052
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『おはよう、トワ』
『全く、本当にお寝坊さんね!』
『トワ、おきたー!』
……
聞きなれた声が聞こえた気がして、目が覚める。
「きゅー!」
勢いよく飛びついてきたもちをキャッチして、俺は優しく撫でながらもちに朝の挨拶をする。
「おはよ、もち」
ノイを出て一週間程過ぎたにも関わらず、またノイにいた頃の夢を見てしまった。いい加減慣れろよと自分に言い聞かせるが、あの温かい朝に心は囚われたままらしい。
目の前にはここ最近見慣れた、俺の新しい家……馬車の荷台が広がっていた。
馬車の荷台は魔石で出来たコンテナのようになっている。
大きさは横2メートル、縦4メートル、車輪も含めた高さは3.5メートルほどだろうか。俺が両手を広げて寝転がっても、まだ少し余裕がある。
内部はふかふかの絨毯が敷かれ、枕や布団まで積まれている。
魔力を与えると光る灯りや、棚等も取り付けられていて、俺が快適に過ごせるように様々な工夫をしてくれたことが随所から伝わってくる。
内側は白く、外側は濃い茶色に塗装がされていて、一部は窓のように透明になっている。窓部分には内側からカーテンのような布が取りつけられ、カーテンを開けない限りは外から覗かれる心配もない。
何だか移動型の秘密基地のようで、少しワクワクしてしまう。
「本当すごいよ、ペール……」
苦笑しながら服を着替え、防具を身に着け直した後、外套を着込んでフードを被る。寝る時は流石に兜を外すが、万が一襲われた時のためにパジャマの上から防具は着けている。軽くて薄い防具なので何とか着たままでも寝れるが、やはり着替えの時に外すと開放感がある。
一応馬車の出入り口には扉とかんぬき錠のような物が取り付けられているが、用心するに越したことはないだろう。
カーテンを開け、外の様子を窺う。
馬車の外に取り付けた魔物除けのおかげか、辺りに魔物の姿はない。
「おはよ、エクウス」
外に出てエクウスにも朝の挨拶をする。
事前に魔物除けの匂いに慣らされたようだが、やはり魔物除けの匂いはエクウスも苦手なようで今も繋がれた範囲で風上を陣取っている。走行中は匂いが後ろに流れるとは言え、少し申し訳ない。
エクウスは朝食中だったようで、地面に生えた草を食べながら、俺に目で挨拶をしてくれた……ような気がする。
エクウスは雑食だが、基本的には草を食べさせていれば問題ないとペールが教えてくれた。栄養を体内に貯められるれるようで、餌がなくても長期間生きられるそうだ。
魔石製のこんなに大きな荷台を引けるだけあって物凄い馬力の持ち主で、荷台を外せばかなりの速さで走れるらしい。
「いつもありがとな、エクウス」
重い荷台を引っ張ってくれるエクウスに感謝を伝えながら、俺も少し離れたところに火を起こして、朝食の準備をする。
今進んでいる辺りは一面の草原で、エクウスのご飯に困らないのは有り難いが、毎日代わり映えのない景色に少し飽きてきた。
「ま、平和で何も起きないのが一番だよな」
欠伸をしながら呟いた、その時だった。
―― ガンッ!
物凄い音と共に、頭に衝撃が走る。
背後から頭を殴られたらしい。
「な、なんだっ!?」
俺は慌てて懐から銃を取り出し、右手に構えながら後ろを向く。
が、振り向くと同時に横から頭を殴られ、あまりの衝撃に俺は横に倒れる。
『悪く思わないでね』
倒れた俺に馬乗りになりながら相手は低い声でそう呟き、俺の手足を縄で縛りあげていく。必死の抵抗も空しく、着々と自由が奪われていく。
―― クソ……! スティード達にあんなに訓練してもらったのに……!
相手は恐らく盗賊だろう。
身動きが取れないよう俺の手足を縛ると言うことは、殺すつもりはないのかもしれない。いや、アルマがくれた兜を身に着けていなかったら、一撃死だった気もするが。
『クソッ……放せっ! 縄を解けっ! 馬車に近付くなっ!』
両手足を縛られた俺は、無様にも横たわったまま叫ぶことしか出来ない。
ジタバタと暴れながら転がり、相手のズボンに噛みついて必死に動きを止めようとする。
口の中に土と布が混ざったような気持ちの悪い味が広がるが、馬車や積み荷を奪われるわけにはいかない俺は必死に抵抗する。
―― 馬車には……あの中には街の皆から貰った物が沢山詰まっているのに……!
馬車や金目の物を取られるのは勿論困る。
しかしそれ以上に、ノイの皆が最後にくれた物をみすみす盗賊に奪われるわけにはいかない。
『邪魔よっ!』
相手はズボンに噛みつく俺を無理やり引き剥がし、一枚の布を手にこちらを向く。俺の口を封じようとしているようで、俺は必死に大声を上げながら再び抵抗する。
『やめろっ! 放せっ!』
相手が口に布を巻き付けようとした時、相手の顔が近付きはっきりと目に映る。
―― 俺はその顔に、見覚えがあった。
『あんた……あの時の!』
『……? アタシを知ってるの……?』
俺は相手の顔を見て、思わず驚きの声を上げる。
俺の言葉に相手は訝しげに俺の顔を見た後、身体を押さえつけたまま俺のフードを外し、目を見開く。
『……その髪! まさか……前にアタシ達を見逃した奴……?』
『多分、ね。俺はあんたの顔に見覚えがある』
『……チッ! 借りは返す主義よ。アタシもあんたを見逃すから、これでチャラでどう?』
『……分かった。やり返したりしないから、縄を解いてくれないか?』
俺がそう言うと、相手は素直に俺の上から降りて、短剣で俺の縄を切ってくれる。
俺の黒髪が初めて役に立った気がする。
あの頃はかなりやつれていたので、今とは顔つきが違ったはずだ。
この黒髪がなかったら、相手も俺に気付かなかっただろう。
『ありがとう』
『あんた……お人好しを通り越して馬鹿じゃないの?』
俺が礼を告げれば、相手は呆れたように言う。
縄を解いてくれたことに対して思わず礼を言ってしまったが、相手の言う通り突然襲ってきた盗賊に対して礼を言うなんて、頭が悪いとしか思えない。
俺が『確かに……』と呟けば、相手は思わずといったように笑う。
『はぁ……お礼を言わなきゃいけないのはアタシの方よね。前は殺さずに見逃してくれてありがとう。……また馬車を襲おうとして、ごめんなさい……』
そう、この盗賊は俺がスティード達と知り合うきっかけになった、ペール達の馬車を襲っていた盗賊の一人だった。しかも、恐らくだが俺が切りつけた相手だ。
カッターで切りつけた瞬間の、痛みに呻く相手の表情は何度も夢に見ていた。
夢の中の顔より穏やかな表情をしているが、間違いない。
相手が俺の存在を覚えていて、借りを返す主義だったのは本当に幸運だった。
前回縄……正確には蔦で縛っただけで見逃したとはいえ、逆恨みされることも十分に有り得る。
頭を下げる目の前の女性は、とても盗賊をするような悪い人には見えない。
俺の中の盗賊のイメージは、略奪や盗みに快楽を覚える犯罪者だ。
しかし謝罪をしたということは、この人に罪の意識があると言うことだろう。
『えっと……まぁ、実害はなかったし……俺も、前にカッター……短剣で切りつけてすみません……』
相手の謝罪につられて、俺も前に切りつけたことを謝罪する。
『馬車を襲われたんだから、あんなの当然よ……』
『……そっか』
俺が切りつけたことに対しては、恨みを持っていないようだ。
俺はその回答に、少しだけ肩の荷が下りた気がした。
『……ねぇ、何であの時殺さないで見逃してくれたの?』
続けて相手が真剣な表情で問いかけてくる。
しかし、俺はただ盗賊達を縛ったり、スティードの手伝いをしただけなので、見逃したのはスティードだ。
こんな質問をしてくると言うことは、盗賊側が敗北した場合は殺されるのが普通なのだろう。
そういえばフレドも、犯罪者は捕まれば即殺されると言っていた気がする。
俺はその質問に少し悩み、自分だったら見逃すか、あの時のスティードが何を考えていたのか思考を巡らせた後、答える。
『……同情、かな』
スティードが何故盗賊を見逃したのか分からないが、情に厚いスティードのことだ。恐らくだが同情から盗賊を見逃したのではないかと思う。
少なくとも俺は、相手の命を奪わないで済むならスティードと同様に見逃す。
『……同情、ね』
俺の言葉を繰り返し、相手は俯いたまま黙り込む。
暫くそのまま沈黙が続く。
もう襲われる心配はなさそうなので、沈黙が辛い俺はそっと相手に話しかける。
『えーっと、俺は永久、渡永久。あの、朝飯用意してるとこだったから……食べながら話さないか?』
『……本当にお人好しね。アタシはレッス 、ノイ・グレフティス・レッスよ』
『ノイ……!? ノイ出身者だったのか!?』
レッスの名前を聞き、俺は再度驚きの声を上げる。
するとレッスは悲し気に俯きながら答える。
『……そうよ。ノイにはもう、戻れないけどね……』