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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第3章【ナーエ編】
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日々読んで下さりありがとうございます。感想、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております!

 

 心臓の鼓動がうるさい。

 俺は荒く息を吐きながら、必死に震える手で照準を合わせる。


 アルマがレンズの研究を重ね、銃のスコープは近距離、中距離、遠距離を切り替えられるようになった。現在は遠距離射撃用の500メートル程先まで見通せるスコープを装備している。

 銃身を馬車の手すりに置き、撃ちやすい姿勢を取る。

 道が真っすぐなおかげもあるが、手綱を操らなくてもエクウスがある程度道に沿って進んでくれるため、俺は射撃に集中する。


 ―― 当たれっ!


 心の中で念じながら、とにかく見えた生き物に向けて銃を撃ちまくる。

 魔石製の銃だが、魔力の塊を飛ばす仕組みは銃と同じだ。銃身内で爆発を起こし、そのエネルギーを一方向に集めて弾丸……魔力の塊を前に飛ばす。

 爆発の反動で一発撃つ度にビリビリと手が痺れる。


 ―― クソッ! 当たれ、当たれよ!


 馬車が揺れているせいか、はたまた俺の射撃センスのせいか、なかなか弾丸が当たらない。5発程撃ったところでやっと1発魔物に当たる。



『XXXXXXXxxxxXXxXxXxxXXXXX!!!』



 魔物は身の毛もよだつような恐ろしい叫び声をあげてこちらを向く。

 俺が銃を撃っている間も、馬車は前に進んでいる。魔物もこちらに向かって走ってくるため、スコープに映る魔物の姿がどんどんと大きくなる。


「落ち着け……落ち着け……的が大きくなるんだ、当てやすくなるだけだ」


 遠くで魔物が動くと目標がスコープから見切れて焦りが増す。自分に言い聞かせるように呟きながら、再度照準を合わせて引き金を引く。

 

 ―― パンッ! パンッ!


 通常の銃とは少し異なる、魔石銃の鈍い銃声が小さく響き渡る。

 魔物が近付き弾を当てやすくなった分、スコープに映る姿がよりリアルになる。


「ほんとトラウマになりそうな光景だよ、畜生ッ!」


 木の的に向けて射撃練習をしていた時には気付かなかったデメリットだ。

 魔物自体の姿が大きく映し出されるのも怖いが、何より弾が当たって魔物から飛び散る肉片や血が見えるのが恐ろしい。


 心臓の鼓動は収まることなく激しさを増し、目からは恐怖のせいか涙が勝手に流れる。


 ―― 死にたくない、死にたくない、死にたくない!


 ―― 『死んだらそこで終わりなんだから』


 レッスの言葉が頭を巡る。


 ―― 『自分のことで精一杯なんだ。他人よりも自分を優先する』


 レッスに言った自分の言葉が思い浮かぶ。

 そうだ。俺は知らない魔物の命よりも、自分の命が大事だ。


 先程よりも鮮明に見える魔物の頭部に狙いを定める。


 ―― パンッ!


 派手に飛び散った肉片と血が、赤い花のようにスコープに映し出される。

 あまりのグロテスクな光景に吐き気を覚えながらも、スコープを覗き続ける。


『XXxXxXxxXXXXX―――……!』


 断末魔のような叫びを上げ、魔物が倒れる。


「……やったか?」


 スコープから目を外し、はぁはぁと荒い息を整える。


「げほっ……うっ……うえぇっ……」


 濃厚な血の匂いが風に乗ってこちらまで流れてきたのが後押しとなり、俺は走る馬車の上から胃の中の物を全て吐き出す。


「うっ……うぇっ……しんどすぎるだろ、こんなの……」


 連続で魔物と遭遇しなかったのは不幸中の幸いだった。

 はぁはぁと息を整え、口をゆすぐ。ゆすいだ水も全て馬車の外へ向かって吐き出す。


 吐いた直後の身体に馬車の振動が響くが、馬車を止める訳にはいかない。

 俺は精霊石で生み出した水を頭から被り、飲み水を一気に飲む。


「……俺は、生きて、元の世界に……母さんの元に、帰るんだ……」


 滴る水を適当に拭い、再度真っすぐと前を見据える。


 暗くなってきたため馬車に設置された前照灯のスイッチを入れる。

 これは前方を明るく照らす車のヘッドライトのような装置で、光量があり、かなり遠くまで照らすことが出来る。予め魔力供給用の魔石を設置しておくことで利用可能だ。

 明かりをつけることで魔物に見つかるリスクも上がるが、暗闇から突然襲われるよりはマシだ。



……



 魔物が見えた瞬間、スコープを覗き込み遠距離から射殺する。

 何度それを繰り返しただろうか、闇に覆われていた周囲が段々と明るくなり始める。


「……夜が明けたか」


 一晩中周囲を警戒して緊張していたせいか、睡魔に襲われることはなかった。

 スコープを使って周囲を再度確認し、敵影がないことを確認すると俺は一度銃を置いて肩を回す。


「……つっかれたぁー……」


 この数時間で驚くほど肩が凝っていた。

 恐らく常時筋肉に力が入っていたのだろう。

 馬車の扉を開け、上半身だけ荷台の中に入り込むような形で仰向きに倒れ込む。


「きゅー?」


 大丈夫? と確認するかのように、荷台の中にいたもちが心配そうに鳴き声を上げる。


「ん……心配かけてごめんな、大丈夫だよ」


 街の人から疲労に効くと渡された飲み物を、棚から引き寄せる。

 一口飲んだだけで頭がすっきりし、肩の凝りが和らいだ気がする。


「エナジードリンクなんて目じゃないな、こりゃ……」


 社畜時代にこの飲み物が欲しかったなと苦笑しながら、再び馬車の扉を閉めて前方を見据える。



「エナドリ飲みながら徹夜なんて慣れてんだよ……! 社畜なめんな!」



 異世界生活444日目、格好いいような悪いような微妙な台詞を吐きながら、俺は銃を構え直した。


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