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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第3章【ナーエ編】
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日々読んで下さりありがとうございます。感想、レビュー、ブクマ、評価、励みになっております。

 

 こんな言葉は嘘だ、大嘘だ。

 ずっと一緒なんて、そんなこと出来るはずがない。



 ―― 俺は元の世界に帰るんだから……



 でも、せめて、この世界にいる間だけでも、フィーユが望む限りずっと一緒にいようと誓う。



『……ずっと、一緒』



 俺の答えに、フィーユが嬉しそうに笑う。

 俺はそんなフィーユの頭をそっと撫でて、『水以外の魔法も練習しようか?』と話を変える。フィーユはやる気満々の表情で『……うん!』と力強く頷いてくれた。



 ……



 その後、フィーユの魔法練習を終え、練習の一環で出して貰ったお湯で布を湿らせ、皆体を拭う。お湯に困らないし、もう少し設備を整えてお風呂なんかも入りたい。


「あー……湯船に浸かりてぇ―……」


 湿らせた布で体を拭い、精霊石で出した水をシャワー代わりに頭を洗う。よくよく考えれば、浴槽がなくてもお湯の球体を出し続けて貰えば、お風呂に入ることも可能な気がする。


「フィーユの魔力も適度に使った方がいいって話だし……フィーユに相談しつつ、風呂計画進めようかなー……」


 俺は自分の頭と体を洗い終わり、もちの身体を洗い始める。もちはくすぐったそうに身をよじらせていた。



 ……



『じゃあ、俺が見張りをするから、フィーユとファーレスは寝てくれ。3時間後、ファーレスは俺と交代な』


『……あぁ』


『おやすみ』


 俺はひらひらと手を振りながら、フィーユに布団をかけて上げる。俺1人で寝ていた時は余裕のあった馬車内も、3人も横になればぎゅうぎゅうだ。


 俺は外に出て、不審な影がないか辺りを見張る。

 1人静かな空間にいると、色々な思いが頭を巡る。



 ―― 本当、色々あったな……今日は。



 思い返してみれば、激動の1日だった。

 ミーレスと準備をしてもちの救出作戦。

 ファーレス、フィーユとの出会い。

 ナーエの人達との別れ。



 ―― そして、初めて自覚的に人を殺そうとしたこと。



 あの瞬間のことは、今思い出しても手が震える。


 あの警備兵は、何人もの平民を殺している悪い奴だ。俺のことも、もちのことも、あれだけの稼ぎがなければ簡単に殺しただろう。



 ―― でも、だからと言って……俺が殺していいのか?



 あの警備兵だって、もしかしたら親友には気のいい友人なのかもしれない。恋人には愛しい彼氏なのかもしれない。家族には優しい旦那であり、父親なのかもしれない。


 ―― 人の命を奪うというのは、多分、そういうことだ。


 ―― 奪った人間の命を、俺はずっと背負っていかなくてはいけない。



「……そんなの、重すぎる……俺はただ……元の世界に、自分の世界に、帰りたいだけなのに……」



 ぼんやりと夜空を見つめる。



 ―― 知らない星ばっかりだ。



 よく知る北極星や北斗七星、夏の大三角や、カシオペヤ……どれも見当たらない。適当に輝く星を繋げて星座を作ってみる。



「……もしかしたら今頃、ノイでも誰か空を見てるのかな……」



 ―― 『多分、俺が旅に出ても……同じ空の下にいるからさ、スティード達はたまに空を見上げて、俺を応援してくれたら……嬉しいな』


 ―― 『……あぁ、約束しよう。ペールやメール、皆でトワを応援するさ』



 力強く頷いてくれたスティードの姿を思い出す。スティードは真面目な男だから、きっと約束を違えることはしないだろう。



「……この空の下に、ノイの皆も、ナーエの皆も……きっと母さん達も、いるんだよな」



 自分で言っていて、何だか凄くセンチメンタルなセリフだなと笑ってしまった。


「ガラじゃないよな、こんなの……」


 夜空を見上げて感傷的な気分になるなんて、元の世界では殆ど経験がない。残業の帰りに夜空を見上げて、月がデカイなー……星が綺麗だなー……と感じたくらいだ。



「はやく……かえりたいな……」



 おかえりなさいと笑顔で出迎えて欲しい。

 何処へ行ってたのと叱って欲しい。

 怪我はないのと心配して欲しい。



「……マザコンかよ」



 ははっと笑いながら、スマートフォンのアルバムを見る。母さんや友人達、そしてノイの皆の色とりどりな写真が目に入る。


「あ、そうだ……」


 そっと馬車の荷台に戻り、フィーユとファーレスの寝顔を写真に撮る。



「……改めてよろしく。ファーレス、フィーユ」



 ……


 3時間後、タイマーで設定しておいた時間になり、スマートフォンが小さく振動する。


『……ファーレス、起きろ。交代だ』


 ファーレスの足を小さく叩き、小声でファーレスを起こす。


『……あぁ』


 すぐに目を覚ましたファーレスが布団から起き出し、馬車の外に出る。俺はあまり眠くなかったので、ちょうどいい機会だと思い、ファーレスと少しだけコミュニケーションを取ってみることにした。


 ―― 目標は5文字以上、と。


『よく眠れたか?』


『……あぁ』


『いつもどれくらい寝るんだ?』


『……さぁな』


『旅は慣れてるのか?』


『……あぁ』


『いつもは1人? 誰かと一緒?』


『……さぁな』


『お前ってさ……5文字以上喋れる?』


『……さぁな』


 手強い……!

 というか5文字以上喋れるかどうかの問いに対する答えが『さぁな』でいいのか?


『……ファーレスのフルネーム聞いてなかったよな? フルネームは?』


 この際名前でもいい。これなら絶対に5文字以上いくはずだ。


『……さぁな』


 はい出た、『さぁな』―――!


『……フルネーム、聞かれたくないのか?』


『……さぁな』


『……因みにさ、お前俺のフルネーム覚えてる?』


『……いや』


 おい、そこは『さぁな』じゃないのかよ。思わず突っ込みたくなった。


『ト、ワ! ワ、タ、リ、ト、ワ! 覚えたか?』


『……さぁな』


『おいおい……これから一緒に旅するんだから、名前くらい覚えてくれよ……』


『……あぁ』


『じゃあ俺の名前は?』


『……さぁな』


『嘘だろ……?』


 名前覚えてくれに対する『あぁ』という返事は何だったんだ?


『トワ。2文字だぞ!? 覚えられるだろ!?』


『……あぁ』


『よしっ! じゃあ俺の名前は!?』


『……さぁな』


『いや、お前絶対わざとだろ!?』


『……あぁ』


 そこは『さぁな』じゃないのか。割といい性格してるなこのイケメン。


『はー……じゃあ俺の名前は覚えたんだよな?』


『……あぁ』


『じゃあもうそれで良しとするよ……。因みにさ……一緒に寝てた女の子、名前覚えてるよな?』


『……いや』


『まじかよ……』


 その後、俺はファーレスに対し、フィーユ、もち、エクウスの名前を必死に叩き込んでいると、荷台の扉が細く開く。


『……とわ?』


 扉の隙間から顔を出し、もちを抱いたフィーユが、眠そうな声で俺の名前を呼ぶ。


『あ、ごめん。起こしちゃったか?』


 慌ててフィーユのもとへ行くと、フィーユが小さく首を振る。


『……起きたら、誰もいなかったから』


 多分不安になって荷台から出てきたのだろう。


『ごめん、ごめん。ファーレスと話してたんだよ』


『……うん』


 ひとりにしないでと言うように、フィーユが俺の服をきゅっと掴む。


『……ごめんな』


 そっとフィーユを撫でながら『馬車に戻って寝ようか』と声を掛ける。


『……私も、トワとお話する』


 フィーユはファーレスの方を少し見た後、『……だめ?』と俺に問い掛ける。俺がファーレスとだけ話していたのが、寂しかったのかもしれない。


『いいよ! いいに決まってる! 朝まで話そう!』


 フィーユの可愛いお願いに、俺は高速で頷く。俺の返答にフィーユは少し嬉しそうに笑うと『……うん』と小さく頷いた。



『ほら、今日は晴れてるから月や星が綺麗だよ』


『……本当だ』


『ファーレスも下向いてないで空見てみろよ』


『……あぁ』


『綺麗だろ?』


『……あぁ』


『……きゅ?』


『……ヒィン』


『あぁ、もちとエクウスも起きちゃったか。ほら、空見えるか?』


『きゅー!』


『ヒィン!』


『綺麗だな』


『……あぁ』


『……うん』


『きゅっ!』


『ヒィン!』




 異世界生活474日目、皆で見た満天の星空を、俺はきっと一生忘れないと、心に深く刻みつけた。








このお話で「第3章 ナーエ編」完となります。ここまでお付き合い頂きありがとうございました!

恐らく番外編を挟み、第4章が始まります。引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。


5/10の活動報告にもちょろっと書きましたが、第三章の後にも番外編の他視点を入れようか迷い中です。入れるとしたら


・トワがいなくなった後のノイの様子

・トワがいなくなった後のナーエの様子

・檻にいた頃のフィーユの独白


この辺かなーと思います。

ご希望に添えるか分かりませんが、上記のでも、上記以外のでも、もしこの番外編が読みたい!というものがあれば、感想や活動報告へのコメントで教えて下さい('ω')ノ


ここまで読んで頂きありがとうございました!

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