プロローグ 死ぬときはやっぱり走馬燈くらい見せてほしい。
それなりに、幸せな一生だった、と思う。
ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の学校に通う、ごく普通の生活。
“ごく普通”を当たり前だと感じる程度には、幸せだったのだと。
俺、桜庭 柳人は平凡な男子高校生だ。いや…「だった」。
両親と妹が一人の、四人家族。学校は地元の公立校で、偏差値は中の上。自分の校内での成績も、似たようなもの。
幸い、家庭環境にも友人関係にも恵まれ、このまま順調に進学して、就職して、何の変哲もない“ごく普通”の一生を送るんだろうな、と漠然と思い描いていた。
それなのに、こんなところで終了、だなんて、ツイてないにも程がある。
………仕方ないじゃないか。学校帰りに、交差点を信号無視で突っ切ってくる暴走車に気付いてしまったのが、運の尽きだったのだ。
暴走車の進路上に、立ち竦む女性の姿を見てしまったのが。
………そう、仕方なかったんだ。その状況で、他に何が出来る?考える時間なんてなく、反射的に体が動いていた。それしか出来なかった。
間違ったことをしたとは思わない。ただ、予想外だったのが………
その女性が、思っていたよりも、ふくよか…というか、その、なんだ、つまり、………重かったわけだ。
自分の想定では、女性(多分オバサン)に思い切り体当たりして、暴走車の進路から歩道脇の植込へと、二人して突っ込むはず、だったんだ。
ところが、予想以上にオバサンは重かった……!
結果、オバサンを暴走車の進路からどかすことには成功したものの、俺は強固なブロックに阻まれるランニングバックさながらに、跳ね返されてしまった。
当然、目の前には暴走車が。結果は、推してしるべし。
こうして俺は、“ごく普通”の十六年の人生を、ちょっと普通とは違う形で終えることになった。
残念なことに、走馬灯なんてものは、見えなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
気付くと俺は、真っ白な空間にいた。
空も地面もなく、地平線すらない。明るいのに、影が出来てない。そもそも、影が出来るような自然物も、人工物も、何一つ見当たらない。
………死後の世界ってのは、随分と静かで殺風景なんだなー……
俺が此処を死後の世界だと判断したのは、勿論この変な空間が地球上の何処かには到底思えない、ということもあるのだが、もう一つ決定的な理由が。
その理由とは、俺の目の前に佇む一人の女性にあった。
この何もない空間に存在しているのは、俺と彼女の二人だけ。
で、その女性というのが、とんでもなく美女だったのだ。もう、この上なく、息が止まりそうなくらいの、絶世の美女だったのだ…!
淡いプラチナブロンドに、宝石のような碧の瞳。肌は透き通るように白く滑らかで、全てのパーツのバランスが完璧な顔。体つきはほっそりしているけど、昨今のタレントみたいに病的な細さじゃない、しなやかさを持っている。
死んでしまったのは残念だけど、こんな美女と出会えるんならそう捨てたものでもないな、などと考えていると、やおらその美女が口を開き…
「遅い‼いい加減待ちくたびれてしまったではないですか!」
………………いきなりの、叱責。
「まったく、どうせ貴方のことですから、まーた寝過ごしていたとか言うのでしょう?もとはと言えばそれが全ての元凶みたいなものなんですから、少しは懲りてもらえませんかね⁉」
…………………………………………………。
いやいやいや、ちょっと待って欲しい。
寝過ごしたって、俺がいつ?と言うか、まるで俺と知り合いみたいな口振りは、どういうことだ?
……………それとも、何処かで会ったことが………………いやいや、あるはずがない。こんな美女と会ったなら、その事実を忘れるはずがないだろう。
……とは言え、やっぱり見覚えがあるようなないような…………モデルとか、女優とか?芸能ネタにはあまり強くないから、よく覚えていないだけで。
「あの、すいません。何処かで、会ったことありましたっけ…?」
頭をフル回転させて記憶を引っ張り出していると、美女はずずずいっと俺に顔を寄せてきた。…って、
近い近い近い!息がかかりそう!つか、すげーいい匂い‼
ヤバい。このままでは、俺の中の獣が解き放たれてしまう‼
「それ…本気で言っているのですか………?………そんな、まさか。いえ、でも………それならば寧ろ僥倖と言えるのでは……?」
理性を必死に動員させる俺を尻目に、美女は一人でブツブツと呟いている。
「そこまでは計算していませんでしたが……或いは、私も意識しないうちに……」
あああああ、これ以上はまじでヤバい!
俺は、やっとの思いで数歩後ずさり、美女と距離を取ることに成功した。
美女は何かブツブツ言いながら考え込んでいる。
しかし、此処は本当に死後の世界…あの世、なのか?なんか様子が妙なんだが…
「よし、決めた‼」
いきなり美女が大声をあげる。
「今の貴方の良識を信じて、一から説明しますね!」
……状況が飲み込めない俺にとってはありがたい申し出なんだけど、この妙なテンションは一体……?
「では改めて。私はエルリアーシェ=ルーディア。とある世界の“神”です」
…………………………………。
……………ええええええええー……
ちょっと、いや、だいぶ引いた。
「…あ、どうも。俺は、桜庭 柳人といいます」
相手が自称“神”の変人だったとしても、名乗りには名乗り返さないと失礼ってものだよな………?
俺が名乗ると、美女(神?)は一瞬怪訝そうな表情をしたが、直ぐに笑顔に戻る。
「そして柳人さん、貴方はその世界の“魔王”でした!」
………………。
……………………………。
……………………………………………………。
「あの、すみません。……帰っていいですか?」
「え?ちょっと、待ってください、ここから大事な話が……って何処行こうとしてるんですか⁉」
「いや、何処でしょうね。とりあえず此処じゃないとこなら何処でもいいです」
背を向けて歩こうとした俺に、彼女は背中から抱きついて止める。
「待ってくださいってば!話、話だけでも聞いてくださいよー」
さっきまで完璧な美女だと思っていたが、今は駄々をこねる幼児のような顔になっている。すげなくすると、泣き出しそうだ。
取り澄ました表情より、好感が持てる。少し情にほだされて、話くらいは付き合ってやることにする。
「分かった分かった。で、俺は魔王なのね。フハハハワレハマオウリュートデアルゾー」
「…………あの、バカにしてるでしょ」
「まあ、少し」
「………………話、続けてもいいですか?」
「どーぞどーぞ」
そして彼女は語り始めた。彼女の……彼女曰く「俺たちの」、世界のこと。
初小説です。ゆるゆると続けていけたらと思います。
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