051
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翌日。
俺は経験したことのない激しい頭痛と共に目が覚めた。
「……頭、いってぇ」
そう呟いた自分の声さえも脳内に響き、頭痛が増す。
俺は声にならない呻き声を上げながら、ベッドから立ち上がる。
『トワ―! おきたー!?』
『れ、れい……!? 静かに、静かにして……!』
どんどんどん!と元気よく扉をノックするレイに対し、ふらふらと扉を開けて必死に頼み込む。
『ペール、メール! トワ、おきた!』
『あぁ……おはよう、トワ……』
『おはよ……ペール……』
ぐいぐいと俺の服を引っ張るレイに連れられ、俺は頭を押さえながら隣の部屋に移動する。ペールも昨日の疲れを引きずっているのか、ぐったりとした様子で挨拶をくれた。
『もう、二人ともだらしないわね! だから飲みすぎちゃ駄目よって言ったのに!』
メールはきちんと自制したのか、呆れた表情だ。
『ほら、今日の朝ご飯は飲み過ぎに効く薬草を入れたから、食欲がなくてもちゃんと食べてね?』
『うん……ありがとう、メール』
そう言って薬草入りのスープを差し出すメールにお礼を言いながら、レイと共に食卓につく。
『『『『 いただきます 』』』』
……
メールが作ってくれた薬草入りのスープが効いたのか、朝食を食べ終わり、少し休んだら大分体調が回復した。
俺は旅の荷物を確認したり、昨日スティード達からアドバイス貰ったことをノートに書き写したりしながら夜を待つ。
貴族が既に俺を探している可能性も考慮し、必要な物はペール達に頼んで調達して貰った。
「きゅー! きゅー!」
俺がいない間寂しかったのか、部屋ではもちがいつにも増して擦り寄って来る。
「一人にしてごめんなー。もちー、お前も今日出発だぞー?」
もちを入れる布袋も用意し、もちを入れて様子を見る。
布の中でも何だか楽しそうにしていたので、問題なさそうだと判断し「家から出た後は静かになー?」ともちに声を掛ける。
……
窓の外が段々と暗くなってきた。
「……そろそろ、かな」
俺は兵士から貰った外套を身に着け、荷物がいっぱいに詰まった、リュックサックのような布袋を背負う。ずっしりとした重みが肩にかかる。
「……行くぞ、もち」
この世界に来た時に持っていた通勤鞄を肩から掛け、最後にもちの入った布袋を手に持つ。
『ペール、メール。そろそろ……出発しようと思う』
隣の部屋に声を掛ける。
メールは『門まで送るわ』と静かに頷くと、ペールも『行こうか』とレイを抱き上げる。レイは状況がよく分かっていないのか『どこいくの―?』と無邪気に笑っている。
……
始終メールに『忘れ物はない?』『体に気を付けるのよ?』『魔物が出たらとにかく逃げるのよ、いいわね?』と、心配されながら門まで歩く。
門に近付くと人だかりが見え、俺は『まさか貴族か?』と一瞬身構える。
『……大丈夫よ。皆、トワのお見送りをしたいって言ってたの』
メールは門に人が集まるのを事前に知っていたようで、少しぎこちない笑顔で俺に教えてくれる。
……
『おう、トワ。やっと来たか!』
門に近付くと『待ちくたびれぜ』とアルマが豪快に笑う。俺の出発する正確な時間が分からないため、門の付近で皆こっそり待機してくれていたらしい。
『皆、仕事は……?』
『馬鹿、休むに決まってんだろ! 仕事の遅れは後から取り戻せるが、お前の見送りは後から出来ねぇだろ?』
今日は平日……仕事をする日のはずなので、俺が思わず問いかければ、アルマが代表して答えてくれる。アルマの答えに同意する様に、他の皆もそうだそうだと頷く。
『みんな……』
優しさに感動しつつ、最後に皆の顔を焼き付けるようと辺りを見渡すと、後方に見慣れぬ男が一人、気まずそうに立っていることに気付く。
―― 誰だ……?
俺が険しい顔で男の顔を凝視していると、目が合ったことに気付いたのか男がそっと近寄ってくる。
俺の表情で街の人達も見慣れぬ男に気付いたのか、少しざわめきが広がる。
『……トワ様、この場に私がいるのはご不快なことと存じます』
トワ様という聞きなれぬ呼び名に、周囲のざわめきがより大きなものになる。
しかし、俺はその声に聞き覚えがあった。
『あの時の……兵士の人……!』
そう。その男の声は、貴族の屋敷にいた兵士Aの声だった。
『屋敷では大変失礼致しました。その、トワ様がまさか本当に……いえ、今日はそのことを謝罪しに来たわけではないのです』
男は俺を疑っていたことを弁解しようとしたが途中で止め、すっと何かを差し出す。
『こちらをお返ししようと思いまして。雇い主には見せておりません』
男が差し出したのは、屋敷にいた時に没収された俺のスマートフォンだった。もう戻ってこないと諦めていたので、俺はスマートフォンを受け取り、強く握りしめる。
『ありがとうございます……! 凄く……凄く大事な物なんです……!』
スマートフォンにはこの世界に来てからのメモや写真、動画や音声等、俺の生命線ともいえるデータが入っている。何より、元の世界の日常を写した写真と動画は、このスマートフォンにしか入っていない。
『そうですか、ならば良かったです。それから……雇い主は既に貴方を探し始めています。私が今日ここに来たのも、門を監視するためです』
『か、監視……!?』
俺は驚きに目を見開きながら、男を見つめる。会話からこの男が貴族に雇われた兵士なのだと気付いた街の人達も、同時に息を呑む。
すると男は微笑みながら、穏やかな声で言葉を続ける。
『今日、私は何も見ておりません。門番も今日出ていく人物のことを、見ていないのですよね?』
問いかけられた門番も『そうですね、何も見ておりません』と笑う。
門番は俺がノイに来た時や、材料調達で外に出る時にお世話になっている人だった。
男は門番の言葉を聞いて満足気に頷くと、街の人達の方を向く。
『雇い主は平民街にも監視を放っています。皆様もお気を付けください』
それだけ言うと『では、私は監視に戻ります』と言って門の方に歩いて行ってしまう。
『あの……ありがとうございました……!』
『お気をつけて。ご武運を!』
俺が慌てて後姿に向かって叫べば、男は一度こちらを向き、敬礼のようなポーズをしたあと、また歩き出す。
俺は本当に色んな人に助けて貰ってばかりだな……と思っていると、服の裾をくいくい引っ張られる。
そちらに顔を向ければ、よく一緒にお手伝いの仕事や学校の授業を受けていた子供達がいた。
『トワ、ノイの外に行っちゃうんでしょ……? だからね、これ……皆で集めたの』
そう言って、それぞれの子供達から巾着ほどの布袋を何個も差し出される。
差し出された布袋の中身を見れば、ノイの周りで採れる食べられる実や、小麦粉が袋いっぱいに入っていた。
『こんなに……! 集めるの……大変だっただろ? ありがとう……大切に食べるよ』
袋を受け取り、皆の頭を撫でる。
『トワ……帰ってきたらまたプリン作ってね?』
『パンもね! 甘いやつ!』
『じゃがバターとお肉のやつも!』
皆口々に食べたい物をリクエストしてくれるので、俺は笑いながら『分かった、また作るね』と約束する。
すると子供地達に続いて、街の人達も薬草や薬など、あれもこれもとどんどん俺に渡してくれる。皆に感謝の言葉を繰り返しながら受け取っていくと、俺の後ろに貰い物の山が出来ていく。
『トワ、食料はちゃんと持ったのかい? あんたはヒョロヒョロなんだから、持っていき過ぎなくらいで丁度いいのよ』
『そうねぇ、カルネの言う通りさね。ほら、これも持っていきなさい』
カルネは干し肉のような物が大量に入った袋を、レギュームはドライフルーツのような乾燥させた果実や野菜が大量に入った袋を差し出してくれる。
『二人共ありがとう。これ食べながら頑張るよ』
カルネとレギュームは『気を付けてね』と俺の手を握る。
『俺からもあるぜ』
『ソルダも!?』
『実を言うと、ペール達からトワがもうすぐ出てくって聞いて、皆こっそり準備してたんだ。まさかこんな急になるとは思わなかったけどな……』
頭を掻きながら、ソルダが二枚の板を俺に差し出す。
『ほらよ。通行許可証と商売許可証だ。間に合ってよかったぜ。ギルドマスターの権限をこれでもかと使って取ってきてやったんだ。ナーエのギルドにも連絡を取っておいた。きっと手を貸してくれるはずだ』
ソルダがくれたのは、ナーエで必要になる許可証のようだ。
昨日今日で準備出来るとは思えないので、裏で色々と動いてくれていたのだろう。
『そっか、通行や商売には許可証が必要なんだ……。助かりました、ありがとうございます』
俺がソルダに礼を言えば『しっかりやれよ!』とリュックごと背中をどんっと押される。
『トワ、私も間に合って良かったです。これを渡そうと思っていたんです』
誰かが連絡してくれたのか、平民街には普段いないはずのレーラーも来てくれていた。レーラーが差し出したのは、サシェのような小さな袋だ。
「きゅっ!?」
レーラーが近付いた瞬間、もちの入った布袋がもぞもぞと動いてしまい、俺は慌てて咳き込んだフリをして誤魔化す。
『ゴホッゴホッ! す、すみません、えっと、これは……?』
『大丈夫ですか? これは魔物除けのサシェですよ。トワが教えてくれた植物のエキスを濃縮して作りました。まだ研究段階ですが、効果がありそうだったので持って行くといいでしょう』
『ありがとうございます。助かります』
レーラーは魔物除けの植物について、研究を続けてくれていたようだ。
魔物に襲われたらひとたまりもない俺には、本当にありがたい代物だ。受け取って匂いを嗅いでみたが、俺にはバラのような香りにしか感じない。もちには悪いが、この匂いには慣れてもらうしかない。
レーラーは『お気をつけて。もし旅先で面白い物を見つけたら、是非教えて下さい』と笑う。俺も『分かりました』と笑いながら頷く。
『ほら、トワ。俺からはこれだ。あとで着替えろ』
アルマが大きな布袋から乱雑に取り出したのは、立派な防具類だった。
兜や胸当て、籠手やグリーブ等、それぞれ紫に近いのだが、少し不思議な光沢で淡く輝いている。
『ったく、大赤字だぜ! 家にある最高級の魔石をぜーんぶ使っちまった!』
そう言ってアルマが豪快に笑う。
『ご、ごめん! 足りるか分からないけど、代金払うよ!』
アルマは作ってみないとどれくらい費用がかかるか分からないと言い、前金さえ受け取ってくれなかった。
俺が慌ててお金を払おうとすれば、アルマは更に深く笑う。
『ガッハッハ! 今のお前に払える額なわけねぇだろ!』
アルマが力強く俺の頭を撫でながら言う。
『ずっと待っててやるから必ず払いに来い! いいな?』
『分かった……必ず、払いに行くから』
俺もアルマの思いを察し、力強く頷く。
『トワ、俺達からはこれ』
アルマの横からフレドとティミドが顔を出す。
二人が差し出したのは、親指ほどの大きさの、濃い紫色をした魔石だった。
『……お父さんにね、教えて貰いながら守りの刻印を刻んだの』
『表の綺麗な方がティミドで、裏のちょっとガタガタしてのが俺が刻んだヤツ』
魔石の表面を見れば、緻密な文様が幾重にも幾重にも刻み込まれている。
フレドの言う通り、よくよく見ると表で渡された方は線に歪みが少ないが、裏面は線が歪みガタガタだ。
『本当だ……ティミドは上手いけど、フレドの酷いな』
笑いながらそう言えば『うっせ!』とフレドも笑う。
俺達のやり取りを見たティミドもつられたように笑う。
『……トワを守ってくれますようにって、いっぱいいっぱい、魔力を込めたから……』
『トワが弱っちくてもきっと、この石が守ってくれるぜ』
ティミドはきゅっと胸の前で両手の指を組み、祈るようなポーズをする。
フレドは『頑張れよ』と俺の肩を叩く。その手が震えている気がしたが、俺は気付かないふりをして『ありがとう』と返す。
守りの魔石には紐が通されていたので、俺はペンダントのように首からかける。
『では、俺からも』
スティードが前に出ると、スッと細長い袋に入った棒状の物を差し出す。
俺が受け取って袋から出すと、スティードが愛用している長剣だった。
『この長剣は父の形見だ。何度も俺の命を救ってくれた。きっとお前の命も救ってくれるだろう』
『なっ……そんな大事な物受け取れないよ! それにスティードの武器がなくなったら困るだろ!?』
『俺の武器はアルマに作ってもらえばいい』
『……でも』
『ただその剣はとても大事なものだ。必ずお前が責任を持って返しに来い。いいな?』
『……分かった』
俺は約束のつもりで、スティードの手を取り、固く握りしめる。
スティードは少し悩んだ後『あー…… "ヨロシク" だったかな?』と笑う。
俺が使った時とは意味合いが異なり、使い方が間違っているはずなのに、奇跡的に正しい意味で通じる日本語に、俺は笑いながら「ありがとう」と日本語で答える。するとスティードも「ドウイタシマシテ」と少しカタコトの日本語を使い、また笑った。
『トワ、私からの贈り物は少しばかり大きくてな。門の外にあるんだ』
今度はペールが笑いながら、俺を門の外に導く。
皆でぞろぞろと門の外に出れば、俺が初めてノイに来た時に乗って来た……ペール達が商売に使っている馬車があった。
『この子の名前はエクウス。どんな荒れ地でも勇敢に走ってくれるいい馬だ。荷台の部分はアルマと共に改良を重ね、魔石を使用して壊れにくいものにしてみた。少し小型だが、旅には困らない大きさだろう』
『ペール……! こんな……大事な商売道具じゃないか……!』
こちらの世界の常識は分からないが、馬車は誰もが持っているような物ではない。きっとペール達が長年掛けて手に入れた、大切な物はずだ。
『受け取っておくれ、トワ。メールと一緒にお前の旅に役立つ物をと考えたんだ』
『ペール、メール……。ありがとう、大事に乗るよ』
俺はペールとメールに頭を下げ、エクウスの頭を撫でながら『これからよろしくな』と声を掛ける。
エクウスも俺の言葉に答えるかのように『ヒィン』と小さく鳴く。
エクウスは白い毛並みが美しい、凛々しい馬のような見た目の動物……魔物だ。俺は美しい白馬のようなエクウスを一目で気に入った。
ペールは『エクウスもトワを気に入ったようだな』と笑い、荷物を積みながらエクウスの扱い方や世話の注意点を教えてくれる。
俺がペールの話を聞きながら荷物の積み込みをしていると、レイが突然足元に抱き着いてくる。
『やだ……! やだやだ! 行かないで、トワ!』
レイは周りの様子を見て、俺が危険な旅に出ると理解したのだろう。
普段は無邪気な笑顔を浮かべている顔を歪め、泣きながら俺にぎゅっとしがみつく。
『ごめん、レイ……』
『トワぁ……』
俺がそっとレイの頭を撫でれば、レイはより強く俺の足にしがみつく。
『駄目よ、レイ……ちゃんとトワを送り出して上げなくちゃ』
そんなレイをそっと撫で、メールがレイを抱き上げる。
『トワ、私は魔力が低いから……貴方を守る物は作れないわ。だからね、ペールと一緒に少しでも旅に役立つ物をと考えたの』
そう言ってメールは、拳ほどの大きさで、青と紫が混じったような不思議な色合いの、深く澄んだ石を差し出す。
『精霊石、と言うの。精霊様が宿った石、精霊様の加護を受けた石、と言われているわ』
メールが差し出した精霊石を見て、アルマが驚きの声を上げる。
『お、おいおいおいおい! 本物の精霊石じゃねぇか! どうやって手に入れたんだ、こんなもん!』
アルマはメールの持つ精霊石にこれでもかと顔を近付け、興味深そうに観察する。
『すげぇな……俺でもこんなデカイ精霊石は久々に見た……滅多に見れるもんじゃねぇぞ、これは……』
『ちょっと、アルマ! 邪魔しないでくれる? トワに説明してる途中なんだから!』
『あぁ、悪ぃ悪ぃ……。つい魔石屋の血が騒いでな』
メールがプンプン怒りながらアルマを横に退ける。
こほんっと咳払いをして、メールはもう一度俺に向かって精霊石を差し出すと、すっと目を瞑る。
すると精霊石から凄い勢いで水が溢れ出す。
『……すごい』
『魔力を与えると水を生み出してくれるの。生み出した水は魔力が途切れたら消えてしまうけれど、水の魔法のように使うことが出来るはずよ。あと精霊様の力で水を浄化したり、色んなことが出来るらしいわ』
私も精霊石のこと、よく知らないんだけどねとメールが苦笑する。
俺でも魔石を使えば、精霊石に魔力を与えることが出来るそうだ。
メールの説明、そしてアルマの反応を見る限り、精霊石はかなり貴重な物のようだ。そりゃあ精霊様が宿る石なんて滅多にない物だろう。
『馬車まで貰ったのに……そんな貴重な物、貰えないよ。メール達にはずっと……ずっと世話になって……何の恩返しも出来てないのに……』
『トワの役に立つ物をって、凄く凄く考えたのよ? 商売人のルートを駆使してやっと手に入れたんだから、貰ってくれなきゃ無駄になっちゃうわ? それに私達にとって、トワと過ごした時間はかけがえのないものだったわ。そんなかけがえのない時間をくれたトワに、私達が恩返しをしたいのよ』
『メール……』
メールはそう言うと俺の手にそっと精霊石を握らせる。
『トワ、貴方に精霊様のご加護がありますように』
俺の手ごと精霊石を握り、メールが祈るように呟く。
手の中の精霊石が、メールの祈りに呼応するように淡く光った気がした。
『ふふ、でもアルマも興味津々だし、私も精霊石でどんなことが出来るのか気になるから……帰ってきたらどんなことが出来たか教えてね? 楽しみにしてるわ』
メールが沢山沢山お土産話を持ってきてねと俺に笑いかける。
俺も『うん……写真や動画もいっぱい撮ってくるね』と笑う。
『トワ、これだけは覚えておいてね。もし辛かったら……いつでもこっそり帰って来ていいんだからね? 』
メールは俺の手をぎゅっと握り、言葉を紡ぐ。
『ここはあなたの故郷なんだから……貴方の帰る場所はここにもあるのよ、忘れないで?』
『……うん』
メールがそっと俺の手を放す。
『じゃあ……行ってらっしゃい、トワ!』
メールの言葉に続き、街の人達も皆口々に俺を送り出してくれる。
『気を付けるんだぞ!』
『……ちゃんとかえってきてね……!』
『気を付けて行けよ!』
『……行ってらっしゃい!』
『頑張れよ!』
『行ってらっしゃいませ!』
『気を付けるんだよ!』
『頑張るんだよ!』
『またプリン作ってね!』
『お気を付けて!』
『気ぃつけるんだぞ!』
『行って来い!』
その言葉に俺は力強く答える。
『行ってきますっ!』
……
街が遠ざかる。
パカラ、パカラ、とエクウスが走る音と荷台の揺れる音しか聞こえない。
街の明かりも見えなくなり、辺りはすっかり暗くなってしまった。
暗闇の中で一人静かに馬車を走らせていると、俺はもうノイを出てしまったんだなと酷く実感する。
朝起きて、ペールに『おはよう』と挨拶されることもない。
メールに『お寝坊さんね』と呆れられることもない。
レイに『これ読んで』と甘えられることもない。
カルネやレギュームに『ちゃんと食べなさい』と叱られることもない。
スティードやアルマ、ソルダ達に『強くなれ』と訓練を付けて貰うこともない。
フレドやティミド、子供達に『遊びに行こう』と誘われることもない。
―― 全部、あの街に置いて来たんだ。
「きゅー!」
もぞもぞと荷台に置いた布袋が動く。
「あ……ごめん、もち。苦しかったか?」
慌てて馬車の速度を落としながら、もちの入る布袋の口を緩めてやる。
「きゅっ!」
緩めた瞬間もちは布袋から飛び出し、俺の頭の上に乗る。
「……お前、本当そこ好きだな……。落ちないように気を付けろよー?」
苦笑しながら片手でもちの頭を撫でる。
「もち、お前もしかして……励ましてくれてる?」
「きゅっ!」
「……そうだよな。暗いのは駄目だよな。頑張るって決めたもんな」
俺は無理やり笑顔を浮かべる。
空元気だって元気の内だろう。
俺は満天の星空の下で大きく叫ぶ。
「あー! これからどんな冒険が待ってるんだろうなー! 楽しみだなー!」
「きゅー!」
異世界生活433日目、最初の街を出発し、俺の遅い遅い冒険が今始まった。
第二章完結となります。
ここまで読んで下さり本当にありがとうございました!
(第二章最終話8000文字超えてました…ごめんなさい…)
番外編を挟み、第三章が始まります。
引き続きよろしくお願いいたします!