかしい。

 いつものギーヴレイなら、この言葉で不安も懸念も罪悪感もきれいさっぱり吹っ飛んで、感激に身を震わせているところなのに。


 まだ、顔色が悪い。

 なんか、居心地が悪そうな。


 

 なんだろう。俺にも話したくないことがあったのだろうか。

 こいつが話さないということは、魔王おれや魔界に害が及ぶことではないだろう。そんなことがあれば、例え自分がどんな責を問われようと、きっちり報告するはず。


 だから、多分そういうことではなさそうだ。

 放置しても問題はない……のかもしれないが、でもやっぱり気になる。


 ギーヴレイが俺に対して、「何かを知られたくない」素振りを見せることなんて、初めてなんだ。

 完全にプライベートなことなら、態度には出さないだろうし。


 タイミング的に、今回の勇者2号の魔界侵攻に関わることだろうし。


 それに何より、すっごく気になる。

 あのギーヴレイをここまで憔悴させるなんて、一体何があったのか。

 純粋に、気になって仕方ない。



 うーん。

 どうしようか。

 ギーヴレイのことだから、俺の耳に入れる必要のないことでも、或いは俺の耳に入れたくないことでも、聞けば必ず答えてくれるのは分かってる。


 聞いちゃおっかな、やめよっかな。

 どうしよっかな。


 俺は結構、意地悪な性格をしているのかもしれない。



 「ギーヴレイよ。勇者を名乗る廉族れんぞくが魔界へ侵入した時から放逐するまで、お前の知るところを全て報告してはもらえぬか?」

 一応、お願いの体裁を取っているあたりも、我ながら嫌らしい。

 こう言われてギーヴレイが断れるはずないと、分かっていてやっているのだから。


 しかも、言いながら俺は、執務室の椅子にどっかりと腰を下ろす。

 じっくり聞かせてもらおうか、という意思表示だ。

 


 「………御意に御座います」

 苦渋の表情で何かに耐えているようだったギーヴレイだが、意を決して語り始めた。



 「廉族れんぞく共の侵入が確認されたのは、五日ほど前のことでした」


 多分ギーヴレイにとって、忘れたくとも忘れられない黒歴史となる事件の詳細を。




 

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