091
日々読んで下さりありがとうございます。感想やFA、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております!
『ま、まず、ファーレスとはナーエの街で会いました』
『ナーエ……!? ふむ……なるほど』
『そこで……えーっと……まぁ、その、色々と話しているうちに……俺がロワイヨムに向かうことを話して、ファーレスもついて来てくれることになりました』
俺は迷いながらぽつりぽつりと語り始める。自分に都合のいい部分だけを抜き出して。
『ふむ……色々、か。そちらの子供は?』
カードルさんは低く相槌をうちながら、フィーユの方に目線を移す。
『こ、この子はフィーユと言います。え、えっと……ナーエの貴族の子で……俺に懐いてくれて、ロワイヨムまで一緒に観光に行こうと……』
魔力暴走のことを隠すため、俺は兵士に話したように曖昧な嘘をつく。
『……ふむ。観光、か』
カードルさんは鋭い目つきでこちらを観察するように見つめ、また低く相槌をうった後、低い声で言葉を続ける。
『トワ。ナーエからロワイヨムまでの道のりは険しい。観光で気軽に行くような場所でも、ましてや貴族が子供を預けて行くような場所でもない』
『は、はい……』
やはり俺の適当な嘘には無理があったようだ。カードルさんの顔をまともに見れず、俺は俯き床を見つめる。
『私は立場上、色々な人間を見てきた。トワ、貴公は善良な人間なのだろう』
『あ、ありがとうございます……?』
嘘をつくような俺を、善良と評してくれる理由が分からず、俺はビクビクとしながら少しだけ顔を上げる。
『しかし、貴公は今嘘を吐いている。いや、真実を誤魔化し、都合の悪い部分を隠している』
―― 鋭いー……その通りですー……
俺が気まずさからまた俯きそうになった時、カードルさんの強い言葉が響く。
『真実を包み隠さず、全て教えて欲しい。私はこのロワイヨムを守る者として、真実を知る義務がある』
カードルさんが『覚悟を決めてくれたと思ったのだが、私の勘違いかね?』と言葉を重ねる。
そうだ、城壁の前でこの人に全てを話そうと決めたのに。俺は場の空気や権力の気配にビビり、卑怯な嘘をついた。
どうせ調べられてしまえば、色んなものが明るみに出るのだ。まだカードルさんと会って短いが、カードルさんが嘘や誤魔化しを嫌う性格だと言うことは分かる。
『……何処から……話せばいいんでしょうか……?』
俺は顔を上げ、やっとカードルさんと目を合わせる。
『全てを。何故貴公がロワイヨムに来て、何故貴族の子と共にいるのか、そして何故ファーレスに会ったのか』
『はい……』
カードルさんは少し雰囲気を和らげ、俺の背中を押すように語る。
『ファーレスは性格上、人と共に行動するような男ではない。貴公らをロワイヨムまで連れてきたということは、そうするだけの理由があったはずだ』
カードルさんが俺の嘘を見逃してくれたのは、きっとファーレスを信頼しているからなのだろう。
俺の行為はファーレスを信頼するカードルさんにも、そして多分俺を信頼してくれたファーレスにも失礼だ。
ファーレスが俺達とロワイヨムに来てくれた理由とやらは分からないが、俺はカードルさんの言う通り、初めから全てを語ることにした。
『……俺は、遠い遠い故郷から、自分の意志に関係なく、突然ノイに来ました。俺は故郷に帰るため、必死にお金を稼ぎ、故郷へ帰る方法を探していました』
ミーレスに語った時のように、自分の故郷は別の世界……空の彼方にあるのだということも説明する。
そしてレアーレの冒険に出てくる女神様が使った、家に帰る魔法。この魔法の詳細を調べるため、レアーレの子孫に会いに、ロワイヨムまで来たのだと話す。
『ふむ……。別の世界、 "イセカイ" か……。信じられん話だが……嘘を吐いている様子ではないな……』
カードルさんは俺をまじまじと見つめたあと、納得したように何度か頷く。
『貴公から魔力を全く感じないのが不思議だったのだが……成程、貴公の世界には魔素が存在しないという訳か……』
カードルさんは顎に手をあて、考え込むように話の続きを促す。俺は促されるままポツリポツリと話を続ける。
『ノイは優しく、温かく、俺を受け入れてくれました。しかし……異世界の物を売る俺は目立つ存在となってしまい、貴族に目をつけられました』
『ふむ……。貴族には魔力のない者を、見下す者が多いからな……』
カードルさんが眉間にしわを寄せ、憐れむように俺を見る。
『俺は逃げるようにノイを出て、ナーエに向かいました。気を付けてはいたのですが……そこでも異世界の物を売る俺は、貴族……ナーエの警備兵に目をつけられてしまいました。更に……』
話をしながら、そっと鞄からもちを出す。
もちについても、後で見つかって問題になるより、今のうちに事情を話しておいた方が良いと思ったのだ。
『この白い魔物……この子はもちと言って、俺の大事な仲間です。もちがナーエの警備兵に見つかってしまいました』
カードルさんは再び顎に手を当て、興味深そうにもちをじっくりと眺める。
『見たことのない魔物だな……。このもちとやらは、トワの世界から来たのか?』
『いえ、こちらの世界で会いました。あ、あの……街に魔物を連れ込んでしまい、申し訳ありませんでした……』
カードルにじぃ……っと見つめられ、もちは体を固くしている。緊張しているようだ。
俺も緊張しながら、もちを街へ連れ込んだことを謝罪すれば、カードルさんはニヤリと笑いながら答える。
『危険はないのだろう? ならば別に構わないさ。まぁ、もしもロワイヨムに危険をもたらすようであれば、容赦なく斬らせてもらうがね』
この発言から、カードルさんの実力の高さが窺える。カードルさんには、魔物が街に入ってきても、自身の力で鎮圧出来るという自信があるのだろう。
もちは怯えたようにぷるぷると震えながら、俺とフィーユの間に潜り込み、身を隠してしまった。
『そ、そして、警備兵に見つかったもちは、そのまま捕らえられてしまいました……。ナーエの警備兵は、俺の売上や金品……大事な物を奪っていき、もちを人質にして、更に売上や金品を要求しました……』
『ふむ……。本来、主人のいる害のない魔物は、預かるだけの決まりになっているのだが……捕らえるだけではなく、主人に金品を要求するとは……』
カードルさんは低く唸り、眉をひそめる。
『お、俺は……もちを助けるため、そして大事な物を取り返すため、ナーエの牢屋に忍び込みました……』
俺の言葉を聞き、カードルさんは目を見開いた後、愉快でたまらないといった様子で大笑いする。
『はっはっは! 貴族の守る牢屋に、忍び込んだ!? なんともまぁ……命知らずなものだ!』
ナーエに連絡されたらどうせバレると思ったので自分から話したが、正直怒られると思っていたので、少し拍子抜けだ。
『そ、そこで……ファーレスとフィーユに出会いました』
『ファーレス……やはり問題を起こしていたか……』
俺の言葉を聞き、カードルさんは頭を抱えて首を振る。
『ファーレスが何で捕まっていたのか、理由は分からないんですが……よく問題を起こすんですか?』
俺の問いかけに対し、カードルさんは溜息を吐きながら答えてくれる。
『まぁファーレスが捕まった理由は、どうせしょうもないことだろう。よく貴族に失礼を働いただとか、貴族に逆らったという理由で捕まることが多いな。道に迷い、立入禁止区域に押し入ろうとして捕まったこともある』
『あー……』
ファーレスは相手が貴族だろうと態度を変えないだろう。敬語も使わないだろうし、腹が減っていれば多分話しかけられても無視だ。
『ファーレスの外見は目立つからなぁ……』
貴族の女性がファーレスに惚れて問題になったり、ファーレスが女性に囲まれ騒ぎになったり、これまで色々とあったらしい。
『その都度、私が身柄を引き取りに行っていたんだ……』
『た、大変でしたね……』
深い深い溜息を吐くカードルさんに対し、俺は心から同情の声を掛けた。




