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内部に他の警備兵がいないことを確認し、もちの捜索を開始する。まずは待機部屋だ。
待機部屋には机や棚、クローゼットのような家具が設置されていた。警備兵は下級とはいえ貴族なだけあって、木製の少し豪華な家具だ。
最初に視界に入る机の上には、見慣れた魔石製の箱や食べかけのつまみ、酒らしき飲み物が乱雑に置かれていた。
―― 俺の、箱……!
自分の持ち物である魔石製の箱を見つけ、思わず取り返したい衝動に駆られるが、今はもちの救出が最優先だ。魔石製の箱は後回しにするしかない。机の上から魔石製の箱がなくなっていれば、流石に気付かれてしまう。
―― 飲み物が出てたのはラッキーだな。
飲みかけの酒に、俺はある小細工をする。この小細工が上手くいくかは、かなり賭けの要素が強い。
俺は飲み物に小細工をしつつ、棚やクローゼット等、もちが入りそうな大きさの扉や引出しをどんどん開いていく。
―― いない! いない! いない!
小声で「もち! もち、聞こえたら返事してくれ!」と呼びかけながら、必死にもちを探す。
周囲の音や声、時間を気にしながら探したが、待機部屋にもちはいないようだった。
「クソッ…! 檻がある部屋の方か…!」
俺は檻のある部屋に入り、もう一度小声でもちを呼ぶ。部屋は縦に長く、石造りで薄暗い。柵のついた部屋が等間隔にあり、正に映画などで見る監獄のイメージそのものだった。
窓がないのか空気はどんよりと淀み、血生臭さと糞尿の匂いが混ざった悪臭が鼻を刺す。
「げほっ……うぇっ、酷い、匂いだ……」
鼻呼吸を止め、何とか口のみで呼吸をしながら柵のついた部屋……檻の中を1つ1つ覗き込んでいく。
1つ目の檻 ―― 空。
2つ目の檻 ―― 空。
3つ目の檻 ―― 空。
そして4つ目の檻。
―― 中には、グチャグチャになった死体の山があった。
「うぇっ……! うっ……!」
込み上げる吐き気を何とか抑える。
幸か不幸か、魔物の死に様をスコープ越しに見て少し耐性がついていたため、俺はなんとか吐き気を抑え込むことに成功した。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
涙目になりながら、死体の山をもう一度視界に入れる。
もちらしき姿は見えない。
それだけが唯一の救いだ。
「この……人達……」
死体の顔には見覚えがあった。
俺の荷物を盗んだ奴等だ。
ミーレスが牢屋について教えてくれた時の言葉を思い出す。通常牢屋に送られた人間は、身分や素性を調べられ、殺しても問題ないか確認されるそうだ。
上級貴族に逆らった場合は、見せしめに公開処刑を行われることが多いが、警備兵……下級貴族に逆らった程度だと、ただ殺されるだけの場合も多いそうだ。
―― つまり、俺の荷物を盗んだ人達は、殺しても問題ないと判断されたわけだ。
平民の場合は、大抵殺しても問題ないと判断されるらしい。もちも魔物であるため、通常であれば即殺されていただろう。しかし、もちには俺に対する人質としての価値がある。
もちが連れて行かれたのは、4日前の夜だ。
作戦実行日までの2日間は、従順なフリをして必死にお金を稼ぎながら、もち救出作戦の準備を行っていた。
警備兵に稼ぎを渡しに行く際、もちに人質の価値があることを示すため『お願いです……! もちに一目だけでも合わせて下さい……!』と頼み込み、毎日もちの無事は確認している。
少し弱ってはいたが、昨日ももちは生きていた。
―― 今日もまだ……生きているはずだ。
俺は死体の山から目を逸らす。
「……自業、自得だ。でも……でも……!」
変わり果てた姿となってしまった彼等に、そっと黙祷を捧げる。彼等は確かに罪を犯した。しかし、命を奪われる程の罪ではないはずだ。
―― せめて、死後だけでもどうか安らかに……。
……
目を閉じて彼等の冥福を祈った後、もちの捜索を続ける。この部屋にある檻は4つだけで、奥にもう1つ扉が見える。
扉に手をかけ開こうとするが、鍵が掛かっているのか開かない。恐らく鍵は警備兵が持っているのだろう。
―― クソッ!
小さく舌打ちをしながら、俺は待機部屋まで戻る。
事前に目をつけておいた隠れられそうな場所……幾つかの洋服が掛かったクローゼットに身を隠す。
閉めた扉の隙間から待機部屋の様子を窺い、視界を確認する。
クローゼットの中からでも警備兵の姿が見えるよう、俺は一度クローゼットから出ると、机の傍にあった椅子の位置を少しだけズラす。本当に些細な位置の変化だ。気付かれることはないはずだ。
今日を作戦実行日にしたのも、ミーレスが把握している警備兵の中で、一番大雑把で頭が悪そうな人物が牢屋の警備に当たる日だからだ。
俺は再びクローゼットに身を潜めながら、じっと警備兵が戻ってくるのを待つ。
……
数十分後、火を消し止めたのか、こちらに向かう足音が聞こえてくる。
ガンッと入り口の扉が引っかかる音がし『何だぁ?』と言いながら、もう一度扉を強く開く音がする。恐らく、俺の仕掛けた石が引っかかったのだろう。
『ったく! 何で俺があんな奴等の為に働かなきゃいけねぇんだよ!』
苛々とした口調で愚痴りながら、戻って来た警備兵がドカッと椅子に座る。火事の現場にいて喉が渇いているのか、警備兵が酒を呷る。ゴッゴッゴッゴッと勢いよく酒を飲み込む音が聞こえてくる。
―― どうか小細工が上手くいきますように……!
俺が酒に行った小細工とは、元の世界の頭痛薬を砕いて酒に混ぜるという物だ。
俺が転移する時に持っていた通勤鞄は、魔石などが入っていなかったため、警備兵達に持っていかれずに済んだ。その中に俺の愛用していた頭痛薬が入っていたのだ。
社畜だった俺は、度重なる残業によるストレスなのか、よく頭痛に襲われていた。
薬で痛みを誤魔化し、薬が効かなくなってより強い薬に変える……そんなことを繰り返して辿り着いたのが、今の薬――滅茶苦茶効くが、服用後死ぬほど眠くなる頭痛薬だ。
処方される際に、運転する前の服用は避けるように……と医者から注意されるほどだ。
酒と薬の飲み合わせは悪い。最悪だ。
異様に眠くなるだけならまだしも、気分が悪くなったり、永眠してしまう危険性もある。
警備兵が永眠することまでは望んでいないが、出来れば深目の眠りについてくれることを期待している。
薬が効きにくくなった俺にも効く、強いものだ。薬を飲みなれていない……というか薬を初めて飲むであろう、異世界人には効果抜群のはずだ。
上手く行くかは賭けに近いが、警備兵と直接戦闘を行うよりは、ずっと勝算があると思っている。
祈るような気持ちで、俺はクローゼットから待機部屋の様子をうかがい続ける。
……
数十分ほど経過しただろうか。
勢いよく酒を飲み、つまみを貪っていた警備兵の様子が段々と変わり始める。
コクリコクリと何度も頭が前後に揺れ、舟を漕ぎだす。そのまま何分かすると、机に突っ伏し大きないびきをかきだす。
―― 寝た!




