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『な、なんだ……!? 魔物か!?』
俺が慌てて周囲を見渡せば、もう一度「ぐううぅぅうぅうぅ……」と獣が低く鳴いたような音が、部屋中に響く。
―― 音の発生源は、ファーレスの腹だった。
『ファ、ファーレスぅ……』
思わず呆れたようにファーレスの名前を呼び、俺は溜息を吐く。腹の音だと気付き緊張が解けると、釣られたように俺の腹の虫も盛大に鳴きだす。
『す、すみません……! ここ数日、まともに飯を食べてなくて……!』
カードルさんに頭を下げながら、腹の虫を押さえつけようとしていると、その音に釣られたように、更にフィーユともちの腹の虫も鳴き始める。
部屋中に腹の虫の大合唱が響き、堪えきれないようにカードルさんが大口を開けて笑う。
『は……はっはっはっ! すまないな……! 貴公らは長旅をして来た直後だ……! そりゃあ腹も減っているだろう……!』
俺は居たたまれず、もう一度『す、すみません……』と俯きながら答える。
『話はもう充分だろう。食堂に行こう』
そう言ってカードルさんは笑いながら立ち上がると、食堂へ案内してくれる。
俺は移動中に腹の虫が鳴らないよう、必死に腹に力を込めながら、カードルさんの後に続いた。
……
食堂はブッフェ形式で、調理済みの肉や野菜を自由に盛り付け、席で食べるようだった。騎士団や客人は、自由に食事をしていいとのことなので、お礼を言ってカードルさんの後に続き、俺も肉や野菜を思う存分盛り付けていく。
『では……』
『『『いただきます』』』
『……あぁ』
カードルさん達と空いた席に座り、食事を始める。
当然のことながら、ロワイヨムには俺の料理が広まっていないため、最初の頃ノイで食べたような、シンプルで素材を生かした味だ。最近は自分で作る手の込んだ料理に慣れていたため、少しがっかりしてしまう。
しかし空腹は最高のスパイスだ。食材もいい物を使っているのだろう。ほぼ素材のままの味だが、十分に美味しい。鞄に入れたもちにもこっそり料理を与えつつ、俺は空腹を満たすようガツガツと食べ進める。
しかしファーレスとフィーユは少し不満げな顔だ。まぁ2人共ほぼ無表情なので、あまり分からないのだが。
『……どうしたファーレス? 腹が減っていたんじゃないのか?』
付き合いの長いカードルさんは、ファーレスの不満げな顔に気付いたのか、料理を口に運びながら問いかける。
『……あぁ』
そう返事をしたファーレスが、もう何口か料理を食べ進めた後、突然立ち上がり、俺の腕を引いて厨房の方へ向かいだす。
『へっ!?』
『『ファ、ファーレス!?』』
思わず驚きの声を上げた俺に続くように、カードルさんとフィーユが困惑した声でファーレスの名を呼ぶ。
ファーレスは俺達の声を無視してそのまま厨房へ向かうと、料理を作っているシェフの前に俺を突き出す。
『ファ、ファーレス様!? あ、あの……?』
シェフはファーレスのことを知っていたようで、慌てたように頭を下げた後、困惑した顔で俺とファーレスの顔を見比べる。
―― いや、ファーレス……! せめて説明してくれ……!
多分俺が代わりに料理を作れということなのだろうが、突然客人が厨房に来て『料理を作らせてほしい』なんて気が狂っている。
シェフと俺は困惑した表情のまま、ファーレスは無表情のまま、沈黙がその場に流れる。
『あー……あの、俺の故郷の料理を、ファーレスが食べてみたいって話になりまして……その、厨房の隅と、食材を貸して頂けないでしょうか……?』
俺は腹をくくり、若干責任をファーレスに押し付けつつ、苦笑いを浮かべながらシェフに話しかける。
シェフは困惑しつつもファーレスの方を見た後『は、はい……どうぞ、こちらに……』と厨房の中へ俺達を招き、食材の場所などを案内してくれる。
恐らく突然の申し出を不審に思う気持ちよりも、騎士団であるファーレスに逆らいたくないという気持ちが勝ったのだろう。
『ファーレス……お前は何をやってるんだ……?』
厨房の中まで追いかけてきてくれたのか、カードルさんが困惑した声音でファーレスに問いかける。ファーレスはカードルさんの問いかけを無視して、その辺にあった調理済みの肉を勝手に食べていた。
『あ―……あの、多分、俺の故郷の料理を気に入ってくれたみたいで、それを作れということだと思います……』
カードルさんの問いかけに対し、俺が代わりに答えれば『トワ……ファーレスが迷惑を掛けて本当にすまない……』と頭を抱えながら、カードルさんが謝罪してくれた。俺も頭を抱えたい気分だった。
フィーユが『私もトワの料理、食べたい! 手伝う!』と満面の笑みで手を挙げてくれたことが救いだった。
……
とにかく俺はこの気まずい空間から早く抜け出すため、さっさと料理を作ろうとした。
しかし厨房には肉や野菜、魚や調味料は揃っているのだが、小麦粉やバター、卵や蒸籠等がない。
俺が『食材や調理器具が足りないから、大したもの作れないぞ……?』と言えば、ファーレスは無言で不満げな顔をする。まぁ不満げな顔と言っても、ほぼ無表情なのだが。
最近料理を覚えてきたフィーユも、今ある食材を見ながら『まずは足りない食材を集めないとだねー……』と溜息を漏らす。
すると話を聞いていたカードルさんが『別の世界の料理か……私も気になるな』と言って、食材集めの協力を申し出てくれた。
俺はカードルさんに質問されるまま、どんな食材が足りていないのか説明をしていく。
そして気が付けば、シェフや手の空いた騎士団総出で、食材集めや加工をしてくれることになっていた。
―― 何故……こんなことに……
俺はどんどん増えていく協力者に、嬉しさよりも恐怖を覚えながら、必死に手を動かしていた
最初はカードルさんが食堂にいたシェフや騎士団の人に声を掛け、数人が。
その数人とカードルさんが、食堂に人が来るたび声を掛けたり、食材集めをしながら声を掛けたりして、どんどん人が増えていった。
俺はキリキリと痛む胃を抑えながら、採取して欲しい植物の特徴を伝えたり、小麦粉の挽き方を教えたりした。たまたま飲料用の生乳が保管されていたため、無事バターも作ることが出来、馬車に積んだ調理器具も騎士団の人が持って来てくれたので、料理は順調に進んでいった。
……
数時間後。最終的にかなりの人数を巻き込みながら、料理が完成した。
失敗したらどうしよう……こんなに協力してもらったのに、皆の口に合わなかったらどうしよう……と、俺の胃は限界寸前だった。いつ穴が開いてもおかしくなかったと思う。
『おぉ! 完成したか?』
率先して小麦粉を挽いてくれたカードルさんが、ワクワクとした表情で厨房を覗き込む。
俺は焼きあがったパンの味を確認しながら、『はい、完成です……! 本当に皆さん、ありがとうございました……!』と全員に頭を下げる。
『よし、では皆でトワの故郷の料理を頂こうじゃないか!』
カードルさんが団長らしく、全員に大きく声を掛ける。
『『『『『おぉー!!』』』』』
皆、料理の匂いで胃袋を刺激されていたのか、食堂中に野太い歓声が沸き上がった。