第九十八話 憎まれ役がいいこと言ったりするとやたら評価が高くなるのって、ズルいと思う。
俺は、方向音痴ではない。
初めて行く場所でも、余程のことがなければ一回で道を覚えるし、帰り道に迷うこともない。
が、現在、俺は道に迷っている。
比喩的な意味じゃない。人生の岐路に立たされているだとか生き方に迷っているだとか魔王とは何ぞや的な問いに頭を悩ませているとかじゃない。
文字どおり、道に迷っているのだ。
洞窟内は、確かに入り組んだ構造をしていた。
狭いうえに暗く、足元も悪い。分岐が多くて、どこも似たような光景。
そんな中で散発的に魔獣の襲撃を受け、迎撃したり逃げたりしているうちに、ヴィンセントとはぐれてしまったわけだ。
別に、あいつとはぐれたからって俺は何も困らない。
あいつが、「やっぱりはぐれたかこの新人の足手まといが」とか思っているだろうことに関しては慙愧に耐えないが、そこのところは事実なので諦めている。
とりあえずは現在位置が分かるところまで戻ろうかと思っている最中だ。地図を持っていたって、自分が今どこにいるのかが分からなければ役に立たない。
GPS機能付きのグー〇ルマップじゃないからな、アナログの地図は。……どのみち洞窟じゃGPS信号は受信出来ないだろうけど。
で、用心深く洞窟を進み、地図と来た道を照らし合わせて、なんとか自分の現在位置と地図上のポイントを一致させることが出来た俺は、そこから戻るか進むかの選択に迫られた。
魔獣との戦闘と道迷いで消耗していれば、一旦洞窟を出て仕切り直すことにする。
が、特段体力にも装備にも問題はない。
はぐれた時点でヴィンセントが入口まで戻って待機していてくれればいいが、絶対にそれはないだろう。本人もそう言ってたし。
はぐれた場合の合流ポイントを決めておかなかったのが悔やまれるが、どうせ目的地は決まっているのだから、そしてそれほど時間のかかる道程でもないのだから、このまま先へ進むとするか。
俺は今度こそ迷わないように、地図と岩壁に印を付けながら慎重に歩く。
この洞窟内には水蛇の他に、低級魔獣も数多く棲んでいて、時折それらが襲ってくるのが地味に邪魔くさい。
こんな狭いところじゃ使える魔導術式の種類が限られてしまう。炎熱系だと酸素欠乏になる可能性があるし、爆散系だと生き埋めが怖い。
ただでさえレパートリーの少ない俺は、仕方なく剣で地道に応戦するしかないわけだ。
ちなみに、ヴィンセントも、ヒルダほどではないがなかなかの魔導士だった。
大技を連発するような魔力はなさそうだが、術の選択だとか制御だとかがとても巧みで、そんなにヒルダに劣等感を抱く必要はないんじゃないかなーとも思ったりした。
確かに魔力総量だとか才能に準拠した能力は、生まれ持ったものだから仕方ない。が、術の運用によっては中位術式であっても充分に戦力になる。
地上界レベルであるなら、下手に威力だけ大きい術を考え無しに使うより、それより劣る術式でも運用と戦法を考えて使用する方がよっぽど有効だ。
ヒルダは、術の出力に関してはピカ一だが、運用となるとそれほど長けているわけではない。才能ゆえに、それを必要とすることがなかったせいだろう。
仮に、魔王との対決時にもっと頭を使っていたなら、ヴィンセントのような巧妙な運用をしていたならば、もう少しは戦況も違ったかもしれない。
あんな風に、魔力枯渇で早々にダウンすることはなかっただろう。
出力的に中位術式では歯が立たないほどの魔力耐性を持った魔獣は、地上界にはそれほど多くない。
だったら、ヴィンセントだって、ヒルダ並みに優秀な魔導士としての評価を受けてるんじゃないのか?
どれだけ強い術を使えるか競争をすれば、ヒルダの圧勝だろう。
だが、もしヒルダとヴィンセントがガチンコ対決をしたとしたら、勝敗は分からない。
そのくらいのこと、兄なら分かりそうなもんなのに。
俺には分からないような、肉親ゆえのすれ違いだとかそういうものがあったのかな。二人の仲を取り持つつもりはないけど…俺の立場のために…ヴィンセントの、ヒルダに対する悪感情を和らげることくらいはしてやりたい。
俺は、お節介なことを考えつつ、地図に従って歩いていった。
作戦というほどのものではないけど、ヴィンセントと事前に話し合った結果、水蛇たちが巣を作っている地底湖の裏側に通じる横穴があるので、そこから侵入し、一体ずつ狭い通路におびき寄せて確実に片づけていく…という方法を取ることにしている。
おそらく、ヴィンセントは今頃、その横穴まで到達していることだろう。俺を待っているか、待ち切れずに攻撃を開始しているかは知らない。
が、モタモタしてると「なんだ今頃来たのか、もう私が全て片付けた後だぞこの役立たずめ」って言われること確実なので、少し急ぐことにしよう。
ええ…と。この竪穴を垂直に降りていくと、三叉路があるはずだから、一番左の道を選んで、そこからしばらく歩いて次は右行って右行って左………まだまだ先は長いな。
…って、これ……降りるの?
俺の前には、深い深い竪穴が。暗いせいもあるが、穴の底が見えない。
降りると言っても……ロープとか、持ってきてないよ?
ヴィンセントも何も言ってなかったし、こんなに深い竪穴があるなんて思ってなかったんだけど。
迂闊だったなー…。ザイル系は部屋に置いてきてしまった。まさかここまでハードな道程だったとは。
これ、イライザもこんなとこまで調査したの?
七翼、半端ないって。
……まあいい。垂直と言っても、足がかりがないわけじゃない。
命綱なしのロッククライミングだと思えば怖く……
いやいやいや、怖いって。
俺、クライミングはやったことないよ?
あったとしても、きっと命綱は使ってたよ。
しかもいきなりダウンからだし。クライムなしでダウンですか。なんつー人生の縮図ですか。
ううーむ。どうするか。どうしよう。
一瞬、ズルをしてしまおうかとも思ったけど……万が一ヴィンセントが近くにいて目撃されたりでもしたら洒落にならない。いくら仲が悪くてもあいつはヒルダの兄だ。極力殺すことまではしたくない。
…………まあ、なんとかなる…かな。
注意して降りていけば……どうしても無理ってなったら、そのときはズルさせてもらおう。
こんなことなら、浮遊系の補助術式とかベアトリクスに習っておけばよかった。
俺は、意を決して竪穴を降り始める。
最初のうちは、けっこう楽勝だった。手足をかけられる部分が大きくて、所々休めるような岩棚もある。
おお、これならザイルいらないんじゃないか。途中で足場が変わる可能性もあるが、今のところは問題なさそうだぞ。
あとどれだけ降りなきゃならないのか分からないのが辛いけど、これならなんとかなる…かな。
そんな風に、少し油断してしまったのがいけなかったのかもしれない。
三点確保、という言葉がある。
クライミングのみならず、これは俺にも馴染みの深い登山でも使われる言葉だ。
岩場など、足場の悪い場所では、両手足のうち一つだけを動かすようにする。残りの三つは、確実に岩場に置いた状態にしておく。
基本中の、基本である。
そして、言うまでもないことだが、基本というのは決して「初級の」とか、「低級の」という意味ではない。そんなものは出来て当たり前、やって当たり前、出来なきゃ手を出すな、という大前提のことなのだ。
油断や慢心、あるいは注意散漫のうっかりで、それを無視したらどうなるか。
まどろっこしいから、少しペースを上げようと思ってしまった。少し遠くの岩に、左足をかけようと。だがそれには、左手も外さないと届きそうにない。
普段だったら諦めて、もっと手近な足場を見付けているところだったんだけど、ヴィンセントの嫌味な表情が脳裏にチラついて、焦りがあったと言わざるを得ない。
で、少し勢いをつけて左側の足場を目指したわけだが。
……右足を乗せていた足場が、突然崩れた。
どういう状況か、分かるだろうか。
その時点で、俺の体重を支えるのは、岩の突起を掴む右手のみになってしまったということだ。
しかも、左側の岩場へ向けて荷重を移動させている真っ最中。
そりゃ、落ちるよ。落ちるわな。
右手の頑張りも虚しく、俺は空中に投げ出された。
そのまま、暗い虚に吸い込まれていくように。
やばいやばいやばい!死ぬ!これは、死ぬかもしれない!
脳の一部が破損したくらいなら、時間をおけば回復するけど!
岩に打ち付けられて頭がぐちゃぐちゃにでもなったら、それは無理そうな気がする!
試したことはないけど、なんか無理そうな気がする!!
魔王として死ぬわけじゃないけど、でも、「魔王、墜落死」って、字面が嫌だ!情けなさ過ぎる!
もうこうなったら、“星霊核”と接続して、重力を無効化するしかない。
地面に激突するまでに、間に合うか分からないけど……
一瞬の迷いが、吉と出たのか凶と出たのか、判断はし難い。
が、結果として俺は、間に合わなかった。
俺の体は、下の階層の岩場に叩きつけられ……ることはなく。
「うわわわわわ、わぷっ」
謎の茂みに、突っ込んだ。
なんだこれ、なんだこれ。
モサモサしてる………草?にしては、随分乾いてパサパサだけど……。
案外下の方まで降りてきていたということと、このモサモサがクッションになったことで、幸運にも俺の肉体には傷一つなかった。
ふひゅー。助かったー…。マジで運がいい。これも、日頃の行いの賜物だな、うん。
さて……命の恩人のこのモサモサから抜け出そう。全身が、すっぽり埋まってしまっている。
これがもし湿地の泥だったりしたら、窒息死だよね。
あれ?俺って、窒息するのかな?この肉体は酸素を必要とするし、実際呼吸もしてるし……
墜落死も嫌だけど、窒息死も嫌だな。
“星霊核”と接続していない状態だと、俺、案外弱点だらけじゃね?
まあいいや。結果オーライ。
…あ、このモサモサ、水草だ。水草の乾いたやつ。
なんで水草がこんなところで山になってるんだろう。
俺の素朴な疑問は、モサモサの中から頭を出した瞬間に解消した。
俺の目の前には、巨大な蛇…水色の鱗を艶めかしくうねらせた、水蛇。振り返って見ると、俺の背後、こっちにも水蛇。右にも、左にも、水蛇。
あれ、囲まれてますやん。
どうも俺、水蛇の群れのど真ん中に、落下したっぽい?
…てぇことは、このモサモサ。これは、こいつらのベッド…というわけか。
あー、そりゃ、怒るよね。いきなり、見ず知らずの他人が自分たちの家の上に落っこちてきて、ベッドに入り込んだりしたら、怒るよね。
……って。
「わ、わわわわっ」
先制攻撃とばかりに突進してきた水蛇の一匹の、巨大な顎を慌てて躱す。いそいでモサモサから抜け出すと、自分のいる場所を改めて確認した。
……ここは…どう見ても、水蛇の巣…だよな。
あれ?どういうこと?
地図だと、この竪穴からまだしばらく行かないと、巣にも横穴にも到達しないはず……なんだけど?
しかも、先に行っているはずのヴィンセントの姿も見えない。
もしかして既に食われた?
いやいや、戦闘が行われた形跡はない。いくらなんでも七翼の現筆頭。水蛇レベルに、抵抗も出来ずにやられることはないだろう。
……ん?と、いうことは……もしかして。
あの野郎…………俺を、嵌めやがったか!?
この地図は、手書きである。書き直すことなど、造作もない。しかも、ヴィンセントが持っているものと見比べることもしていない。
あああああ、やられた!
あいつ、こんな地味に嫌らしい仕返しをしやがるのか!子供か!
水蛇の群れは、既に戦闘態勢に入っている。警告も何もあったもんじゃない。向こうからしたら、いきなり寝床に敵が攻めてきたんだから、そりゃそうか。
とにかく包囲を抜けた方がいいな。幸い、相手がでかいので隙間はいくらでもある。
俺は一際でかくて鈍重そうな個体の脇をすり抜けた。すり抜けざまに、胴を斬りつけてやる。
完全にとはいかないまでも、ほとんど胴体を両断されて、鎌首をもたげていた巨大な水蛇は己の体重を支え切ることが出来ず、地面に落ちた。
水蛇の組織図は知らないけど、多分この一番大きいのがボス格だろう。残りの連中が、怒りで身体をうねらせる。
さて。包囲を抜けたらこっちのもの。
水蛇の属性は、もちろん。水。と、言うことは…
雷撃術式、いってみよーか。
「【天破来戟】!」
俺が放った雷属性の術式は、ルガイアの使っていたものである。
ヒルダも雷属性の術くらい持っているだろうが、俺は見たことがない。したがって、唯一知っている雷系を使っただけなのだが。
…俺は、もう少し慎重さを身に着けた方がいいのかもしれない。普段三人娘にあれだけ言ってるくせに、自分も考えが足りないというか、考えずに行動に移してしまう傾向があるというか……。
魔導術式には、難易度や威力に応じたレベルというものがある。
低いほうから、低、中、上、特、超、極。
この中で、一般的な廉族に使用出来るのは、低~上まで。そして、限られた者のみ…勇者一行などの種族レベルを極めた者たち…は、「特」級を習得することが出来る。
が、「超」そして「極」級ともなると、行使できるのは天使や魔族の中でも、一握りの高位の者のみ。
で、ルガイア=マウレは、俺の側近である六武王と比肩する魔族のエリート。
で、【天破来戟】は、彼のレパートリーの中でも、最強の一撃。
そのレベルは、「極」級。全術式の中でも、最強の一つ。
何が言いたいかというと。
いくらなんでも、やりすぎだ、ということ。
具体的に言うと、水蛇は全て消滅した。
黒こげになったとかバラバラになったとかではなく、姿形なく蒸発した。
さらに、彼らの水場である地底湖は、干上がった。ぽっかりと空いた穴からすると、相当の貯水量だったと思われる。
さらにさらに、俺が下ってきた竪穴も、洞窟の天井も、消滅していた。
見上げると、巣の真上には青空が広がっている。
……これ、上に誰かいたら、完全に巻き添えで蒸発してた…よな……。
まあ……任務はこれで達成ということで…結果オーライ?
深く考えるのはやめにして、帰り方を考えよう。【天破来戟】の効果範囲はそれほど広くない。ここに繋がる横穴は多分、無事だと思う…………あ。
横穴を探して視線を彷徨わせた俺の視界に、ヴィンセントの姿が映る。
完全に腰を抜かして、へたり込んでいた。
「……き…貴様………なんだ、その…術は………?」
俺を見る表情が、ひきつっている。驚愕と、多分…恐怖のせいで。
……しまった。今の、見られていたか。
しかもヴィンセントは、魔導剣士。目の前で行使された術式が初見のものでも、そのレベルくらいは判別出来るだろう。
少なくとも、廉族では行使不可能なものだ、ということくらいは。
「あー……えと、これは…だな」
俺が一歩近付くと、ヴィンセントは腰を抜かしたまま一歩分後ずさる。
「貴様は……なんなんだ…………こんなの、人間に出来るはず…………」
……ち。面倒だな。こいつには運がなかったってことで、ここで消しておくか。
少し可哀想な気もするが、そもそもこいつは俺を嵌めようとしたんだった。
どうせ、水蛇の群れのど真ん中に追いやって、俺を窮地に立たせようとしたんだろ。
で、横穴のところにスタンバってたということは、タイミングを見計らって、恩着せがましく助けに入ろうと思ってた……ってところか。
一応、確認してみよう。
「あのさ、なんで地図どおりに来たら水蛇の巣のど真ん中に落っこちるはめになるんだ?」
「な……何を、言っている……?それより、貴様は…何者なんだ…」
あれ?心当たりなさそう?言い逃れしようっていうなら、もう少し言い訳を並べてもよさそうなものなんだけど……
「…何者……って言われてもなぁ。…地図に細工したのは、お前じゃないのか?」
「細工?さっきから何を言っている?何のために……」
ううーん?こんだけ怯えてる奴なら、許してください全部話しますーってな感じで白状するもんじゃないのか?
……それとも、こいつの仕業じゃない?
地図に細工をしたのは他の誰かで……いやちょっと待て。俺の読み間違いとか、そういう間抜けな話じゃないよな。
ただの勘違いでした、ってなると後が恥ずかしいので、ポケットから地図を取り出して再確認。
辿ってきたルートを思い浮かべながら、地図と重ねていく。
そんなことに集中していたせいか、周囲への警戒が疎かだった。
これについては、迂闊と言うなかれ。ダンジョンボスである水蛇も全滅させて、まさかここで伏兵が潜んでいるなんて、誰が想像出来る?
「おい、リュート!!」
ヴィンセントが叫ぶ声が聞こえた。
あ、初めて名前を呼ばれたなー、とか、一瞬そんなことを考えて。
気が逸れたせいも、あるのかもしれない。
俺は、横から襲ってきた衝撃をまともに受けて、吹っ飛ばされた。
岩壁に叩きつけられて、一瞬息が止まる。
ああ、やっぱり呼吸は必要なんだな、俺。
場違いに呑気な事を考える俺の耳に、自分の骨がひしゃげ、砕ける音が届いた。
そのまま、受け身も取れずに地面に落ちる。
なんとか視線だけを動かすと、慌てて駆け寄ってくるヴィンセントの姿が見えた。
ヴィンセントは、俺の傍らに膝を付くと、傷の状態を見て表情を強張らせる。
あー…その、これは駄目だ手の施しようがない…って顔してるけど、ご心配どうもだけど、そんなことないから。
確かに、脊椎と肋骨は粉砕骨折してるっぽいし、内臓も結構やられてるけど。普通ならこのままお陀仏コースだけど。
さらに言うと、ちょっと声も出ないくらい激痛だったりするけど。
まあ、数時間もすれば完治するよ。それはそれで、どう説明したものか困ってるんだけどさ。
そんなことより。
俺の内臓をミンチにしてくれちゃった不届き者は、どこのどいつだ?
ヴィンセントの背後に、視線を移す。
地底湖だった穴から、こちらを窺うように姿を見せている、一体の魔獣に。
「……何だ…あれは……」
俺につられて後ろを振り返ったヴィンセントも、それを見て硬直した。
それは、水蛇の親玉みたいに見えなくもなかったが、明らかに違った。
まず、大きさ。水蛇の、優に五倍以上ある。鱗は、深海を思わせる深い青。水蛇と違って、金色の背びれ、胸びれ、尾びれがある。
中国の神話に出てくる龍のように見えなくもない、それは。
「………リヴァイアサン…」
水生魔獣の王の姿は、こんなだったと記憶している。
…にしても、多分肺もやられてるなー。少し喋ろうとしただけで、めっちゃ吐血なんですけど。
マジで痛い。生物ってのは、こんなリスクを負って存在してるわけね…。
「リヴァイアサン…だと?まさか、何故こんなところに……!」
ヴィンセントが驚くのも無理はない。リヴァイアサンの生息地は、主に深海。海水じゃなきゃ生きられないわけじゃないけど、こんな狭苦しい湿地帯の洞窟内にいるなんて、想定外である。
…………まいったな。
リヴァイアサンは、通常の魔獣ではない。一定の条件が満たされた場合にのみ出現する、特異個体である。
おそらく、その力はオロチ以上。竜族にも匹敵するかもしれない。
ヴィンセントにどうにか出来るような相手じゃないし……
それこそ、【天破来戟】あたりなら、一発か二発で撃滅可能だろうが……
無理。ちょっとそれは無理。今の俺は、人間としては死にかけの状態です。立ち上がることはおろか、声を出すことも難しい。
このままだと、二人仲良くリヴァイアサンの餌である。
それは……困る。綺麗に消化されてしまったら、もう肉体の修復は不可能だ。
……仕方ない。ヴィンセントの目の前だけど、“星霊核”と接続するか。口封じ方法は、後で考えるとしよう。
と、思ったとき。
ヴィンセントが、立ち上がった。
逃げる気かな、と思った直後、彼は腰の剣を抜き放ち、リヴァイアサンへ向けて構えてみせた。
「ば……おま……何…して………逃げ……」
あー、もう。上手く喋れない。何とか声を振り絞ろうとしても、喉の奥から血がせり上がってきてそれを邪魔しやがる。
痛いよー。痛いなー。怪我には慣れてないから、多分痛みに対する耐性は、アルセリアたちの方が上だろうなー。
で、俺のそんな必死の呼びかけに、ヴィンセントは振り返らないままで、
「少しだけ待っていろ。ここは、七翼の騎士筆頭、ヴィンセント=ラムゼンが引き受けた」
なーんて、正義の味方ばりのカッコいい台詞を吐いてくれたりしたのだった。
ヴィンセントが、ますますマトモになっていくんですけど……さてはこいつ、初登場時は逆猫を被っていたのか!?




