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『も、もちは……! ちゃんと言うことも聞くし、本当に危険な魔物じゃないんです……! すごく……いい子で……』
もちが無害であることを何とか証明しようと、俺は必死に言葉を重ねる。
『嘘だッ! 俺はそいつに噛みつかれたんだっ! 危険な魔物だ! そいつらもとっ捕まえろ!』
俺の言葉を遮るように、警備兵に拘束されたままの、もちに手を噛まれた男が叫ぶ。腹いせなのか分からないが、どうしても俺達を巻き添えにしたいらしい。
『なっ……! あ、あれはあんた達が俺の荷物を盗もうとしたからだろ!? もちだって正当防衛だ!』
『だが人に危害を加える魔物を、街に連れ込んだことには変わりない!』
俺が男を睨みながら反論すれば、男も負けじと俺を睨みながら反論してくる。
ミーレスは眉間に皺を寄せたまま黙り込み、何を考えているのか分からない。
面倒を起こした俺を見限ってしまったのだろうか。それとも何かこの場を切り抜けるアイデアを考えてくれているのだろうか。
俺と男の睨み合いを煩わしげに見ていた警備兵が、鋭く言葉を発する。
『黙れっ! 盗みを働いた奴等をさっさと牢に連れて行け! 黒髪の行商人、貴様は残れ!』
警備兵はそう命令すると、くるりとこちらを振り返る。
その顔は何かを企んでいそうな、酷く歪んだ笑みを浮かべていた。
『黒髪の行商人……あートワだったか? 貴様は今回に限り、ト・ク・ベ・ツに寛大な処置を取ってやろう』
『あ……ありがとうございます!』
警備兵の表情や言葉は些か癇に障るが、寛大な処置を取ると言い、俺がこの場に残されたということは、少なくとも牢屋に連れていかれたり、命を奪われる危険は回避出来たのだろう。俺は安堵の溜息を吐き、警備兵に頭を下げる。
『はっはっは! 気にしなくていい。貴様の罪は全財産の没収、そしてこれからの稼ぎを全て我々に献上することで、ト・ク・ベ・ツに不問としてやろう』
警備兵がにやにやと笑う。
周りの警備兵達が盗まれた俺の荷物を勝手に弄り、中身を次々と取り出す。そのうちの1人が、稼いだ魔石や精霊石を仕舞った、魔石製の箱を見つけてしまう。
『おい、この魔石製の箱! この中に稼ぎが入ってるんじゃないか?』
警備兵は魔石製の箱に目をつけると、俺に鍵を出せと迫ってくる。
『や、やめてください……! それは大切な人達から貰った大事な物で……!』
『ほぉ? 俺達に逆らうのか? お前の大事なこのオトモダチが、どうなってもいいのか?』
鍵を渡すまいと必死に抵抗していると、横から別の警備兵がすっともちを取り上げる。
『大事なんだろぉ~? イイコでオトモダチなんだろぉ~? この真っ白な毛並みが真っ赤に染まるところは見たくないだろぉ~?』
もちにナイフのようなものをあてがいながら、挑発するように警備兵が笑う。
『俺達は危険な魔物を退治をしようとしてるんだ』
『そうそう。ただお前がどぉ~しても! 大事なオトモダチを助けたいって言うからなぁ』
『慈悲深い我々がト・ク・ベ・ツに寛大な処置を取ってやろうと言っているんだ』
警備兵達が口々にそう言いながら、甚振るような笑みを浮かべる。
『トワ……逆らうな』
ミーレスが小声で俺に忠告する。『でも……!』と俺が反論しようとすると、俺にだけ聞こえるように耳元で囁く。
『(トワ、あいつ等は下級とはいえ貴族だ。平民の敵う相手ではない。お前が稼ぎを上げているから、命を奪わずに、生かして長く財を奪うことを選んでいるんだ。これ以上反抗すれば、お前の命ごと財を奪われるぞ……!)』
ミーレスが励ますように『魔石ならまた稼げばいい』と俺の背を叩く。
だが俺にしてみれば、稼いだ魔石なんてどうでもいいのだ。惜しいと言えば惜しいが、正直魔石だけならすぐにでも差し出す。
―― だけど、あの中には……メールがくれた精霊石も入っているのに……!
精霊石はかなり貴重で価値の高い物のようだった。見つかれば、確実に取り上げられるだろう。
―― クソ……! でもミーレスの言う通り、ここで俺が抵抗しても、あいつ等は俺を殺して死体から鍵を探すだけだ……!
もちも人質に取られている。どうしようもない。
―― どう考えても、詰みだ。チェックメイトだ。
俺は沈痛な面持ちで懐から鍵を取り出し、警備兵達に差し出す。鍵を受け取った警備兵は、高笑いしながら魔石製の箱を開く。
『おおお……! こりゃすげぇ!』
『なんだこの魔石の量は……!』
『こんなサイズの魔石……見たことねぇ!』
『おいおいおいおい、精霊石まであるぞ!』
『はっはっは! 稼ぐ割に金に頓着していないようだったから、色々と隠し持っているだろうと思っていたが……予想以上だ!』
警備兵達は目を輝かせながら、どう山分けするか揉めだす。
すると警備兵の1人が箱の中身から目を離し、優し気な……しかし意地の悪さが底見えする歪んだ笑みを浮かべ、くるりとこちらを振り向く。
『はっはっは! まぁまぁ、揉めることはない。これからもたーっぷり、我々に稼ぎを献上してくれるのだからな。なぁ、トワ君?』
『……はい』
『我々は慈悲深い。材料費と生活費くらいはくれてやろう。た・だ・し! 監視されていることを忘れるなよ? 商売に手を抜くようなことがあれば……分かっているな?』
『……はい』
俺は俯きながら頷く。
警備兵達も満足したよう頷くと、俺の荷物を勝手にまとめだす。
『宿の部屋も確認しろよ? 商売の材料らしきものは置いておけ。金目の物は全て運び出せ!』
警備兵が身勝手な命令を下し、他の警備兵達がその命に従い宿屋に入っていく。数分後、見覚えのある布袋がいくつも運び出されてきた。
『ふん……こんなものか。精霊石や魔石以上の物はないな』
中身を確認した警備兵が、ゴミのように布袋を地面に捨てる。
―― あれには……カルネやレギュームがくれた食料が入っているのに……。
打ち捨てられた布袋を、泣き喚きたい気持ちで見つめる。
『はっはっは! まぁ良い。これだけでも予想外の収穫だったな!』
魔石製の箱を閉じ、警備兵が脇に抱える。
『では我々はそろそろお暇するとしよう。ではな、トワ君。稼ぎを届ける先はギルドマスターに聞き給え』
上機嫌に笑いながら、警備兵達が立ち去ろうとする。
しかし、もちが警備兵に取り上げられたままだ。
『ま、待って下さい! もちは……その白い魔物は……!?』
俺が必死に声を上げると、もちを抱えた警備兵が振り返る。
『安心しろ。大事なオトモダチは俺達が丁重に保護してやるさ。今日みたいなことが起きないように、な』
嘲笑うかのようにそう言うと、警備兵達は再び歩き出し、もう振り返ることはなかった。
『ま……まって……! 待ってください……! お願いです……! もちを……もちを返して……!』
俺は必死に叫びながら、警備兵の後を追おうとするが、ミーレスに強い力で引き戻される。
『トワ……! 命を無駄にしたいのか!? 諦めろっ!』
『そんな……そんな……! もちっ! もちいぃいぃぃいぃぃ…っ!!!』
異世界生活470日目、答える者のいない俺の悲痛な叫びだけが、暗い路地裏に響き渡った。