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あれから数日。
俺は宿屋の机で自分の手紙を読み直していた。
手紙の内容は悩みに悩んだ末、結局とてもシンプルな物になった。これでも小さな板ギチギチに文字を刻んだのだ。
「うーん……やっぱもう1回書き直そうかなー……」
手に持っていた魔石製のナイフを机に起き、文字を刻み終わった板を眺める。彫刻のように板に文字を刻むため、多少の失敗なら木の表面を削れば修正可能だが、ほぼ一発勝負だ。
ここ数日刻んでは捨て、刻んでは捨て、書き直しを繰り返している。
「いや……俺は無事だよって伝えたいだけだし……やっぱこれでいこう」
板を握りしめ、俺は立ち上がる。向かうはナーエのギルドだ。
……
『今晩和、ミーレス。急に訪ねたのにありがとうございます』
『構わんさ』
商売が終わった後に手紙を書き、ミーレスへのアポを取るためにギルドに向かった。もう日が暮れていたので会えるのは翌日以降になると思っていたが、ミーレスも俺に話があったようで時間を作ってくれた。
『これがノイに送って欲しい手紙です』
俺が差し出した手紙を受け取り、ミーレスが頷く。これで俺の用件は終わった。次はミーレスの番だ。
『それで、話ってなんですか?』
俺は顔を強張らせながら話を促す。
部屋に入った時から、心なしかミーレスの笑顔がぎこちない気がする。俺はその表情に嫌な予感がしていた。俺の問いかけに対し、ミーレスは苦笑を浮かべた後自身の顔を手でほぐし、表情を緩める。
『すまん、そんなに緊張するな。トワの商売についてなんだが……』
『は、はい』
『その、かなり……目立っているだろう? 正直、これ以上商売を広げるのは止めた方がいい』
ミーレスはギルドマスターとして、よく街の様子を見に行ったりしているらしい。俺も薄々気付いてはいたが、ミーレスから見ても俺の存在はかなり目立っているようだ。
『そう、ですね……俺もこれ以上は危険かな、と感じてました』
ナーエに到着してまだ1月も経っていないが、俺の名前はかなり広がった。
勿論好意的に話しかけてくれる人も多い。
しかし目新しいもので街の注目、そして広場の稼ぎを掻っ攫っていく俺に対し、妬みや僻みの視線を投げる者も多い。
俺が出来る限り友好的に立ち振る舞うように気を付けているせいか、直接的な攻撃はまだないが正直いつ帰り道で襲われてもおかしくないと思っている。
『トワも気付いていたか……すまんが、前に頼まれていたホールを貸し出す件、あれはなかったことにしてくれ』
『分かりました。広場での商売も……ちょっとお休みします』
『そうだな。それがいいだろう』
俺の店でいつも買ってくれる常連さんには申し訳ないが、自分の命の方が大事だ。それにバターはなくても、蒸かしたじゃがいもの調理法自体が広まり、多種多様な料理が売られ始めている。俺の店がなくても大丈夫だろう。
『ご心配おかけしました』
『いや、私の考え過ぎかもしれんしな。トワが納得してくれてよかった』
ミーレスにしてみれば、俺の商売チャンスを潰す形になってしまったと感じているのだろう。申し訳なさそうに謝罪を重ねる。
『正直、稼ぎよりも故郷の情報を重視しているので……問題ないです』
俺はミーレスを安心させるよう微笑みながら言葉を続ける。
その後はミーレスと話し合い、お店は不定期で状況を見ながら出すことになった。それから魔石の両替についても、ギルドに申し出れば魔石加工師に依頼を投げてくれるそうだ。
『色々ありがとうございました。こんな時間まですみません』
話し込んでいたら、すっかり辺りが暗くなっていた。そろそろ宿に戻ろうと席を立てば、ミーレスも一緒に立ち上がる。
『もう夜も遅い。宿まで送ろう』
『あ、はい……』
思わず頷いてしまったが、冷静に考えると普通は立場が逆じゃないだろうか。
── 男なのに女性に夜道を送って貰うって……どうなんだ……
何というか男のプライドがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。まぁ、ミーレスの方が俺より何倍も強いと思うので、仕方のないことなのだが。
── はぁ……強くなりたいな……
異世界に来てから何度思ったか分からない想いを抱きながら、ミーレスと共に宿に向かう。
……
『――……っの! な……だこ……つはっ!』
「――……ゅっ!」
『――は……せっ! こ……ま……のがっ!』
宿に向かって歩いていると、何か小声で争っているような声が聞こえてくる。
『……今の声は……?』
『分からん……宿の方だ。行くぞ、トワ!』
ミーレスが宿に向かって走り出す。
俺も慌ててミーレスの後を追う。
『クソッ、噛みやがったコイツ!』
『何でこんなところに魔物がいるんだっ!』
「きゅーっ! きゅーっっ!」
宿に近付くと、数人の男の声と聞きなれた鳴き声がする。
「もちっ!?」
俺が思わず飛び出すと、俺の声に反応した男がこちらを振り向く。
男の手には、ぶらりともちがぶら下がっていた。
「クソッ……何してんだ! もちを放せっ!」
俺は無我夢中で叫びながら、男達に走り寄る。近付いてみれば、男の手にもちが噛みついているようだ。
── なんでもちが男の手に?
── なんなんだこいつ等は?
頭の中が答えの出ない疑問で埋め尽くされる。
だが、俺が今やらなくてはいけないことは分かる。
── もちを、取り返すっ!