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こんな言葉は嘘だ、大嘘だ。
ずっと一緒なんて、そんなこと出来るはずがない。
―― 俺は元の世界に帰るんだから……
でも、せめて、この世界にいる間だけでも、フィーユが望む限りずっと一緒にいようと誓う。
『……ずっと、一緒』
俺の答えに、フィーユが嬉しそうに笑う。
俺はそんなフィーユの頭をそっと撫でて、『水以外の魔法も練習しようか?』と話を変える。フィーユはやる気満々の表情で『……うん!』と力強く頷いてくれた。
……
その後、フィーユの魔法練習を終え、練習の一環で出して貰ったお湯で布を湿らせ、皆体を拭う。お湯に困らないし、もう少し設備を整えてお風呂なんかも入りたい。
「あー……湯船に浸かりてぇ―……」
湿らせた布で体を拭い、精霊石で出した水をシャワー代わりに頭を洗う。よくよく考えれば、浴槽がなくてもお湯の球体を出し続けて貰えば、お風呂に入ることも可能な気がする。
「フィーユの魔力も適度に使った方がいいって話だし……フィーユに相談しつつ、風呂計画進めようかなー……」
俺は自分の頭と体を洗い終わり、もちの身体を洗い始める。もちはくすぐったそうに身をよじらせていた。
……
『じゃあ、俺が見張りをするから、フィーユとファーレスは寝てくれ。3時間後、ファーレスは俺と交代な』
『……あぁ』
『おやすみ』
俺はひらひらと手を振りながら、フィーユに布団をかけて上げる。俺1人で寝ていた時は余裕のあった馬車内も、3人も横になればぎゅうぎゅうだ。
俺は外に出て、不審な影がないか辺りを見張る。
1人静かな空間にいると、色々な思いが頭を巡る。
―― 本当、色々あったな……今日は。
思い返してみれば、激動の1日だった。
ミーレスと準備をしてもちの救出作戦。
ファーレス、フィーユとの出会い。
ナーエの人達との別れ。
―― そして、初めて自覚的に人を殺そうとしたこと。
あの瞬間のことは、今思い出しても手が震える。
あの警備兵は、何人もの平民を殺している悪い奴だ。俺のことも、もちのことも、あれだけの稼ぎがなければ簡単に殺しただろう。
―― でも、だからと言って……俺が殺していいのか?
あの警備兵だって、もしかしたら親友には気のいい友人なのかもしれない。恋人には愛しい彼氏なのかもしれない。家族には優しい旦那であり、父親なのかもしれない。
―― 人の命を奪うというのは、多分、そういうことだ。
―― 奪った人間の命を、俺はずっと背負っていかなくてはいけない。
「……そんなの、重すぎる……俺はただ……元の世界に、自分の世界に、帰りたいだけなのに……」
ぼんやりと夜空を見つめる。
―― 知らない星ばっかりだ。
よく知る北極星や北斗七星、夏の大三角や、カシオペヤ……どれも見当たらない。適当に輝く星を繋げて星座を作ってみる。
「……もしかしたら今頃、ノイでも誰か空を見てるのかな……」
―― 『多分、俺が旅に出ても……同じ空の下にいるからさ、スティード達はたまに空を見上げて、俺を応援してくれたら……嬉しいな』
―― 『……あぁ、約束しよう。ペールやメール、皆でトワを応援するさ』
力強く頷いてくれたスティードの姿を思い出す。スティードは真面目な男だから、きっと約束を違えることはしないだろう。
「……この空の下に、ノイの皆も、ナーエの皆も……きっと母さん達も、いるんだよな」
自分で言っていて、何だか凄くセンチメンタルなセリフだなと笑ってしまった。
「ガラじゃないよな、こんなの……」
夜空を見上げて感傷的な気分になるなんて、元の世界では殆ど経験がない。残業の帰りに夜空を見上げて、月がデカイなー……星が綺麗だなー……と感じたくらいだ。
「はやく……かえりたいな……」
おかえりなさいと笑顔で出迎えて欲しい。
何処へ行ってたのと叱って欲しい。
怪我はないのと心配して欲しい。
「……マザコンかよ」
ははっと笑いながら、スマートフォンのアルバムを見る。母さんや友人達、そしてノイの皆の色とりどりな写真が目に入る。
「あ、そうだ……」
そっと馬車の荷台に戻り、フィーユとファーレスの寝顔を写真に撮る。
「……改めてよろしく。ファーレス、フィーユ」
……
3時間後、タイマーで設定しておいた時間になり、スマートフォンが小さく振動する。
『……ファーレス、起きろ。交代だ』
ファーレスの足を小さく叩き、小声でファーレスを起こす。
『……あぁ』
すぐに目を覚ましたファーレスが布団から起き出し、馬車の外に出る。俺はあまり眠くなかったので、ちょうどいい機会だと思い、ファーレスと少しだけコミュニケーションを取ってみることにした。
―― 目標は5文字以上、と。
『よく眠れたか?』
『……あぁ』
『いつもどれくらい寝るんだ?』
『……さぁな』
『旅は慣れてるのか?』
『……あぁ』
『いつもは1人? 誰かと一緒?』
『……さぁな』
『お前ってさ……5文字以上喋れる?』
『……さぁな』
手強い……!
というか5文字以上喋れるかどうかの問いに対する答えが『さぁな』でいいのか?
『……ファーレスのフルネーム聞いてなかったよな? フルネームは?』
この際名前でもいい。これなら絶対に5文字以上いくはずだ。
『……さぁな』
はい出た、『さぁな』―――!
『……フルネーム、聞かれたくないのか?』
『……さぁな』
『……因みにさ、お前俺のフルネーム覚えてる?』
『……いや』
おい、そこは『さぁな』じゃないのかよ。思わず突っ込みたくなった。
『ト、ワ! ワ、タ、リ、ト、ワ! 覚えたか?』
『……さぁな』
『おいおい……これから一緒に旅するんだから、名前くらい覚えてくれよ……』
『……あぁ』
『じゃあ俺の名前は?』
『……さぁな』
『嘘だろ……?』
名前覚えてくれに対する『あぁ』という返事は何だったんだ?
『トワ。2文字だぞ!? 覚えられるだろ!?』
『……あぁ』
『よしっ! じゃあ俺の名前は!?』
『……さぁな』
『いや、お前絶対わざとだろ!?』
『……あぁ』
そこは『さぁな』じゃないのか。割といい性格してるなこのイケメン。
『はー……じゃあ俺の名前は覚えたんだよな?』
『……あぁ』
『じゃあもうそれで良しとするよ……。因みにさ……一緒に寝てた女の子、名前覚えてるよな?』
『……いや』
『まじかよ……』
その後、俺はファーレスに対し、フィーユ、もち、エクウスの名前を必死に叩き込んでいると、荷台の扉が細く開く。
『……とわ?』
扉の隙間から顔を出し、もちを抱いたフィーユが、眠そうな声で俺の名前を呼ぶ。
『あ、ごめん。起こしちゃったか?』
慌ててフィーユのもとへ行くと、フィーユが小さく首を振る。
『……起きたら、誰もいなかったから』
多分不安になって荷台から出てきたのだろう。
『ごめん、ごめん。ファーレスと話してたんだよ』
『……うん』
ひとりにしないでと言うように、フィーユが俺の服をきゅっと掴む。
『……ごめんな』
そっとフィーユを撫でながら『馬車に戻って寝ようか』と声を掛ける。
『……私も、トワとお話する』
フィーユはファーレスの方を少し見た後、『……だめ?』と俺に問い掛ける。俺がファーレスとだけ話していたのが、寂しかったのかもしれない。
『いいよ! いいに決まってる! 朝まで話そう!』
フィーユの可愛いお願いに、俺は高速で頷く。俺の返答にフィーユは少し嬉しそうに笑うと『……うん』と小さく頷いた。
『ほら、今日は晴れてるから月や星が綺麗だよ』
『……本当だ』
『ファーレスも下向いてないで空見てみろよ』
『……あぁ』
『綺麗だろ?』
『……あぁ』
『……きゅ?』
『……ヒィン』
『あぁ、もちとエクウスも起きちゃったか。ほら、空見えるか?』
『きゅー!』
『ヒィン!』
『綺麗だな』
『……あぁ』
『……うん』
『きゅっ!』
『ヒィン!』
異世界生活474日目、皆で見た満天の星空を、俺はきっと一生忘れないと、心に深く刻みつけた。
このお話で「第3章 ナーエ編」完となります。ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
恐らく番外編を挟み、第4章が始まります。引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。
5/10の活動報告にもちょろっと書きましたが、第三章の後にも番外編の他視点を入れようか迷い中です。入れるとしたら
・トワがいなくなった後のノイの様子
・トワがいなくなった後のナーエの様子
・檻にいた頃のフィーユの独白
この辺かなーと思います。
ご希望に添えるか分かりませんが、上記のでも、上記以外のでも、もしこの番外編が読みたい!というものがあれば、感想や活動報告へのコメントで教えて下さい('ω')ノ
ここまで読んで頂きありがとうございました!