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「はぁー……つっかれたぁ……」
あの後ミーレスと共に広場に行き、旅に必要な物が買える店や、俺が店を出していい場所を教えて貰った。
あらかた街の中を案内して貰ったところで日も暮れて来たため、ミーレスと別れ俺は宿屋に戻って来た。現在は宿屋のベッドでゴロゴロしている真っ最中だ。
「あ、もち!」
俺はふともちを布袋に入れっぱなしだったことを思い出し、慌ててもちを布袋から引っ張り出す。
もちは半日以上布袋に入りっぱなしだったため、かなり機嫌が悪そうだった。頬を膨らまし、いつも以上に丸くなっている。
「ごめんな、苦しかったか?」
「きゅー……」
よしよしと頭を撫でてみるが、不機嫌そうな表情のまま低い声で鳴いている。
「困ったな……」
何とかもちの機嫌を取ろうと、俺はカルネ特製の干し肉をそっともちの前に差し出す。この干し肉は本当に美味しくて、俺の大好物でもあるのであまり上げたくないのだが……背に腹は代えられない。
「ほら、もち。これ好きだろ?」
「きゅ? きゅーっ!」
先程迄の不機嫌さが嘘のように明るい鳴き声を上げ、もちが干し肉にかぶりつく。もう一度頭を撫でてみれば、今度はいつものようにすりすりと体を擦り寄せてくれた。
「……お前、結構現金だな」
もちの機嫌も直ったので、俺は安心して明日から始める商売の準備をする。
「何をどう売るか、だよなー……」
俺はノイで売った時の様子も思い出しながら、考えを巡らせる。
突然よそ者が見慣れぬ食品を売り出しても、手を出しにくいだろう。
手始めに馴染み深いであろうじゃがいもを使った、じゃがバターを売る。その横でリバーシの販売もしてみよう。ノイでの流行り具合から、ナーエでもこの2つは結構売れると思っている。
この2つが受け入れられ、市場に「美味しい物、面白い物を売る行商人がいる」という認識が出来たところで、満を持してパンと音楽を投入だ。
因みに音楽を流すホールと音楽プレイヤーの護衛はミーレスに依頼済みだ。抜かりはない。
パンに関しては、火の管理をしてくれていたフレドがいないため、自分で火を起こしてもう一度試行錯誤するしかない。まぁフレドと試行錯誤した経験もあるし、一人でもなんとかなるだろう。
こちらも宿のかまどを貸して貰えるよう、帰宅時に宿屋の主人に話を通した。
俺がミーレスの連れてきた客ということもあるのだろう。宿屋の主人は快く許可してくれた。
「ふふふ、焼き立てパンの匂いに抗えるものはいないからな……ナーエでも主食の座をゲットしてやるぜ!」
「きゅ?」
ベッドで材料を広げながらにやにやと笑う俺を見て、もちが不思議そうな声を上げる。俺は予めノイで準備していた商品の在庫を確認し、整理しながら布袋に詰めなおす。
レギュームの畑で収穫させて貰ったじゃがいもや、子供達と一緒に作ったバターが大量にあるので、当面の間材料に困ることはないだろう。
「よし、明日から頑張るぞー!」
「きゅー!」
……
翌日。
緊張しつつも広場に行き、お手製の蒸し器をセットする。地面に敷き物をしき、その上に売り物であるリバーシ等を並べていく。
―― 作戦開始だ。
両隣のお店に軽く挨拶をして、広場に人が増えてきたところで、蒸かし終わったじゃがいもを笑顔で差し出す。
『ナーエに滞在中、ここでお店を出させて頂く、トワと言います。お近づきのしるしに、良かったらどうぞ』
危険な物ではないということを示すため、蒸かしたじゃがいもを半分に割り、バターを塗って俺も一緒に食べる。
隣の店の主人も、俺が食べたのを見た後『じゃがいも、かね? 見慣れない調理器具だねぇ……』と話しながら一口かじる。
その瞬間、訝しげだった相手の表情が一気に変わった。
『うっ、うまいっ! 何だこれは!? こんな美味いじゃがいもは初めてだっ! 上に載っているこのぬるぬるした物も、マイルドでありながら絶妙な塩気もあって、じゃがいもの甘さを引き立てているっ!』
隣の店の主人は、手渡された残りのじゃがバターを一気に食べながら感動したように叫ぶ。
俺は満面の笑みで『遠い故郷の調理法なんです。上に載っているのはバターと言います。俺の店の看板商品です』と宣伝する。
『買おう、買わせてくれっ! 朝飯は広場で調達しようと思ってたんだ。あと3つほどくれ!』
『お買い上げ、ありがとうございまーす』
値段を伝えて魔石と交換に蒸し器からじゃがいもを3つ取り出す。皿代わりの綺麗に洗った大きめの葉っぱでじゃがいもを包み、バターを塗って手渡す。この葉っぱも事前に沢山集めておいたものだ。
『いや、本当に美味いなこれは……』
『よかったです』
じゃがバターを食べながら、隣の店の主人が感心したように言う。俺はもっと大声で叫んでいいだぜ! と思いながら、笑顔で相槌を打つ。
『……駄目元で聞くが、調理法を教えてくれないか?』
隣の店の主人が少し遠慮しながら問いかけてきたので、チャンスだ! と出来る限り親し気な笑顔で頷く。
『構いませんよ、店を閉めた後にでも教えますね。ただバターの作り方は教えられないですね。うちの目玉商品なので……』
『おぉ! じゃがいもをこんなにホクホクにさせる調理法だけでも、教えて貰えるなら儲けものさ! 俺も商売人だ。教えられないことなんて幾らでもある』
やはり美味しいものは人の心を開かせる。
最初より大分打ち解けた様子で隣の店の主人と会話していると、会話が聞こえたのか他の人達も少し集まってくる。
―― 計画通りだ。
『新顔かい? 新しい調理法だって?』
『俺も丁度朝飯を探してたんだ、美味いのか?』
『会話が聞こえてきて……私も新しいじゃがいもの調理法、気になるわ』
新しい調理法をタダで知れるのだ。皆、隠しきれない下心を覗かせながら話し掛けてくる。
俺は笑顔を深め『今日和、トワと言います。お近づきのしるしに一口どうぞ』と小さく割ったじゃがバターを差し出す。
『おう、悪ぃな』
『ありがとよ』
『どうも』
皆軽く礼を告げながら、ジャガバターを口にしていく。
口に入れた瞬間、 隣の店の主人と同様に目を見開く。
『こりゃ美味い!』
『おぉ! この甘さとしょっぱさがたまらん!』
『こんなに美味しいじゃがいも、初めてだわ!』
口々に感想を言いながら、すぐにじゃがバターを食べ終える。
そのまま『俺も3つ買おう』『俺は2つだ』『私は1つ頂戴』とじゃがバターを買い求めてくれる。
『お買い上げ、ありがとうございます! バター単体も売ってるので、じゃがいもさえあれば、家でこの味が楽しめますよ!』
俺は小瓶に入ったバターの値段も伝えながら、宣伝を重ねる。
隣の店の主人も含め、全員バター単体も購入してくれた。
人が集まっていると気になってしまうのが人の性だ。
しかもそれが普段見かけない新顔の店となれば、何を売ってるんだ? と覗きに来てくれる。俺は覗きに来てくれた人全員に試食を差し出していく。
―― そう、ノイではあまり活躍の場がなかった試食作戦だ。