第8話 お前のことが嫌いだ
6〜7歳ぐらいの男の子が間抜けな顔をしている、何を言われたのか理解できなかったのだろう。あまりに想定外のことで開いた口が塞がらないようだ。
「 私は第二王子にお会いしに来たのですけれどこの場にいないようで。あなたはかの方がどちらにいらっしゃるかご存知ですか?」
更に追い討ちをかける。これから連れてくる方は高貴な身分だから忌み子如きが不敬な事をするなと極限まで希釈した言葉を言われたので目の前のガキが第二王子であることは知っている。わざわざ辛い思いをして会いに来たのを罵倒で返してきた意趣返しだ。
第二王子は風前の灯といった体だ。呆然としてこちらを見ている。火球の良い的になりそうだ。というか打たれ弱いな。
「 なんたる不敬!貴様のような忌み子が口答えして良いお方ではないのだ!貴様はただ黙って追従していればいいのだ!それを…… 」
「 黙りなさい、誰に口を聞いているの。」
「 なん、忌み子風情が偉ぶらな ‼︎ 」
護衛らしきハゲ頭の武官が顔を真っ赤にして激昂する。いかにも頭が固そうな容貌をした彼は分かっているのだろうか。私がまだ勘当されていないことを。廃嫡されて継承権はないが未だ公爵家の一員であるのだ。
「 貴方は頭の足りない愚か者のようね。少し考えれば分かることでしょうに。私は公爵家の血を、ひいては王族の血を引き、公爵家も王家もそれを認めている。これが示すことは一つでしょう?さて、貴方の名前を教えて貰えますか?」
大体がハッタリだ。勘当されていないとはいえ実質的には見放されている。私が実家に訴えかけても無視されることは明白だ。しかし、そんなことをハゲ騎士が分かるはずもなくさっきまで赤くしていた顔を青くしてはくはくと口を開閉している。
「 わかったなら口を閉じていなさい。次があると思わない方が身の為よ。」
話の途中でまた茶々をいれられるのは嫌なので念入りに脅す。彼は口をキツく閉じてガクガクと首が取れそうな勢いで何度も頷く。公爵家に睨まれるなど洒落にならないからね。虎の威を借る狐よろしく家の権力をチラつかせてみた。これからはこの手で黙らせよう。
「 ああ、他の方とお話をしてすみませんでした。改めて第二王子の居場所を聞かせて貰ってもよろしいですか。」
「 ボ、ボクが第二王子だ。」
「 ええっと、嘘は良くありませんよ?第二王子たる方が未だに名を明かさないなどあり得ません。市井の子供でも挨拶の時は自分の名を言いますよ。」
暗にお前は平民よりマナーがなっていないと言った。王族や貴族にとってこの上ない侮辱だろう。顔を真っ赤にして、涙目でこちらを睨みつけてくる。オラオラ、なんか言い返してみろよ、玉ついてんのか?うん?取り敢えず、頭の中で盛大にこき下ろしてみた。
「 …… アドルフ=クリネスだ…… 」
「 はい? 」
「 アドルフ=クリネスだ!クリネス王国第二王子のアドルフ=クリネスだ!」
「 まぁ!これまでの無礼をお許しください。なにせ貴方様のご尊顔を知らなかったものでどなたが第二王子か分かりませんでしたの。」
お前の顔知らなかったし名前言わなかったお前が悪い。解釈の違いによって変わるがニュアンスは大体こんなものだ。アドルフ君は俯き、小さな体をプルプル震わしている。それは恥辱から来るものなのか屈辱から来るものなのかは分からないが、間違いなく怒っているのだろう。
しかし、アドルフ君は優秀だ。とても6歳とは思えない。言葉の裏を読むことやボロクソに言われているのに我慢することをこの年の子供が出来ることが信じられない。間違いなく天才と言えるだろう。私は前世の記憶でブーストしているので例外だ。
「 お前は随分とイイ性格をしているな。お前のような女は初めだ。」
「 まぁ、殿下!そんなにお褒めにならないで下さい、うっかり恋に落ちてしまいそうですわ。」
「褒めてなどいない!嫌味な女だと言ったのだ!こんなことも分からないとは馬鹿な女だ!」
「 口喧嘩とは同レベルでしか成り立たないらしいですよ。ああ、あと言いたいことはもっと率直に言って下さい。あまりにも迂遠すぎてちっとも分かりませんでしたわ。言葉とは相手に伝えるために存在するのですから、相手に分かりやすく伝える努力をするべきです。」
相手を煽りに煽る。無茶苦茶な事を言ってると思うし、これは大人でもキレるウザさを誇ると思う。海よりも深い度量をしていなければ平静ではいられないのではないだろうか?私ならここ二ヶ月で大幅に増えた魔力を全部消費して上級魔法をぶつける。
「 うわーん、お前なんて嫌いだ〜!」
本日二度目のお言葉を貰った。そんなに嫌いなら今ここで婚約破棄して欲しいものだ。
殿下は来た道を走って帰っていった。宙に舞うキラキラした水滴はなんだろうか。負け犬根性丸出しだなぁ。6歳の女の子に泣かされるとか恥ずかしくないのだろうか?これいったら三度目のお言葉を貰える気がする。
とはいえ意味もなく殿下をからかっているわけではない。王宮に呼ばれる頻度を減らすためだ。私は婚約のご挨拶をする為だけに王都へ連れ来られた訳ではない。淑女教育兼花嫁修行をする為でもある。未だ予想の域を出ないが、私は王位継承争いを未然に防ぐ重石役。第一王子が王太子になるまで婚約を続け、国王になり次第破棄されるものだろう。フェイクだとしても気付かれたら意味が無いので体裁を守る必要があるのだ。そういうわけで私は王都にある別邸に滞在することになっている。いちいち王宮に呼び出されるのも嫌なので殿下が私のことを嫌えば呼ばれないと考え、このように暴言を吐きまくっている。一月ほど前にあった親切心は出会い頭の言葉で儚く消えていったのだ。
私は迷う。ここで追いかけて完膚なきまでに叩きのめした方がいいのか、今日はこのぐらい済ました方がいいのか。
視線を右に向けると立派なバラが無数に植わっている。日がバラを照らしている。甘い香りが鼻孔をくすぐる。なんだかどうでもよくなってきた。
バラの香りには注意力を散漫にする効果があるらしい。気のせいかもしれないが少しボーッとする気がする。長旅の疲れもあるしチェアに座ってぼんやりと眺めることにした。
こういうのは何が美しいのかは具体的に説明はできないが、いいものだってのはわかる。元平民にはそれが限界だろう。
喉が少し乾いた。顔をこわばらせたメイドに茶を入れてもらい一口含む。程良くぬるくなった茶は飲みやすく、独特な風味がした。少しの苦味と砂糖の甘みが絶妙に合わさり、強い茶葉の匂いがフワッと薫る。非常に美味しい。記憶を掘り返して茶を飲んだのは忌み子になってから初めてであった。今まで水か、果汁を多量の水で割った果汁水ぐらいであった。公爵令嬢とは思えないぐらいひもじい。
( 魔力少ないな。)
ティータイムを満喫しながら魔力を探ってみるとディッセル領と比べて半分もない。王宮だけではない。ここに来る途中に立ち寄った街も多少の差はあれど感じたことだ。
ディッセル領には異常な程、魔力が溢れていた。多分、魔の森と関係があるのだろう。魔法の修行は魔力が多い地での方が効率が良い。家はあまり好きではないが魔法の練習にはもってこいの場所だった。なんだか無性に帰りたくなってきた。
「 なに勝手に飲んでるんだ!僕がいない間に!」
ホームシック(?)になっているときに王宮へ引きづりだした元凶がなにごとか喚いている。子供特有の高い声が耳につく。更にストレスが溜まった。
このお子様は非常に面倒だ。ふぅ、とため息をついて音源に目を向ける。やはり泣いていたのか目は赤く充血している。そのままずっと泣いて帰って来なければ良かったのに。強がる殿下を鼻で笑い余裕の態度で接する。
「 あら、どうしたのですか?」
「 だから、ボクがいない間になんで紅茶を飲んでいるんだ!」
「 駄目でしたか?」
「 駄目だ!普通は主催側が戻って来るまでじっとしているだろう!」
「 招いた客に何も言わず席を離れることもあってはならないですけどね。」
6歳児が席を外す際に相手 ー それも慇懃無礼で嫌味な相手 ー に気を配れたら気味が悪いが。あまり年不相応の振る舞いをされると私と同じように前世の記憶があるか疑うところだ。
「 うるさい!忌み子がボクに生意気な口を利くな!」
「 …… 」
「 お前みたいな奴と婚約したせいでボクは皆から見放されたんだ!王太子になれる見込みだった消えた。母様もボクを見て落胆したようにため息をつく!」
「 …… 」
「 どうせ、その左眼に付けている眼帯を取ったら気味の悪い黒眼があるんだろ!お前がボクに相応しいとおもっているのか!そんなわけがないだろ!」
まくし立てるように罵る様を黙って見る。極度に興奮しているようで頰は紅潮し、キンキンと耳障りな音階で喚き散らす。6歳にしては異常と言える程に頭が良く、口も回る。到底、6歳の女の子に吐く言葉でないにしろ。
「 黙れ。」
「 っえ?」
「 好きなだけピーチクパーチク囀って満足か?言い返さない相手にボロクソに罵るのは楽しいか?なぁ。」
自然と口から漏れ出る本音。所詮ガキの癇癪、そうやって流すのがこの場での最適解だ。俺は忌み子で相手は王子様だ。どちらが社会的強者であるかは一目瞭然だ。ここで言い返すのは最悪手であろう。いくらなんでも王子への暴言はマズイ。
「 見放された?呆れられた?王太子にもなれない?俺のせいにすんじゃねぇよ。何もかも自分の実力不足が原因だろうが。本来、王太子になるべきはお前だった。だけど優秀すぎる兄貴にとられたんだろう?お前が兄貴より有能なら王太子になれただろうな。周りからも母親からもチヤホヤされただろうな。俺と婚約した理由もわかってんだろ?」
「 うるさい …… 忌み子は黙れ…… 」
「 そうだな、俺の左眼は気色の悪い黒だよ。忌み子、忌み子って周りから蔑んだ目で見られる。あぁ、ムカつくなぁ……、あいつらの眼。イライラしてきた。」
殿下は怯えた眼でこちらを見てきた、
忌み子云々が怖いわけではなく、俺の言動を恐れているのだろう。急に粗野な口調へと変わり、詰って来る。それはたいそう怖いだろう。周りの人間も呆気にとられている。
不快だ。俺に負の感情しかぶつけてこない。俺を忌み子だと知るや否や、蔑んだ目で見る奴ら、怯えた眼で見る奴ら、憎しみの目で見る奴ら、侮る奴ら、全てが嫌いだ。
「 そうだ……お前は忌み子なんだ。だからボクに相応しくない…… 」
「 なに言ってんだよ?これ以上ないくらいにお似合いだよ。」
俺は嘲る様に言ってやった。瞳が揺れている。信じられないのだろう。やんごとなき王族である自分が卑しい忌み子と釣り合っているなど。俺は仕方がなく理由を言ってやる。
「 お前も疎まれているんだろ?俺と一緒だよ。」
「 違う!そんなことはない!」
「 何が違うんだ?出来の良すぎる兄で王太子は決定。国の未来は明るい!でもその弟もそこそこ優秀。しかも正当な継承者はこちら。王になろうとして国を引っ掻き回す可能性もある。あぁ、邪魔だな、鬱陶しい、そう思われているから俺なんかと、いや忌み子風情と婚約させられたんだろ?」
「 そんなのはデタラメだ!お前の家が圧力をかけて……」
「 本当の事なんだよ。」
必死に否定しようとする殿下の顔が絶望に染まる。俺の言葉に何一つ証拠はない。不確かな原作の知識と推測でいったものだ。そんな妄想として一笑に付していいものだ。だが、殿下の顔が物語っている。それが事実であると。
( 原作の知識が無くとも分かるがな。)
婚約者と対面するときにいるはずの王妃がいない。従者は話の途中で口を挟んできたり、表情を顔に出すなど質が悪い。そもそも忌み子である俺と婚約させられた時点で軽んじられているのは明白だ。
「 嫌われ者同士、仲良くしましょう。」
そう言ってにっこり笑いかける。心にもない言葉であるせいか何処か寒々しい。相手は黙ったままだ。よほど俺の言葉が堪えた見える。どうした?さっきみたいに言い返してみろよ。
ティーカップに残った紅茶を全て飲み干す。時間が経ち少し冷たくなったそれは香りも味も落ちていた。
「 お帰りになられるのですか、殿下?」
「 お前なんか嫌いだ…… 」
「 そうですか。」
白々しい俺の質問を無視して拒絶の言葉を吐く殿下。だが、その言葉は1回目と2回目と比べ随分と弱々しい。暗い顔をした殿下は意気消沈した様子でトボトボと引き返す。それにしても嫌われたものだ。まぁ……
( 俺もお前のことが嫌いだがな。)
会話を交わす中で聞いた忌み子を蔑視する言動。それが言葉の弾みかそれとも本心なのかは分からない。ただ、どちらにせよ俺の神経を逆なでした。俺は好きで忌み子になったわけではない。誰が進んで忌み子になるものか。俺は俺を忌み子としてしか見ない輩が大嫌いだ。
「 さよなら、殿下。」
「 …… 」
立ち上がる帰ろうとする殿下にカテーシをする。表向きだけは丁寧に別れの挨拶をする。それに対して殿下は見向きもしなかった。顔も見たくないのか、見る気力もないのだろう。俺も不快な面を見なくて済むので嬉しいが。
( 二度と会いたくねぇ。)
次に対面した時、両者の間に流れる空気は最悪なものだろう。俺たちはどちらも相手のタブーに触れたのだから当たり前だ。
この不和が招く厄介ごとはどんなものだろうかと考えため息をつく。精神的に疲れた。空を見上げ、鳥になって自由に飛び回りたいと思ってしまうのは仕方がないことだろう 。