表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第5章【ロワイヨム編】
99/194

093

日々読んで下さりありがとうございます。感想やFA、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております!

 

『な、なんだ……!? 魔物か!?』


 俺が慌てて周囲を見渡せば、もう一度「ぐううぅぅうぅうぅ……」と獣が低く鳴いたような音が、部屋中に響く。



 ―― 音の発生源は、ファーレスの腹だった。



『ファ、ファーレスぅ……』


 思わず呆れたようにファーレスの名前を呼び、俺は溜息を吐く。腹の音だと気付き緊張が解けると、釣られたように俺の腹の虫も盛大に鳴きだす。


『す、すみません……! ここ数日、まともに飯を食べてなくて……!』


 カードルさんに頭を下げながら、腹の虫を押さえつけようとしていると、その音に釣られたように、更にフィーユともちの腹の虫も鳴き始める。

 部屋中に腹の虫の大合唱が響き、堪えきれないようにカードルさんが大口を開けて笑う。


『は……はっはっはっ! すまないな……! 貴公らは長旅をして来た直後だ……! そりゃあ腹も減っているだろう……!』


 俺は居たたまれず、もう一度『す、すみません……』と俯きながら答える。


『話はもう充分だろう。食堂に行こう』


 そう言ってカードルさんは笑いながら立ち上がると、食堂へ案内してくれる。

 俺は移動中に腹の虫が鳴らないよう、必死に腹に力を込めながら、カードルさんの後に続いた。



 ……



 食堂はブッフェ形式で、調理済みの肉や野菜を自由に盛り付け、席で食べるようだった。騎士団や客人は、自由に食事をしていいとのことなので、お礼を言ってカードルさんの後に続き、俺も肉や野菜を思う存分盛り付けていく。




『では……』


『『『いただきます』』』


『……あぁ』


 カードルさん達と空いた席に座り、食事を始める。


 当然のことながら、ロワイヨムには俺の料理が広まっていないため、最初の頃ノイで食べたような、シンプルで素材を生かした味だ。最近は自分で作る手の込んだ料理に慣れていたため、少しがっかりしてしまう。


 しかし空腹は最高のスパイスだ。食材もいい物を使っているのだろう。ほぼ素材のままの味だが、十分に美味しい。鞄に入れたもちにもこっそり料理を与えつつ、俺は空腹を満たすようガツガツと食べ進める。


 しかしファーレスとフィーユは少し不満げな顔だ。まぁ2人共ほぼ無表情なので、あまり分からないのだが。


『……どうしたファーレス? 腹が減っていたんじゃないのか?』


 付き合いの長いカードルさんは、ファーレスの不満げな顔に気付いたのか、料理を口に運びながら問いかける。


『……あぁ』


 そう返事をしたファーレスが、もう何口か料理を食べ進めた後、突然立ち上がり、俺の腕を引いて厨房の方へ向かいだす。


『へっ!?』


『『ファ、ファーレス!?』』


 思わず驚きの声を上げた俺に続くように、カードルさんとフィーユが困惑した声でファーレスの名を呼ぶ。

 ファーレスは俺達の声を無視してそのまま厨房へ向かうと、料理を作っているシェフの前に俺を突き出す。


『ファ、ファーレス様!? あ、あの……?』


 シェフはファーレスのことを知っていたようで、慌てたように頭を下げた後、困惑した顔で俺とファーレスの顔を見比べる。


 ―― いや、ファーレス……! せめて説明してくれ……!


 多分俺が代わりに料理を作れということなのだろうが、突然客人が厨房に来て『料理を作らせてほしい』なんて気が狂っている。

 シェフと俺は困惑した表情のまま、ファーレスは無表情のまま、沈黙がその場に流れる。


『あー……あの、俺の故郷の料理を、ファーレスが食べてみたいって話になりまして……その、厨房の隅と、食材を貸して頂けないでしょうか……?』


 俺は腹をくくり、若干責任をファーレスに押し付けつつ、苦笑いを浮かべながらシェフに話しかける。

 シェフは困惑しつつもファーレスの方を見た後『は、はい……どうぞ、こちらに……』と厨房の中へ俺達を招き、食材の場所などを案内してくれる。


 恐らく突然の申し出を不審に思う気持ちよりも、騎士団であるファーレスに逆らいたくないという気持ちが勝ったのだろう。


『ファーレス……お前は何をやってるんだ……?』


 厨房の中まで追いかけてきてくれたのか、カードルさんが困惑した声音でファーレスに問いかける。ファーレスはカードルさんの問いかけを無視して、その辺にあった調理済みの肉を勝手に食べていた。


『あ―……あの、多分、俺の故郷の料理を気に入ってくれたみたいで、それを作れということだと思います……』


 カードルさんの問いかけに対し、俺が代わりに答えれば『トワ……ファーレスが迷惑を掛けて本当にすまない……』と頭を抱えながら、カードルさんが謝罪してくれた。俺も頭を抱えたい気分だった。

 フィーユが『私もトワの料理、食べたい! 手伝う!』と満面の笑みで手を挙げてくれたことが救いだった。



 ……



 とにかく俺はこの気まずい空間から早く抜け出すため、さっさと料理を作ろうとした。

 しかし厨房には肉や野菜、魚や調味料は揃っているのだが、小麦粉やバター、卵や蒸籠(せいろ)等がない。


 俺が『食材や調理器具が足りないから、大したもの作れないぞ……?』と言えば、ファーレスは無言で不満げな顔をする。まぁ不満げな顔と言っても、ほぼ無表情なのだが。

 最近料理を覚えてきたフィーユも、今ある食材を見ながら『まずは足りない食材を集めないとだねー……』と溜息を漏らす。


 すると話を聞いていたカードルさんが『別の世界の料理か……私も気になるな』と言って、食材集めの協力を申し出てくれた。

 俺はカードルさんに質問されるまま、どんな食材が足りていないのか説明をしていく。




 そして気が付けば、シェフや手の空いた騎士団総出で、食材集めや加工をしてくれることになっていた。


 ―― 何故……こんなことに……


 俺はどんどん増えていく協力者に、嬉しさよりも恐怖を覚えながら、必死に手を動かしていた


 最初はカードルさんが食堂にいたシェフや騎士団の人に声を掛け、数人が。

 その数人とカードルさんが、食堂に人が来るたび声を掛けたり、食材集めをしながら声を掛けたりして、どんどん人が増えていった。


 俺はキリキリと痛む胃を抑えながら、採取して欲しい植物の特徴を伝えたり、小麦粉の挽き方を教えたりした。たまたま飲料用の生乳が保管されていたため、無事バターも作ることが出来、馬車に積んだ調理器具も騎士団の人が持って来てくれたので、料理は順調に進んでいった。



 ……



 数時間後。最終的にかなりの人数を巻き込みながら、料理が完成した。


 失敗したらどうしよう……こんなに協力してもらったのに、皆の口に合わなかったらどうしよう……と、俺の胃は限界寸前だった。いつ穴が開いてもおかしくなかったと思う。


『おぉ! 完成したか?』


 率先して小麦粉を挽いてくれたカードルさんが、ワクワクとした表情で厨房を覗き込む。

 俺は焼きあがったパンの味を確認しながら、『はい、完成です……! 本当に皆さん、ありがとうございました……!』と全員に頭を下げる。



『よし、では皆でトワの故郷の料理を頂こうじゃないか!』



 カードルさんが団長らしく、全員に大きく声を掛ける。



『『『『『おぉー!!』』』』』



 皆、料理の匂いで胃袋を刺激されていたのか、食堂中に野太い歓声が沸き上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ