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第3話 反転した日常

  親しい人が変わり果てた姿になって自分の前に現れたらどんな反応をするだろうか?心配するだろうか?憐れむだろうか?怖がるだろうか?もしかしたら、気味悪がり拒絶するかもしれない。


  だが、どんな容姿になったとしても受け入れてくれることが一番嬉しいことではないだろうか?


 ————————————————————————


  激痛と激情がある程度おさまり頭が回るようになってきた。未だ美しく輝く黒眼を憎く思うものの、刺しても抉ってもどうにもならなかったので諦めるしかない。あの狂的な痛みとそれを裏切る結果。それに対する千々に乱れる思考の中で感じた絶望は私にしか理解できないだろう。


  精霊はあれからずっと黙ったままだ。だが、私にとって話しかけられるよりは好都合だった。精霊の声を聞いたら怒りでまた我を忘れるかもしれない。


  記憶を取り戻してかなり時間が経っていたようだ。太陽の位置が高くなり陽の光が強くなっている。そろそろ使用人が起こしにくるだろう。不安と恐怖を抱えながらその時を待つ。私はまるで処刑前の罪人になったようだ。


  コンコン


  「 お嬢様、お目覚めになられてますか? 」


  軽やかなノックの後、鈴の音のように澄んだ声が投げかけられる。私の専属侍女であるカミュのものだ。

 この優しげな声音が嫌悪に染まり、自分のことを憎悪するかもしれないと考えると、あまりのストレスに吐き気すら催す。


  「 はいってきてカミュ。 」


  前世の記憶を思い出す前の幼子の舌足らずなしゃべり方を心がけて返事をする。あくまで、昨日までの私を意識させるためだ。


  「 目を押さえられて、どうなされましたか。 」


  部屋に入り、左目を手で覆い隠している私を見て、心配そうに尋ねてくる。カミュの姿を見ると私が抱いた一握りの希望が膨れ上がるのを感じた。もしかしたら、全員とは言わないが、特別仲の良かった使用人達は変わらず接してくれらかもしれない、という希望。

 万が一に起こるかもしれない奇跡を。


  「 カミュは何がおきてもわたしのみかたでいてくれる? 」

「 ?当たり前です。私はあなたの専属なのですから。」


  唐突な質問にやや不思議そうな顔をしたものの即答する。それに微かな安堵を覚え、期待する私。


「 目がおかしくなったの。カミュ、怖いよ、助けて…。」


 怯える体を叱咤し左目を晒す。未熟な精神である私の部分が皆んなから嫌悪されることを恐れている。それこそ自ら左目を潰す方がマシだと考えるほどには。なけなしの勇気を振り絞り患部を見せた。


「 ひっ…。」

「カミュ…?」


 流石は公爵家の侍女と言うべきか、悲鳴はあげなかった。ただこちらを見る目は嫌悪と困惑に染まっていた。私はその目を理解できない。なんで、なんで


  「 なんでそんな顔するの…?」

「よるな、化け物…!」

( これは…。)


  あぁ、私は愚かだった。希望、奇跡、期待、もしかしたらという万が一に縋った私は愚かだった。0なのだ。私が彼らに受けいるられることなど億が一にもなかった。私は砕けた希望の残滓に縋り付くように手を伸ばす。


「いや!やめて!こっちにくるな!」


 未だにみっともなく縋ろうとする私はやはり愚かだ。彼女は顔を更に恐怖で歪め、私を激しく拒絶する。優しく見守るようなまなざしは、睨むような目つき。微笑みかけてくれる彼女は見る影もなく、憎々しげな表情を浮かべている。1つ1つの仕草が微細に変わり続ける嫌悪の表情が私を追い詰めていく。


「お願い…わたしのこときらわないで。」

「化け物がリリアーナ様の真似をするな!気持ち悪い!」

「なんでぇ…ひどいよぉ…。」

(落ち着け、リリアーナ!)


 彼女の中でリリアーナは死んだことになっているのだろう。今ここにいる私はリリアーナの皮を被った化け物、醜悪な怪物に見えているのだろう。キーンと耳鳴りがする。息が乱れ、鼓動のリズムがくずれる。貴族令嬢らしい白きかんばせは血の気が引き更に脱色されていることだろう。


 カチッ


 スイッチをオンオフするような音と共に感情が切り替わる。荒れ狂う情動が収まり、ある程度冷静になる。俺はそこまで今世の人間関係に執着があるわけではない。心が痛むが、その程度。心に大穴が空いたような虚無感と容姿1つでころっと態度を変えた彼女に対する愛憎と困惑、周りから人がいなくなり孤独になる恐怖。それら全てを鮮明に感じた私の心の傷は計り知れない。俺が一番この目を疎ましく思っているんだ、そんな思いを込めて裏切り者を睨む。


「 ひぃ、ぼ、ボードン様にお伝えしなければ。」

「……。」


  最早カミュはこちらを見ていない。これが幼子に対する仕打ちかと考えると怒りがこみ上げてくる。その女は領主代行に俺のことを報告するために慌ただしく部屋を後にした。人の挙動により生じる音が消え、小鳥のさえずりが聞こえてくるが俺の心を癒すことはなかった。開いたままの扉からは他の使用人達が何事かと騒いでるのが聞こえる。私の日常は随分と儚いものだとバカらしくなり、寝台に腰掛ける。絹の滑らかなな手触りとベットからのほどよい反発が心地いいが、気分は晴れない。そういや精霊が俺に何か語りかけてきたな。私はショックで耳に入らなかったようだが。


  数十分ほど経ち徐々に聞こえてくる喧騒は大きくなってり、自室の前まで広がっていた。開かれていた入り口から恐る恐るあの女が侵入してきた。ノックはしていない。気が動転して当たり前のマナーすら忘れてしまったのだろうか。クスっとその醜態を嗤う。


「ボーダン様がお呼びです。付いて来なさい。」

「そう。」


 面倒なので簡単に返すと、薄気味悪そうな顔をする。微妙に顔が青白い。そんなにこの黒が怖いのだろうか?強気な態度を取っていても俺を怖がっていることが丸わかりだ。


 左目で騒がれるのは不愉快なのでハンカチで即席の眼帯を作り、かくす。女が前を歩きそれに付いていく。チラチラと使用人達が無遠慮にこちらをうかがい見るのがたまらなく不愉快だ。


「 連れて来ました。」


  女は執務室の前につくと、部屋の中に声をかけた。


「 入れ。」


 中からは低く渋い、いかにも女が好みそうな声が入室を促す。女は優雅に戸を開く。私はナイトドレスでカテーシをしてさっさと中に入る。部屋にはぎっしりと本が詰まった本棚の壁と書類の山がのっている机、それらに囲まれた無愛想な顔をした壮年の男がいた。金髪青眼の西洋風な配色とストイックな印象を与える厳しい顔つきがエリートと言うべき雰囲気を醸し出している。


  ボードン=ディッセル、リリアーナの叔父で領主代行。なので爵位を表すミドルネームは存在しない。リリアーナの名には時期公爵であることを示すアルのミドルネームが入っている。これはボーダンがリリアーナの親の変わりだからだ。リリアーナの両親は3歳の時に魔物ー魔力を持った人に仇なす化け物ーに喰い殺された。幼いリリアーナでは執務ができないので彼女の父親の弟であるボードンが変わりにやっているわけだ。とは言っても、リリアーナに何かあれば領主の地位はボードンに移る。継承順位は2番目、つまりリリアーナの次に高いのだ。そういうこともあり、リリアーナを敵視していたボーダンには渡に船だろう。自分の手を汚さずリリアーナを廃嫡にして自分が公爵家当主の座に座れるのだ。今も厳かな顔をしてこちらを見ているが、腹の中ではほくそ笑んでいることだろう。


「 リリアーナ左目を見せろ。」

「…‥。」


 無駄に抵抗したところで、心象が悪くなるだけなので、黙して眼帯がわりのハンカチをどける。黒々とした眼球があらわになる。ボーダンは顔のシワを深くし悪魔憑きの証をじっくりと見つめる。あまりこの瞳の色を怖がっていないようだ。


「 ふん、悪魔に魅入られた恥さらしめ。貴様の処遇は血族会議で決議されることになるだろう。良くて廃嫡だが、まぁ死刑になるだろうな。」

「…‥。」


 淡々と決定事項のように今後を話していくボーダン。実際に決まりきったことなのだろう。秘密裏に処理すると簒奪を疑われるから周知させるために血族会議ーディッセル家の傍系や有力な傘下の当主が集まる会議ーを開くのだろう。悪魔憑きが出たのは家の恥になるが、ディッセル家ほどの権力を持っているなら大した影響はないのだろう。最悪というか、普通は死刑になるだろうが、私は悪役令嬢だ。シナリオ通りに進むなら死ぬことはない。


 ただ、あまり怖がらなかったことを男は妙に思ったのか、片眉を上げる。


「 お前は死ぬことが怖くないのか…?」


 あまりこの男のことをよく知らないが、感情が滲み出るのは珍しいことではないだろうか。いつもは機械のように単調な喋りと私情が少しも入っていないような物言いをするのだ。


「 無意味ですから。」

「 なに?」

「私が喚こうが、泣こうが、何かが変わることはない。なぜなら忌み子が泣き喚いたところで気味悪がられるだけでしょう。ならいっそ黙って受け入れるしかないじゃありませんか。」


 俺の諦めに満ちた言葉を聞き目を見開くボーダン。後ろでは息を呑む気配がする。6歳の子供がこんなに達観した、ある意味で大人びた言動をするとは思わなかったのだろう。


「 死ねと言われたら死ぬと?」

「 他に選択肢などないでしょう?」


 リリアーナにできることはない。多少刺繍ができて、礼儀を知っているだけの非力な子供なのだ。特別なことは前世の記憶と異色の双眸のみ。リリアーナという女の子に自衛する力はなく、ただひたすら周りからの攻撃を受けなければならない。そんな暗澹たる思いの中、俺はそっとため息をつくのを我慢した。





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