第百一話 重要なことに限って、忘れがち。
ヒルダとヴィンセントの仲を取り持とうとした俺だったが、想像以上の溝の深さ……と言うか、ヒルダの攻撃意志の強さ……のために、急いで事を為すのは寧ろ危険だと判断した。
ヒルダは、アルセリア並みに頑固なところがある。
無理矢理、嫌いな人間と仲直りすることを強いられれば、意固地になってさらに攻撃的になる可能性も少なくない。
現に、一連の遣り取りで過去の恨みつらみを思い出したのか、だんだんヴィンセントに向ける視線が危険な感じにギラついてきている。
ひとまずここはお開きにしましょう。
無言のまま視線だけでそう語りかけてきたベアトリクスに、俺もまた視線だけでそれを了承。
同じくアルセリアも、こればっかりは焦ってもね…と、諦めを視線で語る。
…いつの間に俺たちは以心伝心になったんだ?
まぁ、二人の仲違いの原因が、取り返しのつかない憎悪だとか復讐心だとかに裏打ちされたものでなくて良かった。
これなら、時間をかければ解決するかもしれない。
俺に出来るのは、時折二人の神経を刺激しないようにやんわりと対話を促すくらいだ。
とは言え、今日はここまで。
急がば回れとも言うし、この問題はじっくりと向き合うことにしよう。
ロゼ・マリスを出れば、ヒルダがヴィンセントに会う機会もそうそうないと思うが、同じルーディア聖教会に所属する身(ヴィンセントは正確にはグリードの私兵だが)、いくらでも機会がある。
ということで、なんやかんやと理由をつけてヴィンセントを部屋へ帰すことにしたのだが、そのときのヴィンセントの表情は、とても恐い何かから逃げおおせることが出来た、というような安堵を示していたりした。
「……にしても、アンタはつくづく他人のことに首突っ込むのが好きなのね」
アルセリアが、ほとほと呆れた、といった風に俺を見た。
「仕方ないだろう、中途半端に関わっちまったんだから」
俺だって、何も知らなければ知らないでそのままスルーしてたんだ。だけど、好奇心を満足させるほどには事情を知らず、さりとて黙って見過ごすには良心が痛む程度には経緯を知ってしまったわけで。
「それに、可愛いヒルダが誰かに嫌われているなんて、認めたくないしな」
……これが、本音である。
本音では、あるのだが。
「……ごめんな、ヒルダ。嫌なこと思い出させて」
ヒルダの気持ちを考えずに突っ走ってしまったことも事実だ。彼女がもし触れられたくないと考えていたのであれば、俺のしたことは彼女の傷を抉ることに他ならない。
だがヒルダは、
「んーん。だいじょぶ。気にしない」
無表情の中に最大限の甘えを含んだ顔で、俺にひっついてきた。
……良かったー。
部外者が、余計なことをしやがって。って思われてなくて良かった。
いや、ヒルダがそんなことを思うはずはないんだけど、それでも良かったー。
…安心したら、なんかどっと疲れが出てきたぞ。
無理もないよな。今日は怒涛のような一日だったんだから。
命綱なしのロッククライミングする羽目になるし、生まれて初めて(?)死にかけるし、兄妹喧嘩の仲裁なんて慣れないことにも手を出すし。
「なんか今日は疲れたわ。まだ少し早いけど、休ませてもらおうかな」
そろそろイライザも帰ってきているのだろうか。彼女には、色々と聞きたいこともあるんだが……
「…あ、そう言えば」
そこに、アルセリアが待ったをかけた。
「アンタに、伝えなきゃいけないことがあったんだけど…」
「伝えること?何だよ」
「あったんだけど…………えっと、何だっけ?」
……何だっけ?って、俺に聞かれても知るもんか。
「肝心の内容を覚えてないんだったら意味ないだろうが」
「うるっさいわね。今思い出すから…………………んーと……何だっけ……」
首を傾げて頭の中身を探るアルセリア。
こいつは鳥頭なんだから、無理することないのに。
「ま、思い出せないってことは、その程度のことなんじゃないか?大事なことなら忘れないだろうし」
俺の言葉にアルセリアは、
「ん。そーね。きっとそうだわ。たいしたことじゃなかったのよ、きっと。思い出したら…………って思い出した!」
頷きかけて、いきなり叫んだ。
そしてその口から告げられたのは、
「アルブラで会った偽勇者!あいつらが、魔王討伐のために魔界に行ったって!!」
なんでそれを忘れるか、というくらい、重大な事実であった。
書いてる自分も、あやうく勇者2号の件を忘れるところでした。危ない危ない……。




