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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第2章【ノイ編】
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感想、ブクマ、評価本当にありがとうございます。励みになります!

 


 ――  結論から言えば、出来るはずがなかった。



 一晩中寝ないで部屋の中を探索したり、兵士に話しかけたり、入り口に向かって全力疾走したりと、思いつく限りの脱出方法を試したが全て失敗に終わった。


 俺がロワ王の客ではないと証明されるまでは、兵士も俺に無体なことは出来ない。

 そう考えてかなり大っぴらに色々と行動したが、流石は貴族の雇う兵士だ。身体能力も知能も非常に高く、俺の行動は全て阻止された。


「クソ……ここまでに試した108の作戦に加え、壁を壊す作戦、天井を壊す作戦、部屋で大声を上げて物陰に隠れ兵士が俺を見失ってる隙に逃げだす作戦も……全部失敗か。もう何も思い浮かばないぞ……」


 途中、自分の声をスマートフォンに録音して囮にする作戦を実施した際、気付かれて唯一の持ち物であったスマートフォンも没収されてしまった。


 更に兵士に対しあまりに何度も話しかけ過ぎたのか、ここ数時間は『いい加減大人しくして下さい』と直接的に注意されている。多分兵士達に俺がロワ王の客ではないと伝わった瞬間、数発殴られそうな気がする。


『本当もう……見逃してくれません? いや本当にロワの友人なんですよ? でもほら……ロワから頼まれたのは秘密の調査だったんで、俺のこと知らないとか言うかもしれないし……』


『部屋にお戻りください』


『俺……どうしても家に帰りたいんです。俺を待ってる家族がいて……万が一でもここで殺されるわけにはいかないんです』


『……部屋にお戻りください』


 話しかけ過ぎて見分けがつくようになってしまった兵士Aに対し、かなり直接的な交渉に出る。


 兵士は皆同じ鎧とフルフェイスの兜を身に着けている。兵士を見分けるには身長や体格、鎧の傷の位置を覚えるしかない。


 もう脱出案が思い浮かばないため、一人の兵士を狙い撃ちにして情に訴えかける。


 最初は一切表情と声音に感情を出さなかった兵士Aも、最後の方はかなり呆れという感情を露わにしていた。

 ……そこは同情という感情を露わにして欲しかった。


 再び背中を押されて客室に放り込まれる。

 俺は諦めることなく、一分後に再び扉を開ける。


『……また、トイレですか……?』


 呆れ果てた声音で兵士Aに聞かれる。


『すみません、頻尿なんです』


 堂々と言い放ち、兵士A達と共にトイレに向かう。


『そう言ってトイレ行っても毎回何も出ないじゃないですか……』


『あ、同じトイレだから出ないのかもしれないです。気分転換に別のトイレとか行ってみたいんですけど』


『何度も言っていますが、 駄目です』


『トイレの後、ちょっと屋敷を散歩したいんですけど……』


『何度も何度も言っていますが、駄目です』


『ちょっと買い物に……』


『何度目ですか……駄目です』


『ケチ……』


『ハイハイ……』


『見逃してくれません?』


『部屋にお戻りください』


『ケチぃ……!』


 仲良く会話出来ていたのでそのままノリで許可してくれないかと思い、何度目かの見逃してくれ交渉を行うが今回もすげなく却下される。



『……恨んで構いませんよ。恨まれる覚悟はしております』



 兵士Aは凛とした声音で告げる。




『……別に恨みませんよ。雇い主の命令、でしょう?』


『……そうですか』




 ……



 万策尽きて、慣れない豪華な客室で一人ソファに座りながらぼんやりと天井を眺める。


「……別れの手紙でも、書こうかな……」


 ペール、メール、レイ、それからもち。

 家で待つ彼等は今どんな思いなのだろうか。


「……泣かせちゃったかな」


 俺が連れていかれた時のフレドとティミドの悲しみに満ちた声を思い出す。


「……皆に、ちゃんとお礼も言えてないな……」


 スティード、アルマ、カルネ、レギューム、ソルダ、レーラー。

 異世界に来て色んな人達と話し、お世話になった。全員に恩返しをしたいと思っていたのに、結局何も出来ていない。




「死にたく、ないな……」




 正確な時間は分からないが、数時間前に豪華な服の男が屋敷を出発すると言って俺の前に顔を出した。豪華な服の男が帰って来れば、俺がロワ王の客人ではないと露呈する。


 ペッシェ達の時のように処刑が行われるなら、その時が最後の逃げるチャンスだろう。


「処刑される前に、逃げる……」


 この屋敷から逃げ出すのを諦め、処刑の時に逃げだす方法を必死に考えていると、部屋の外がざわざわと騒がしくなる。


 恐らく豪華な服の男が帰って来たのだろう。

 混乱に乗じて逃げられるかもしれないと思い、俺は扉の側に近づく。


 すると扉に少し隙間が開き、兵士Aが顔を覗かせる。

 兵士Aは俺の方を見ながら小さく手招きする。


 何かと思いながら兵士Aの方に近づくと、兵士Aが小声で囁く。


『……処刑の際、私が何とか隙を作ります』


『え……?』


 聞き間違いかと思い、思わず兵士Aの方を見るが、兜が邪魔で表情が見えない。


『その隙にお逃げ下さい』


『な、何で……? だって、さっきまで……』


 先程まで一切味方になるそぶりを見せなかった兵士Aが、突然俺の脱走に協力してくれる理由が分からず、俺は思わず問いかける。




『……貴方の狙い通り、情が湧いたんですよ』




 少し笑ったような声音で兵士Aが告げる。


『この屋敷で貴方を逃がすと、自分も仲間達も雇い主に何をされるか分かりません。処刑の時も出来れば……雇い主が目の前にいる時に逃げて下さい』


 恐らく豪華な服の男がいない時に俺が逃げ出すと、何の罪もない兵士達が責任を取らされてしまうのだろう。俺は神妙な面持ちで頷く。


『雇い主が来ます。詳しくは後程……』


 兵士Aは最後早口で俺に告げると扉を閉め、『おかえりなさいませ』と外に向かって声を張り上げる。




 ―― 豪華な服の男が階段を上る音が聞こえてきた。




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