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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第3章【ナーエ編】
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日々読んで下さりありがとうございます。感想、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております!

 

 もちを撫でながら、荷台の様子をそっと窺う。


 ―― んー……無言ッ!


 全く会話をしている様子のないファーレスとフィーユは、ただただ無表情で荷台に座っていた。もう少し街から離れたら、魔力圏内にいるうちに1回馬車を止めて、コミュニケーションの場を作った方がいいかもしれない。


 ―― 何を話せばいいのやら……


 あの二人とどうやってコミュニケーションを取ろうか考える。

 まずフィーユは心のケアと、魔法の制御が最優先だろう。

 ファーレスは……取り敢えず5文字以上喋らせるのが、最優先だろうか。よくよく考えてみると、ファーレスが5文字以上喋ったところをまだ聞いたことがない。



 ……



 ナーエの城壁が見えなくなるくらいまで馬車を走らせた後、適当に開けた場所で馬車を止める。俺も荷台の方に移動し、2人に話しかける。


『えーっと……まずはバタバタとナーエを出ることになってごめん。ナーエから離れたし、ひとまずもう追手が来たりすることはない……と思う』


 俺の言葉にファーレスはいつも通り『……あぁ』と一言だけ言い、フィーユはコクリと小さく頷いた。


『という訳で! 周囲を警戒しつつだけど……ご飯にしよう!』


 俺の提案にまたもファーレスは『……あぁ』と一言だけ言い、フィーユはコクリと小さく頷く。


『……えーっと、好きな食べ物とか嫌いな食べ物とか……ある?』


 俺の問いかけにファーレスは『……いや』と一言だけ言い、フィーユは小さく首を横に振った。


『お、おぉ……そりゃあ……よかった……』


 半ば予想していたが、本当に喋らない。驚くほど喋らない。いや、1人は喋っているが、5文字以上喋らない。



 ……



 その後、俺の『料理が作れるか?』という問いに対し、両者共に首を振ったため、俺が基本的に料理を担当し、都度2人に指示を出して手伝って貰うことにした。


『ファーレスはその棚から大きい瓶出してくれるか? フィーユはこの粉をゆっくりかき混ぜて……』


 主にファーレスは力仕事、フィーユは混ぜたり捏ねたり力が必要ない仕事だ。


 今日はこのパーティで食べる初めてのご飯ということもあり、奮発して永久スペシャルディナーを作ることにした。

 献立はじゃがバター、チーズや干し肉を挟んだサンドウィッチ、野菜のスープ、果物を添えたフレンチトースト、プリンだ。


 主食とデザートが多い気もするが、まぁ今日だけなのでいいだろう。

 パンは多めに作って保存するつもりだ。今日食べる分はふわふわに、保存用はクッキーのような固焼きにする予定だ。


 街を出る前日に買った、長期保存の出来ない卵や果物を早目に消費したいことも後押しとなり、大盤振る舞いだ。あと2人の胃袋を掴んで、心も掴みたいという思いが非常にある。


 パンの発効時間等、空き時間を使ってまずはフィーユとの交流を深める。


『フィーユ、料理は初めて?』


『……うん』


『料理、楽しい?』


『……うん』


『そっか、よかった。じゃあ料理を手伝ってくれたお礼に、これを上げよう』


 手を出してと言う俺の言葉に対し、不思議そうな顔をしながらも素直に手を出したフィーユに、飴を握らせる。


 俺が通勤鞄に入れっぱなしにしていた飴は、サバイバル中に糖分補給として少し食べてしまったが、まだ残っていた。大きな袋に色んなフルーツ味の飴がミックスで入っている商品だったため、幸運なことにぶどう味もあった。


 小分けになっているタイプの飴なので、袋の開け方を教え、中の飴玉を取り出す。紫色の透き通った丸く小さな飴玉は、陽の光の下ではキラキラと輝いて見えた。


『魔石みたいで綺麗だろ?』


『……うん』


『フィーユの髪の色ともお揃いだ』


『……うん』


 口の中で舐めて溶かすんだよと食べ方を教え、飴玉を口に含ませる。


『……魔石、食べていいの?』


『魔石じゃないよ。 "飴" っていう食べ物なんだ』


 フィーユは最初、飴を口に含んだはいいものの、魔石と勘違いしていたのかなかなか舐めなかった。

 しかし、俺の言葉を聞いてそっと飴を舐め始め、その味が分かると目を輝かせる。


『……甘い』


 フィーユが『口の中で溶けてく……』と驚きながら、少しだけ表情を崩す。

 笑顔とまではいかないが、無表情や悲しい表情が多かったフィーユに、少しでも明るい表情をさせることが出来たので、飴作戦は成功と言えるだろう。


『フィーユが気に入ってくれてよかった』


 そっとフィーユの頭を撫でる。

 頭に出来ているこぶに触れそうになり、慌てて手が当たらないように気を付ける。


『……こぶ、痛い?』


『……痛くない』


『そっか、ならよかった』


 最初こぶに触れてしまった時、かなり小さなこぶだったので、もう痛みはないのかもしれない。

 牢屋に囚われていた時につけられたのか、まだ家にいる時につけられたのか……もしかしたら自分で転んで頭を打ってしまったのかもしれないが、どちらにしろ痛々しい。


 髪に隠れて普段は見えない点と、痛みを伴わない点は幸いだったが、早く治ってくれることを祈るばかりだ。



 ……



 その後、ぽつりぽつりと会話をしながら調理を続け、無事全ての料理が完成した。パンはフライパンで焼いたため、失敗したらどうしようとドキドキしたのだが、弱火を意識して都度様子を見ながら焼いたのが功を奏し、無事外はカリッと中はふわっと焼きあがった。


『……いい匂い』


 近くで料理をしていたフィーユは、パンが焼きあがる匂いに目を輝かせている。


『あとは盛り付けるだけだな!』


 途中仕事がなくなりぼーっとしていたファーレスともちを呼び、皿に取り分けていく。この食器類も商人達が気をきかせて入れてくれたものだ。本当にありがたい。


 周囲に盗賊や魔物がいないことはファーレスに確認して貰った。魔力があるので、近付けば分かるそうだ。因みにこのやり取りをする時も、殆ど俺が指示と質問し、ファーレスは『……あぁ』『……いや』『……さぁな』以外喋らなかった。頑なな奴だ。


 敵がいないことを確認済みなので、安心して外で食事が出来る。俺はバターの食べ方やプリンの食べ方を教えつつ、皆に料理が行き渡ったことを確認する。


『よし……じゃあ、いただきます!』


『……あぁ』


『……いただきます』


『きゅっ!』


『ヒィン!』


 俺の声に合わせ、ファーレス、フィーユ、もち、エクウスの声が続く。一口食べて、フィーユが目を見開く。


『……美味しい……!』


 こんなに美味しい料理は初めて食べたと目を輝かせながら、俺の方を向く。


『……トワ、すごい……!』


『ありがとう。でもフィーユも一緒に作っただろ? だからフィーユもすごいよ』


 そう言うと、フィーユが嬉しそうに笑ってくれた。


 ―― 笑った!


 本当に一瞬で小さな笑みだったが、確実に笑ってくれた。それが嬉しくて『ほら、これも美味しいよ』と次々料理を勧める。


 色んな料理を一口食べては『……美味しい』とフィーユが繰り返す。手伝いの指示を出すとき、全ての料理で必ずフィーユが関わるように心掛けたので、都度『ほら、これはフィーユが作ってくれたやつだよ』と声を掛ける。


『……すごい』


 料理は自分で作ると美味しさが増すものだ。俺も幼い頃、祖母の料理を手伝いながら「これ、俺が作ったんだ……!」と感動した。フィーユにもあの感動を味わってほしかったのだが、どうやら上手くいったようだ。


 フィーユが好き嫌いないと言っていたのは本当のようで、肉も野菜も甘い物も、全て美味しそうに食べていた。特に甘い物が好きなようで、フレンチトーストとプリンは一口食べるごとに『……美味しい』と呟いていた。


『また作ろうな?』


『……うん!』


 フレンチトーストもプリンも卵が必要なので、次作るのは少し先になってしまいそうだが、フィーユと『絶対作ろう』と約束し合う。


『ファーレスはどうだ?』


『……あぁ』


『だから「あぁ」ってどっちだよ……美味い?』


『……あぁ』


『どれが一番気に入った?』


 そう問いかけると、すっとサンドウィッチを指差す。一応ファーレスも美味いと思ってくれているようだ。美味いか? という問いに対する返答は、心なしかいつもより力強かった気がする。



 ―― ま、皆の胃袋掴む作戦は成功、かな?



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