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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第1章【遭難編】
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004【3~7日目】衣食住の確保

 

 朝日と共に目が覚める。

 人間の適応力とは恐ろしい。初日はあんなにも恐怖で震え、涙が止まらなかったのに、森の中にいることに段々と慣れてきてしまっている自分がいる。代り映えのしない森の風景に、恐怖心が麻痺してしまっただけかもしれないが。


 今日の行動はもう決まっている。


 俺は早速、川と湖、そして街があった方向へ向かって歩き始めた。道に迷わないよう蔦を木に結び、途中食べられそうな実を集め、適度に休憩を挟みつつ歩く。


 休憩中は集めた実を種類分けし、スマートフォンで写真を撮る。後で食べられるかどうかと、味をメモするためだ。


 太陽が出ている間はソーラーパネル付き充電池を使い、電子機器をこまめに充電する。



 ……



 キョロキョロと辺りを見渡しながら歩き、昨日見つけた薄紫色のりんごのような実に加え、ピンク色のマンゴーのような実、赤色のぶどうのような実の3種類を集めた。


「やっぱ食べられるかちゃんと調べるべきだよな……?」


 集めた実を眺めながら、自身に問いかける。異世界に転移してから独り言が異様に増えた気がする。


「生きるために食料の確保は必須、だもんな……」


 せめて慣れ親しんだ食べ物であればまだ拒否感も少なかったのだが、異世界の森で採取した果物である上、自分の知っている果物とは少し色味が異なる。せめてもの救いは、見た目が慣れ親しんだ果物に似ているということくらいだろう。

 というか、慣れ親しんだ果物に似ている実しか収穫しなかった。歪な形の実や、見たことのない形をした実もあったが、流石に手を出す勇気がでない。


 食べられるか調べる方法は、サバイバルジャンルの小説で読んだ覚えがある。あまり細かくは覚えてないが、本に書かれていた内容を必死に思い出す。


 ―― 唸れ、俺の海馬!


「確か……最初に見た目と匂いでヤバそうな奴は除外するんだよな……」


 これは食べられそうと思ったものしか集めていないので問題ない。


 次に、実を集めた手がかぶれたり、炎症を起こしてないかを確認するはずだ。

 これも採取してから時間が経過して、特に身体に変化が起きていないので問題ないだろう。


 続けて果物の皮を向き、食べようと思ってる部分を触ったり唇につけて、かぶれたりしないかを確認する。少し時間を置き、特に変化がないためこれも問題ないだろう。


「よし……」


 覚悟を決め、一口分を舌に乗せる。この時、すぐに飲み込んではいけないと、注意が書いてあった気がする。そのままの状態で少し待機し、舌が痺れたり、身体に変化がないことを確認する。


「い、いくぞ……!」


 口に含んでいた果物をゆっくりと咀嚼(そしゃく)する。噛む度に果物から少しワイルドな味わいの甘い果汁が溢れ、口内に広がってゆく。


 噛んだあともすぐに飲み込んではいけなかったはずだ。口に含んだ果物をすぐ吐き出せるよう、少し下を向きながらじっと待つ。


 数分そのまま待機し、身体に変化がないことを確認してから、やっと飲み込む。



「怖ぇ~…………」



 恐怖心が麻痺したなんて思ったが、全くそんなことはなかった。腹痛を起こした時のため、鞄に入っていた胃腸薬を握りしめ、祈るような気持ちでさらに待機する。


 飲み込んだ果物は瑞々しく、普通に食べたなら空腹も相まってそれはそれは美味しかっただろう。


 しかし、美味しいと感じる気持ちよりも「死ぬかもしれない」という恐怖心が勝ち、とてもじゃないが味わって食べようなどという気持ちは欠片もわかなかった。


 食料を獲るためとはいえ、毒で死んでもおかしくない。

 あと何回かこれを繰り返すのかと思うと心が折れそうだ。見た目や味が元の世界の果物に似ているのが唯一の救いだろう。



 ……



 そんなことをしつつ、ひたすら……ひたすらひたすらひたすら山の中を歩き、なんとか川まで辿り着いた。


「いや、本当、しんどすぎるだろ……」


 精神的にも、肉体的にも、かなりキツイ。

 空腹状態で山道を歩き続けた上、靴が歩きにくい革靴だ。途中で水の流れる音が聞こえなければ、心が折れていただろう。無事川に辿り着くことが出来て本当によかった。


 喉が渇きすぎてすぐにでも川の水を飲みたいところだが、生水をそのまま飲むのは危険だという知識くらいはある。


 乾いた小枝と枯れ葉を拾い集めてライターで火を起こした後、小枝が赤く燃え上がったところで土をかぶせ放置する。数時間後掘り起こせば木炭の完成だ。


 木炭の完成を待つ間、飲み終わったエナジードリンクのペットボトルを川で洗い、カッターを使ってペットボトルの底を切り取る。


 木炭が完成したら、ペットボトルに小石、木炭、砂利、ハンカチを順番に詰めていく。最後に切り取ったペットボトルの底に小さな穴を開け、水の出口を作る。


 昔、理科の授業で作った簡易濾過装置を思い出しながら、ペットボトルの加工を進める。

 曖昧な記憶を頼りに作ったが、なかなかいい出来な気がする。これで綺麗な水が飲める……はずだ、多分。


「喉、乾いた…………」


 心なしか涙も枯れている気がする。


 濾過装置を水筒の蓋に設置し、川の水を入れる。最初の方に出てきた水は捨て、綺麗に濾過されたと思われる水を少し飲んでみる。


 暫く様子を見て、お腹が痛くならないようなら、飲み水確保と言っていいだろう。


「頼むぞ……!」


 もはや自分でも何に頼んでいるのかよく分からないが、腹を撫でながら呟く。


 自分の腹による水質調査結果を待ってる間に蔦を編み、川魚を捕まえるための網を作る。

 作り終わって試してみれば、拍子抜けするほど簡単に魚が取れた。普段釣りが行われない水場だと、魚が警戒していないのかもしれない。


「おー! 大漁、大漁!」


 釣れた魚は色鮮やかな魚が2種類、見た目的には食べられそうな魚が1種類だった。こちらも種類分けし、それぞれスマートフォンで写真に残していく。


 ……



 数日かけて試した結果をスマートフォンにメモしていく。呼び名は適当だ。


 まず濾過した水。これは問題なく飲めた。澄んだ水が身体に染み渡り、本当に美味しかった。


 次に採取した3種類の果物。全て食べた後に身体に異常が出なかったことから、食べられると判断して問題ないだろう。


 薄紫色のりんごのような実は、見た目通りりんごの味がして美味しかった。りんごもどきと命名する。

 ピンク色のマンゴーのような実は、桃の味がした。マンゴーもどきと迷ったが、味を優先して桃もどきと命名した。

 赤色の葡萄のような実は、甘酸っぱい葡萄の味がした。これは迷わず葡萄もどきと命名する。



 次に釣った魚達も食べられるか調査した。こちらも一種類を除き、食べた後に身体に異常が出なかったことから、食べられると判断して問題ないだろう。


 迷いに迷って食べた水色の魚は酷い目にあった。

 一口食べてから数十分後、腹痛との激しい戦いだった……。


 それまで試した物は全てお腹を壊したり身体に不調が出なかったため、少し調子に乗っていた。


 異世界での死因が食中毒なんで絶対に避けたい。次からもっと気を付けよう……と深く反省し、食べられる物かの調査は手を抜かないことを心に決めた。



 ……



 ここ数日は川の近くを移動していたせいか、何種類かの魔物にも遭遇した。


 ブラックベアーに再び遭遇した時は今度こそ死を覚悟したが、前回と同様に俺のことなど存在しないかのように、こちらを無視してくれた。


「何で襲ってこないんだ……?」


 こちらに敵意がないことが伝わっているのだろうか?

 何はともあれ襲われないなら襲われないに越したことはない。


 木の陰に隠れてブラックベアーが立ち去るのを待っていると、後ろからどんっとボールがぶつかったような衝撃が来る。


「な、なんだ!?」


 俺が慌てて振り向けば、足元に透明な角を持つ猪のような動物……いや、魔物がいた。大きさは仔犬くらいだろうか。


「び、ビックリした……ブラックベアー以外の魔物もいるのか……」


 ブラックベアーと違い、小柄なこの魔物は恐ろしくない。仲良くなれないかと一歩近づけば、再び小さな魔物が体当たりしてくる。


「う、うわ!」


 思わず逃げようと足を上げたら、革靴の先が小さな魔物の腹にあたり、小さな魔物は呆気なく倒れてしまった。


「し、死んでる!? 嘘だろ!?」


 俺が慌てて倒れた小さな魔物を抱き上げるも、既に息絶えていた。


「ご、ごめんな……」


 小さな魔物……猪の子供のような見た目だったのでウリボーと命名したこの魔物は、最初こそ可愛げを感じていたものの、山の中を散策するにつれ段々とその気持ちが消えていった。


 とにかくウリボーは数が多いのだ。1匹見かけたら30匹はいると思った方がいい。しかも遭遇すると決まってすぐに突進してくる。


「邪魔すんなって!」


 ウリボーの大群に手こずりながらも山の中を進むと、今度は濃い紫色の角を持つ、大きな兎のような魔物に遭遇した。


「うわ、新しい魔物だ……」


 俺は近くの木の陰に隠れ、様子を窺う。しかし後ろからウリボーに突進され、勢いよく兎の魔物……ビッグラビットと命名した魔物の前に出てしまう。


 ―― やばい……! やばいやばいやばい!

 

 下手に動いていいか分からず、俺は目の前のビッグラビットの動きを一挙一動見逃さないよう、必死に意識を集中させる。

 しかし、数分……或いは数秒の睨めっこの末、ビッグラビットもブラックベアーと同様に、興味がなさそうにこちらを無視して何処かへ行ってしまった。


「な、なんだよ……襲い掛かってくるやついないじゃん……はは、ヌルゲーヌルゲー……」


 ビックラビットが立ち去った後、俺は強がりめいた言葉を吐きながら、バクバクと鳴り止まない心臓を必死に押さえつけ、ふらふらと立ち上がる。

 何故ウリボー以外の魔物が自分を襲ってこないのかは分からないが、そのおかげで助かった。

 この森は果物が豊富にある上、狩りやすいウリボーも大量にいるので、魔物も食べ物に困っていないのかもしれない。



……



 山の中を散策し始めて数日が経過した。


 最初は魔物に遭遇する度心臓が壊れるかと思うくらい緊張していたが、ウリボー以外に攻撃してくる魔物はいなかったので最近は少し気が楽だ。


 ウリボーは他の魔物の主食のようで、よく食べられているところを見かける。

 初めて魔物がウリボーを食べているところを目撃した時は恐怖のあまり眠れなかったが、何度か見かけるうちに慣れてしまった。


「……ウリボーって、俺にも食えるのかな?」


 ここ数日、果物と魚しか食べていない。いい加減肉が食べたい。


 ウリボーは会うたびに熱烈な突進をしかけてきて、その度俺の革靴キックの餌食になっている。小動物を捌くのは抵抗があり、ウリボーの死体はそのまま捨ておいていたが、そろそろ覚悟を決める頃なのかもしれない。


 カッターとはさみを取り出し、ウリボーの死体と向き合う。


「……う、うわぁ…………」


 思わず声が漏れてしまう。料理で肉を扱い慣れているとはいえ、こんな風に動物を捌くのは初めてだ。

 ウリボーの皮は柔らかくカッターやはさみでも何とか捌くことが出来たが、やはり何度も皮や肉が引っかかる。


「ごめん、ごめんな……」


 その度涙目になりながらウリボーに謝罪する。

 既に死んでいるとはいえ、小動物を捌くのはかなり精神的に辛い物がある。何度も心が折れそうになりながら、ただ殺して死体を捨てるよりも食べた方がいい、いつも食べていた肉だってこうやって捌いた物なんだと自分に言い聞かせる。


 かなり時間はかかったが、なんとか皮を剥いで内臓を取り出し、肉を切り分けていく。多少血生臭いが、細切れにしてしまえば普段の調理している肉と変わらない。捌き終わった肉をよく洗い火を通す。


 人間現金なもので、捌き始めた当初は食欲を感じず、折角捌いても食べられないかもしれないなどと思っていたのに、肉が焼ける匂いを嗅いでいるとどんどん口の中に唾液が溜まってくる。


「い、いただきます……!」


 そして果物や魚の時と同様に食べられるかかなり慎重に検証した結果。




「ウリボー様……ウマいっす!」




 異世界生活7日目、俺は果物と魚に加えとうとう異世界肉をGETした。




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