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第9話 専属侍女

 



 王都ディティハイツは人口250万人の大都市だ。命が紙より軽く、主な輸送手段が馬車というこの世界において信じられない規模である。この国の土壌が恵まれており、王都の防衛機能が堅牢なためだ。王都は高さ10メートル程の石壁に囲まれており、また周辺に魔物も少なく人の行き来がしやすい。


 物流が盛んで、安全な都市。周りを木の柵でしか囲んでおらず、日々魔物の襲撃を恐れる村などよりは王都に住みたがるのは当たり前のことだろう。


 それ以外にも外観も良く、インフラも日本並みに整っている。ちゃんとした家には水道が通っているし、都市の下には下水道もある。中世ヨーロッパの街の様に異臭がしない。衛生環境の良い都市なのだ。本当にありがたいことだ。


「 うっ…… 」


 吐き気を堪え馬車から降りる。第二王子と喧嘩別れをした後、すぐに王都にある別宅へと帰ってきたのだ。


 別宅と王都は距離があるわけではないが、それでも時間はある程度かかってしまう。小一時間ほど揺られて、乗り物酔いになってしまった。馬車から見える白亜の街並みは感嘆のため息が出るほどに美しいが、乗り物酔いにはちっとも効果がなかった。


 目の前には全貌が掴めないほど大きな屋敷がある。外装は周りと同じで白塗りの壁に淡い茶色の屋根。さすが、公爵家の屋敷だ。他の家と比べ一回りも二回りも大きい。( 一応 )保護者である伯父の元から離れて生活すると考えると感慨深い気持ちになる。


( とりあえず寝よ。)


 気分が悪い時は寝るに限る。ここ一ヶ月で学んだことだ。案内の使用人すら来ないので勝手に家へ入り客間のソファに体を横たえる。吐き気よりも眠気が強くなっていき、だんだん意識が薄れていく。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ゆっくりと意識が浮上して、目がさめる。室内はよく目を凝らさなければ前が見えない程に暗い。人が生活する音が聞こえないので使用人も寝ているのだろう。どうやら早く起きすぎたようだ。


 ふと、気づく。ここは客間ではない。昨晩、ふかふかのソファで眠ったはずなのにいつのまにかベットの上にいる。


 誰かが運んでくれたのだろうか?寝ている私を起こさないように優しく?多分、その人物は私が忌み子であることを知らなかったのだろう。でなければ忌み子に自分から触れるはずがない。


 この考えはある意味、私の嫌いな偏見ではあるが、止められない。結局のところ自分も彼らと同じなのだと思うと強烈な自己嫌悪に見舞われる。


 肺に泥でも詰まっているように息苦しい。心臓は軋むように痛む。早朝から憂鬱な気分だ。気分転換のためにシャワーでも浴びよう。


 少しぬるめの水が肌を滑っていく。インフラ面が充実しているのは素晴らしい。中世ヨーロッパはタライに湯を溜めて、手ぬぐいで体を拭いて清めていたらしい。元日本人には耐えられないので風呂があるのは本当に良かった。


 残念なのは、シャンプーがないことだろうか。リンスなどの美容品は無くても困らないが、シャンプーがないのは地味に辛い。石鹸は高価ながらあるので助かるが。


 商会を創設してシャンプーを開発して売り出すのは良い案では?と、ガイアの風呂事情と金儲けのことを考えながら体を綺麗にしていく。本当は使用人が洗ってくれるのだが、一人で入る方が気楽なのだ。


 石鹸の花のような甘い香りが荒んだ気分を和らげていく。背中に腕が回らない。体が固いことに気づき、鍛錬にストレッチを追加することにした。


 体が温まってきたので、シャワーの栓を締めて浴室から出る。あらかじめ用意していた吸水性の高い布で体表に付着しているの水分を拭き取っていく。まず、水を吸ってかなり重くなってしまった髪の毛からだ。正直、邪魔臭いのでさっぱり切ってしまいたいが、出家するわけでもないので、そんな暴挙 ー 貴族にとって ー に出ることはできない。つくづく貴族ってのは面倒だと思う。


 髪の後は体を拭いていく。濡れたタオルが重い。鉛の塊を持ち上げているようだ。今世ではフォークとナイフより重いものを持ったことがない私にとって水気を含んだタオルはちょっとした難敵だ。


 一苦労して体を乾かし、この頃よく好んで着るワンピースを着用。というか、ワンピース以外は一人で着れない。腐るほどあるドレスは背中で結んだり手順が多かったり、面倒なのだ。


 水や汚れと一緒に嫌な気持ちを流し、スッキリした気分になったときには、周囲はだいぶ明るくなっていた。使用人達も起きているのか、慌ただしい雰囲気が伝わってきた。


 私は朝食が来るまで脳内にある魔法の情報を読んでいく。これが意外と楽しい。新しい発見やどう使おうか考えると心が躍るのだ。


 最近、見つけた面白い魔法の性質は発動者を傷つけないことだ。魔法は魔力を消費して術者の望む結果を生み出すというものだ。つまりは望まないことは起きないようになっている。自傷は自らが最も求めない結果。味方にフレンドリーファィアすることもない。相当嫌っていたら別だが。


 それと、認識している必要がある。見えない所や気づいていないところは普通に壊れる。


 戦場で敵味方が入り乱れている中、戦略指定魔法なんか使ったら大惨事になる。範囲内にいた人間が全て死ぬ。余波でも死ぬ。敵も味方も関係なく。


 間違ってそれをやらかした大バカが昔にいたらしく両軍が壊滅。戦争を継続できなくなるほどの被害を受け引き分けで停戦で終わる。そして国防がズタズタになっているところを魔物の侵攻を受けて滅んだらしい。なんとも後味が悪い話だ。


「 入ってもよろしいですか、リリアーナお嬢様?」


 珍しく入室許可を求められ驚く。いつもはマナー違反上等、勝手にドアを開けてズカズカ入って来るため私のプライバシーはない。自分の部屋に無遠慮に侵入されるのはかなり不快なものだ。だから、この配慮が身にしみる。


「 お嬢様?」

「 ああ……入っていいわよ。」


 あまりに久しぶりすぎて忘れていた。許可を出さなければ使用人は入ってこれないのだ。


 静かに扉が開く。姿を見せたのは黒髪黒眼の、前世でいう大和撫子のような女性だった。年の頃は20歳ぐらいだろうか、

 私は仄かに懐かしさと驚きを感じる。


「 あの、気分を損なわれてしまったでしょうか?」

「 えっと……なんで?」

「 私の顔を凝視されておいででしたので。」

「 いや、特に理由はないわ。気に障ったらごめんなさい。」

「 いえ!滅相もありません!私ごときに謝罪の言葉など……」


 ジロジロ見ているのを気付かれてしまったようだ。誰でも凝視されるのは嫌なものだ。それに上司(?)に見られるのは居心地が悪いだろう。


 謝ったら愕然とした顔をされた後、さらに恐縮してしまった。使用人に謝罪する者などそうそういないからだろう。


 少しして恐縮したように口を開く。本気で焦っている様子を可愛いと思ってしまった。ずっと眺めていたいが、そろそろ本題に入りたい。


「 それで、何をしにきたの?」


 いつまでも謝り続けそうな雰囲気なので要件を聞いた。純日本人風な彼女はハッとしたような反応をして話し出す。


「 私、ミケラは本日からリリアーナお嬢様の専属侍女としてお仕えさせていただきます。これからよろしくお願いします。」

「 っえ?」

「 やはり、お気に召されないでしょうか?」

「 いや、そういうわけじゃなくて…… 」


 彼女 ー ミケラが綺麗なお辞儀をしてそういった。私は現状に理解ができなかった。


 私に専属侍女なんてどんな冗談だろうか?大抵の人間は怖がるか気味悪がって近寄りたがらないのだ。四六時中そばに仕えるなんて死ぬほど嫌に決まっているだろうに。


 もしや彼女は私が忌み子であることを知らないのだろうか?最近では眠るとき以外に眼帯を外すことはない。この屋敷の使用人が厄介ごとを押し付けるために私が忌み子であることを教えなかったのかもしれない。


 ならば、敢えて言う必要はない。私とミケラ、どちらも得をしない。彼女が真実を知るまでの間、この主従の関係を続けていこう。


「 これからよろしくね、ミケラ。」

「 はい!精一杯お仕えさせていただきます。」


 ミケラは物静かな容姿には似合わない元気の良さで返事をする。何故だか騙しているようで無性に罪悪感が湧いてくる。


 彼女が眼帯の下にある瞳の色を知り私を忌み子として恐れるようになるまでどれくらいの時間がかかるだろうか。いつまで私が彼女の中でリリアーナとしていられるだろうか。


 胸がちくりと痛んだが、努めて無視して無理やり笑う。第一印象はとても大事なのだ。できるだけ天真爛漫に、無邪気な笑顔を浮かべる。



 私は今、会心の笑みを浮かべている自身がある。



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