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『あの、そういえば、ファーレスは何故ひとりでナーエに? 兵士の1人が「任務中、不幸な事故にあって行方が分からなくなった」と言ってましたが……』
このしっかりしてそうなカードルさんが、そんな問題ばかり起こす危ない奴を、野放しにするとは思えない。そう思い質問してみると、再び深い深い溜息と共に簡潔な答えが返ってくる。
『あぁ……魔物の討伐任務中、行方不明になったんだ』
『行方、不明……』
『まぁ……迷子と言う奴だな』
『迷子……』
何となくファーレスは迷子になりそうなタイプだなーと思っていたが、俺の勘は当たっていたようだ。いるよな……地図とか見ないで適当に歩くやつ。方角とかも気にしないし。
『迷子になった時は、その場に待機しろと言い聞かせてあるのだが……恐らく討伐中の魔物を追って、ナーエの方まで行ってしまったのだろう』
『は、はぁ……』
どの辺りではぐれたのか分からないが、ロワイヨムからナーエまでかなりの距離がある。物凄く盛大な迷子だ。
そういえば森でファーレスとはぐれた時、ファーレスはその場で待機してくれていた。あれはカードルさんの教えを守っていたのかもしれない。
カードルさん曰く、その時討伐対象だった魔物は、力も強いがとにかく足が速く、ファーレスと魔物の後を慌てて追ったが、見失ってしまったらしい。
『それでファーレス、追っていた魔物は仕留めたのか?』
『……あぁ』
『ふむ、流石だな』
カードルさんとファーレスの会話を聞く限り、ファーレスはその魔物を1人で仕留めたようだ。凄い話だ。
『っと、すまないな。話が脱線してしまった。それで、トワ。フィーユも牢屋に囚われていたのか?』
何故こんな幼い子が……とカードルさんは訝し気にフィーユの顔を覗き込む。カードルさんの目線から逃れるよう、フィーユがぎゅっと俺にしがみついてきた。
『フィーユは……その、魔力暴走事故を起こしてしまったみたいで……』
『ふむ……。その魔力量ではな……何が起こってもおかしくない……』
俺の言葉にカードルさんが静かに頷く。
フィーユは驚いたように俺とカードルさんの顔を見た後、より一層強く俺にしがみついてきた。もしかしたら、また牢屋に入れられるかもと、怯えているのかもしれない。
『で、でも、フィーユと共に旅をして40日程になりますが、魔力をしっかり制御出来てます……! もう暴走事故を起こす心配はないかと……!』
俺もフィーユを庇うように抱き寄せ、カードルさんに必死に訴える。
『ふむ……フィーユ、二度と魔力暴走を起こさないと誓えるか?』
カードルさんはフィーユの方を見つめ、真っすぐと問いかける。
『……はい。絶対に起こしません』
フィーユはぎゅっと俺に抱き着きながら、カードルさんの方を見て、しっかりと答える。
『……貴公の覚悟を信じよう』
カードルさんは優しくフィーユの頭を撫で、また俺の方に目線を戻す。
『……で、トワはもちと共に、ファーレスとフィーユも牢屋から連れ出したというわけか』
俺はカラカラに乾いた口内を潤すよう、唾をゴクリと飲み込み、頷く。
『は……はい……』
ここまでの話は、ギリギリ牢屋への不法侵入までだった。こちらの世界の法はよく分からないが、牢屋への不法侵入は笑って許して貰えた。
しかし、ここで頷くということは、脱獄の補佐を認めるということだ。罪人を逃がすことは、どう考えても流石に罪になるだろう。
『ふむ……本来私の立場では、トワを罰するべきなのだろうな』
『は、はい……』
やはり俺の予想通り、処罰の対象のようだ。俺は裁判結果を待つような気持ちで、言葉の続きを待つ。
『しかし私自身、今の貴族の在り方に疑問を覚えている……』
カードルさんはそう言った後、表情を緩め言葉を続ける。
『トワ、貴公がファーレス達を牢屋から連れ出さなければ、彼等は牢に囚われ続けていただろう。私達はファーレスの居場所も分からず、再び会うことも叶わなかったかもしれない』
『は、はい……』
『だから、ここは王国騎士団団長としてではなく、ファーレスの一人の友として礼を言わせて貰おう。ありがとう、トワ』
『は、はい……!』
俺は返事をしながら、驚きのあまりバッと顔を上げ、カードルさんの顔を見つめる。
『先程のトワの発言は、ただのファーレスの友人、カードルとして聞いたものだ。ただのカードルに、人を罰する権利や権限など持ち合わせていない』
遠回しな言い方だが、これは見逃してくれるということだろう。
『あ、ありがとうございます……!』
俺はカードルさんに向かって、勢いよく頭を下げる。
『おかしな話だと思わないか? ただのカードルには、人を罰する権利も権限もない。当然だ。しかし、王国騎士団の団長、ヨム・ディレクシオン・カードルにはその権利と権限がある』
『は、はぁ……』
俺はカードルさんの言葉の意味がよく分からず、曖昧な相槌をうつ。カードルさんは、人が人を裁くことを疑問視しているのだろうか?
『あ、あの……俺には正直……こちらの世界の考え方とかは……よく分かりません』
俺は迷いながら、言葉を続ける。
『でも……人を裁く人は、多分必要なんだと思います。そして、その人を裁く人が、カードルさんのような人で良かったと……俺はそう思います』
そう告げた後、慌てて『あ! 自分が見逃して貰ったからとかではなくて……その、カードルさんのような、優しくて……不正とかを良しとしない、善良な人がそういう立場で良かったという意味で……!』と付け足す。
『はは……そうか。うむ、そうだな……。自分が善良であるかは分からないが……そうあろうと日々思う』
『は、はい』
『ふっ……つまらん話をしたな。忘れてくれ』
カードルさんは小さく笑ってそう言った後、呆れたような顔でファーレスを見る。
『しかし、ファーレス……。お前は所属や役職をきちんと伝えていれば、牢屋に囚われるなど、まずないのだがな……』
カードルさんが『何故毎回捕まるんだ……』と頭を抱える。
俺が『そうなんですか?』と問いかければ、『ロワイヨムの王国騎士団には、それだけの権力があるということだ』とカードルさんが苦笑いで答える。
カードルさん曰く、ロワイヨム内ならば騎士団の存在も、ファーレスの顔も知られているので、問題を起こしてもまず捕まることはないらしい。
ロワイヨム近隣の街だと、騎士団の存在は知られているが、ファーレスの存在までは知れ渡っていない。
通常鎧等で王国騎士団だと判断されるのだが、ファーレスは魔力が弱い。鎧を似せた偽物ではないかと疑われ、団長に連絡が行くらしい。
ナーエの警備兵は、面倒がって連絡しなかったのだろう。
ただ万が一本物の騎士団だった場合のため、『連絡が上手く行ってなかった』等と言い訳をするつもりで、生かして牢屋に捕らえていたのだろうとのことだ。
『はぁ……魔力が弱いとそんな弊害があるんですね……』
俺はそう相槌をうちながら、ふと気になり『騎士団にはファーレス以外、魔力の弱い人がいないんですか?』と問いかける。
カードルさんは若干苦い笑みを浮かべながら、『……あぁ、そうだな』と答えてくれる。
魔力が弱いのにここまで強いファーレスは、なかなか異質な存在なのかもしれない。
―― しかし権力さえあれば、問題を起こしても捕まらないのか……。
世知辛い世の中だ……と考えていると、どこからともなく「ぐううぅぅうぅうぅ……」と獣が低く鳴いたような音が、部屋中に響く。