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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第1章【遭難編】
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007【101~107日目】盗賊


「ふふふふーふふん、ふふふふーん♪ っと」


 音程の怪しい鼻唄を歌いながら、俺は軽い足取りで道を歩いていく。スキップでもしそうな勢いだ。まぁ、靴擦れが痛いので絶対にしないが。


「いやー、でも今考えてみると俺の初期位置って結構恵まれてたのもなー」


 もし異世界転移した初期位置が今歩いてるような何もない草原だったら、かなり早い段階で餓死していただろう。もっと言えば、初期位置が海の中や火山の中だったら、転移した瞬間にお陀仏だ。


「そう考えると結構いいところだったな、あの森!」


「きゅっ!」


 もちも俺に同意するように、元気よく鳴き声を上げてくれる。


 ―― まぁ絶対にッ! 二度とッ! 行きたくないがなッッ!


 森から出た俺が今歩いている場所は、開けた草原のようなところだ。

 たまに木や岩があるが、森のように食べれそうな物は見当たらない。俺が草原で餓死せずに済んでいるのは、あの森で取れた果物や肉のおかげだ。


「結構集めておいたから在庫はあるけど……なくなったらヤバイな……」


 折り畳みエコバッグや自分で編んだ蔦の袋いっぱいに、果物やウリボー肉を詰めてきた。


 ウリボー肉は一応燻製にしているが、乾燥させて煙で燻しただけの代物だ。どれくらい日持ちしてくれるのか分からない。


「……今度は何日歩くんだろうなー……もちー……」


「きゅー……」


 森を抜けたとはいえ、街までまだまだ遠い。これから歩かなくてはいけない距離を考え、思わず虚ろな目になってしまった。



 ……



 野宿をしながら歩き続けること一週間。


 道の先に何かが見える。

 まだ豆粒以下の大きさのため何かは分からないが、確実に何かある。


「お、もち! 何かある、何かあるぞ!」


「きゅ?」


 俺は興奮して走り出す。近づくにつれ、少しずつ輪郭が鮮明になっていく。


「馬車……? もち、馬車だ!」


「きゅっ!」


 俺が知っている馬車と少し形は違うが、馬のような動物が繋がれ、荷台に荷物が積まれているので、用途は馬車だろう。更に近付くと人の姿も見える。



「……人、人だ……! 人がいる……!」



 少なくとも遠目には人に見える。異世界に来て初めての人だ。俺は興奮して大声で呼びかけようとしたところで、様子がおかしいことに気付く。


 馬車の外に四人ほど立っているのだが、どうやら揉めている様子だ。


 不穏な空気を感じ、俺はそっと地面に伏せて近づく。揉めているからか、あちらはまだ俺に気がついていないようだ。


 身を隠すのに丁度よさそうな岩があったため、岩陰に隠れつつ様子を伺う。


 声は聞こえないが、馬車の持ち主と思われる一人の男を、三人のガラの悪い男が取り囲み、積荷を奪おうとしているように見える。



「……まさか、盗賊ってやつ?」



 一度盗賊だと思うと、盗賊にしか見えない。馬車の男は近づこうとする盗賊達を必死に追い払っているようだ。


 馬車の男は腕が立つようで、一人で盗賊二人を抑え込んでいるが、流石に三人目まで手が回らないようで何発か殴られている。

 馬車の男は血を流しながらも、棒のような武器で反撃している。


「た、助けに入った方がいい、のか……!? いや、でも……!」


 恐怖心で足がすくみ動けない。その間にも馬車の男は何度も殴られている。


 馬車の男は必死に三人に立ち向かいながら、時折馬車の方を向き何かを叫んでいる。もしかしたら、荷物で見えないが馬車に誰か乗っているのかもしれない。馬車の中の人が加勢しないということは、多分非戦闘員なのだろう。


 ―― どうする……どうする……!?


 俺が悩んでいる間にも、馬車の男はどんどん攻撃され、不利な状況になっていく。多分、このままでは馬車の男が負けてしまうだろう。


「……ここで何もしなかったら、絶対に後悔する……! 俺はもう……後悔しないって決めただろ……!」


 自分に言い聞かせるように言葉を吐く。



 ―― あぁ、そうだ。


 俺は昔、悲しみと後悔を経験した。

 怖がって、逃げて、大切な人を失った。

 その時、もう後悔するようなことはしないと、誓ったはずだ。



 拳を握り込み、俺は自分の中の勇気を奮い立たせて覚悟を決める。


「……もち、お前はここに隠れてるんだぞ。いいな?」


 もちをそっと頭から降ろし、小声で岩陰に隠れているように言う。もちは賢いからきっと俺の言葉を分かってくれるだろう。


 右手にカッター、左手に蔦を持ち、再び地面に伏せて争う四人にそっと近づいていく。


「切る……切るのか? 人を……」


 勿論、殺すつもりはない。盗賊の利き手を切りつけ、武器を落とした所を蔦で縛り上げるつもりだ。慣れたかったわけではないが、ウリボーを捌き、生き物に刃を向けるのは少しだけ慣れた。


 しかし、人に刃を向けた経験などない上に、相手は戦い慣れしていそうな盗賊だ。返り討ちにされるかもしれない。



 ―― それでも俺は……後悔しない、選択を!



「うおおぉおぉおぉぉおぉぉぉぉッ!!!」



 俺は覚悟を決め、雄叫びを上げながら立ち上がると、恐怖で涙目になりながら飛び出す。


 馬車の男も盗賊達も、突然出てきた俺に驚き一瞬動きが止まった。俺はその隙に盗賊の一人に切りかかる。


「あぁぁあぁあぁぁぁッ!!!」


 正直、切りつけられた盗賊ではなく、俺の方が叫び声を上げてしまっている。

 

 肉を切るリアルな感触が手に伝わり、切りつけた傷口から噴き出す生暖かい鮮血が俺の顔にかかる。痛みに呻く相手の表情、そして自分に向けられる明確な殺意。

 

 切りつけられた盗賊は武器を落とし、俺を睨みつけながら後ろに下がる。


 馬車の男は混乱からいち早く立ち直り、切りつけられた盗賊と残りの盗賊も無力化していく。俺も震える手で、馬車の男が倒した盗賊を蔦で縛り上げていく。



 ……



 なんとか最後の盗賊を縛り終わり、馬車の男と向き合う。馬車の男は腰の袋に武器をしまい、笑顔を浮かべると、優し気な声で俺に話しかける。




「XXXXXXXXX、XXXXX。XXXXXXXX。XXXXX?」




 その瞬間、絶望が俺を襲った。

 異世界に転移し、森の中でサバイバル能力を劇的に向上させながら、薄々思ってはいた。


 ―― これ、人に会えても言葉が通じないのでは? と。


 予感は的中した。

 オッケー、予想通りだ。

 想定内、想定内。


 人を切りつけた恐怖や言葉が通じない絶望、形容しがたい様々な感情に脳内を侵される。正直悪あがきに近いが、俺は必死に涙目でコミュニケーションを試みる。



「Ha…Hello!? Nice to meet you!?」



 異世界生活107日目、初めて異世界の人と交流しました!(ただし、意思疎通は出来ていない)



戦闘回…難しいです。

そして初戦闘でも格好良く決まらない主人公…。

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