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見向きもされなかったら『試食ありますよー! 一口食べるだけならタダですよー! 食べてみて下さーい!』と声を掛けようと思っていたが、最初に食いついてくれた人達のおかげで、呼び込みをせずに人だかりが出来た。
俺は自分の名前を売るため、試食を差し出しながら『旅をしている行商人のトワです。よろしくお願いします』と次々に挨拶していく。
人が人を呼びかなりの人数が集まってくれ、大量に蒸しておいたじゃがいもがとうとう底をつく。現在も蒸かしている最中だが、蒸かし終わるまで少し時間が空いてしまう。
―― さぁ、リバーシのターンだ!
じゃがバターで人を集め、第二計画リバーシの宣伝に移行する。
『すみません! じゃがバターは作ったものが全部売れてしまって……現在新しい物を調理中です! 少し時間が空いてしまうので、良ければ異国の遊びで時間を潰しませんか?』
これも俺の故郷の物で、ノイで大流行したんですよと付け加える。
集まっていた人達は『売り切れ』という言葉を聞いた瞬間、落胆したり顔をしかめたが、続く俺の言葉に再び興味深そうな目でこちらを見る。
俺は準備しておいたリバーシ盤を見せ『2人でやるリバーシと言う遊びです。実際の遊び方をお見せしたいので、どなたか協力して貰えませんか?』と声を掛ける。
ノリの良さそうな男性が『俺が協力してやるよ!』と手を挙げてくれたので、お礼を言いつつ、観客にも聞こえるように大声でルール説明をする。
『……というルールになります! ルールは大丈夫そうですか?』
『おう! 楽勝、楽勝!』
『じゃあ、実際にやってみましょう!』
俺の声でナーエでの初リバーシが開始される。
……
所々で解説や説明を入れつつ、交互に石を置いていく。
多少人数は減ったが、殆どの人は残ってリバーシの様子を眺めている。
何人かの人は盤面を見ながら一緒に手を考えているのか、俺や対戦相手が石を置く度『ん?』『そっちか?』『あっちの方は良くないか?』等とぶつぶつ言っている。
―― いい感じだな。
……そしてリバーシを開始して数十分。
対戦相手が叫び声を上げる。
『……はぁっ!? いやいやいや、嘘だろうっ!?』
中盤までは、黒石を持った対戦相手が盤面の殆どを占めていたのだが、後半は白石を持つ俺の一手により、縦横斜めと凄い勢いで石がひっくり返されていく。
『ふふふ、すみません。俺、結構リバーシやり込んでるので……』
にやりと笑い、最後の白石を打つ。これで相手は石の置き場所がなくなる。
『あー……! ここは置いちゃいけないんだよな……? くぅー……俺の負けかぁ……』
途中まではいい感じだったんだけどなぁ……と協力してくれた男が悔しそうに呟く。案の定『もう1回だ!』と再戦を申し込んでくるが『また今度お願いします』と笑顔で流し『やってみたい方いませんかー!』と声を掛ける。
20個ほどリバーシ盤を用意しておいたので、見ていた人達が次々に『ちょっとやってみようぜ!』と知り合いを誘って参加してくれる。
俺に挑戦したいと意気込む人も結構いたので、話し合って1人選んで貰い、俺も再びリバーシを打つ。
流石に40人は敷物の上に座りきれなかったので、直接地面に座って貰ったりしながら、小さなリバーシ大会が開かれる。
リバーシの素晴らしい点は、場所も時間も道具も最小限な上に、老若男女問わず遊べて中毒性があるところだ。
子供から大人まで、数十人もの男女が広場の端に座っているのだ、そりゃあ目立つ。新しく広場に来た人や一度離れた人も『何だ、何だ?』と集まって来る。
新しく来た人には俺が声を上げて説明したり、最初からリバーシを見ていた人が説明してくれたりする。
じゃがいもが蒸かし終わるまで、小さなリバーシ大会は盛況が続いた。
セットしておいたタイマーの時間になり、スマートフォンがバイブレーション機能で震える。俺はそっとタイマーを止め、周囲に声を掛ける。
『じゃがバター完成しましたー! リバーシは一旦終わりでーす!』
そしてすかさず『リバーシも売ってまーす! 気に入って頂けたら購入お願いしまーす!』と宣伝を続ける。そのまま購入してくれる人もいれば、こそこそと『これ、作れるな……』と呟いている声も聞こえる。
リバーシの模造品が出るのは想定の範囲内だ。
模造品でも良いので、是非とも広まって欲しい。
リバーシと共に俺の名前が広まれば、情報収集もしやすくなる。
ナーエで商売をするのは、お金を稼ぐためと言うよりは情報収集のためだ。
顔と名前を売り、人脈を作る。ノイでは得られなかった情報も、ナーエにはあるかもしれない。
人脈は大事だ。情報の入り口がそれだけ増える。
人脈がないと全て自分が動いて情報収集をしなきゃいけない上、知らない人に情報をくれる人は少ない。
しかし人脈を広げれば『トワが探してた情報、XXで耳にしたぜ』『XXがこんなこと言ってたぜ』と誰かが教えてくれたり、重要な情報をこっそり流してくれたりする。情報だけでなく、有力な人や場所の紹介をして貰える等、様々な利点がある。
―― ま、名前が知れ渡るのはリスクもあるけどね。
ノイで貴族に目をつけられたことを思い出しながら、気を引き締める。
……
今日のために準備しておいた分のじゃがいもが、全て売り切れた。
馬車の荷台にじゃがいもがあるので、取りに行けばまだ作れるが1日で売り尽くす気はない。
―― あまり儲けすぎて、他の店の人に恨まれても嫌だしな。
予定より少し早いが『すみませーん、売り切れでーす! 明日またお店を出すので、是非お立ち寄りくださーい!』と声を上げる。ついでに『この後じゃがいもの新しい調理法を教えまーす! 気になる方は俺に声かけて下さーい!』と続ける。
売り切れと聞いて離れようとしていた人達が即座に戻って来る。
『お、おいおい……そんなに大々的に教えていいのか? 明日から売れなくなっちまうぞ?』
最初に話を持ち掛けた隣の店の主人が、心配そうに問いかけてくる。
『大丈夫です!』
俺は自信満々に断言する。
バターはうちだけの売りだ。ホクホクのじゃがいもだけでも美味しいが、バターを付けた美味しさには勝てない。
―― ふふふ、塩や砂糖じゃあのバターの深みは出せないからな。
『そ、そうか……? まぁ、あんたがいいならいいけどよ……』
……
翌日。
広場にはバターの小瓶を買った人によるじゃがバターもどきや、リバーシもどきが大量に売り出された。
『……だから言ったじゃねぇか……』
異世界生活452日目、隣の店の主人は同情しているような呆れているような、何とも言えない表情で俺に声を掛けた。




