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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第1章【遭難編】
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003【2日目】遭難者

 

 自身の状態と持ち物は確認したので、次は周囲の状況確認だ。


 見渡す限り、鬱蒼と生い茂る木々。人がいたり、近くに街がありそうな雰囲気はない。地面に傾斜があるため、恐らく山の中だろう。


 肉食動物や、よくゲームに出てくる馬鹿でかい虫がいたらどうしようかと思ったが、周囲に生物の姿は見えない。


「てかこの世界、人、いるよな……?」


 俺がこの世界に来て出会った生物は、あの黒い熊らしき生き物だけだ。正式名称が分からないため、あの熊に似た生き物はブラックベアーと呼ぶことにした。バトルゲームに出てくるモンスターのイメージだ。


「ブラックベアーしかいない世界だったらどうしよ……」


 思わず乾いた笑いが浮かぶが、考えても仕方がない。

 その辺を調べるのはまず安全を確保してからだと思いなおす。

 

 取り敢えず現状の確認はこんなものでいいだろう。俺の乏しい知識では、何を確認するのが正しいのかも分からない。



 ……



 次は "衣食住" の確保だ。まず生き延びなくては話にならない。"衣" に関してはひとまずスーツがあるのでよしとする。


「"食" と "住" が問題なんだよなー……」


 昔、サバイバル本で読んだことがある。

 遭難した場合はまず安全な場所を確保し、そこを拠点に水や食料を確保するのが望ましいそうだ。



 安全な場所……と考え、ひとまずここに拠点を築くことにした。一応今いる場所は周りに敵?がいないようだし、下手に動くと何処かに行ったブラックベアーとまた鉢合わせになりそうで怖い。


 周りの木に巻き付いている長めの蔦や木の葉を使い、数時間かけて周囲を葉っぱのカーテンで囲んだ空間を作り上げた。


「まぁ、こんなもんか?」


 ここでずっと暮らすわけではないので、簡易的なものでよいだろう。

 そう思い、一番重要な "食" の確保に意識を切り替える。


 水と食料は生きる上で必需品だ。

 昨日から今日にかけて、涙や汗をかなり流してしまい喉が乾いていたため、一口だけ飲みかけのエナジードリンクを喉に流し込む。


「狙うは川……だよな、やっぱり」


 川を探すのには、水の確保や食料……魚の確保以外にも理由がある。


 歴史上、文明が誕生したのはどこも川の近くだ。つまり、川沿いに下山していけば街や村に出る可能性が高い……はずだ。多分。


 まず川の場所を確認し、都度拠点を作りながら川沿いを下って行く。

 人里に出れたら元の世界に帰る方法を探す。


 こんなざっくりとした計画で大丈夫かと不安しかないが、これ以上の案が浮かばないためどうしようもない。


「それにしても川なんてどうやって探せばいいんだよ……」


 途方に暮れつつも、生きるためだと必死に知恵を振り絞り、見晴らしのいい場所まで登って川の位置を確認することにした。



 ……



「落ちたら……死ぬかな……?」


 そして現在、俺は涙目になりながら木登りの準備をしている。蔦を木の枝に引っ掛け、頼りない命綱を必死に作る。


 本当に命綱としての役割があるのか不安なものの、一応の命綱準備も終わり、俺は覚悟を決めて木を登り始める。木登りをするのなんて、小学生以来だ。


「下を見ちゃダメだ……下を見ちゃダメだ……」


 自分に言い聞かせながら、ゆっくりゆっくりと、時間をかけながら木を登っていく。木の周りには蔦が生い茂っていて、蔦を掴みながら登ることが出来たため、素人でも登りやすかったのが不幸中の幸いだ。


「俺が思ってた異世界転移ってこうじゃない……! こうじゃない!!」


 大事なことなので2回言った。



 ―― こんなのただの遭難者じゃねぇか!!



 涙目になりつつ、心の中で叫ぶ。

 木登りをして思い知ったが、身体能力が上がっていることもないようだ。


「チート能力が欲しいよぉ……」


 高所恐怖症の人だったら即座に気絶してしまいそうな高さだ。弱音を吐きつつ、休憩を挟みながら少しづつ少しづつ大きな木を登っていく。



 ……



 なんとか周囲を見渡せる程度まで登り切り、蔦に足を引っ掛けて落ちないように注意しながら周囲を見渡す。



「すごい…………」



 そんな陳腐な言葉しか出てこなかった。


 目に映る、うっすらと紫がかった夕陽を浴びて輝く木々。

 澄みわたる川が流れ、その先に見える湖には空が反射して、まるで地面にも空があるようだ。

 湖の向こうには街らしきものが見える。


 これまで見たことのない景色に、圧倒的な自然。

 自分の中に確信が生まれる。





 ―― あぁ、ここは異世界だ。





 そのままかなり長い間景色を眺めていたようで、気が付くと日が暮れ始めていた。


「まずい、早く降りないと……」


 取り敢えずスマートフォンで辺りの写真を何枚か撮り、木を降り始める。暗くなれば落下の危険性が高まる。急ぎつつ、しかし確実に木を降りていく。


 木を降りきった時にはもう辺りは真っ暗だった。


「ふー……」


 木に寄りかかりながら、タブレットのお絵かきアプリを立ち上げ、おおよその地形や方向をメモしておく。川、湖、そして街のような場所。

 自分が今いる森は山の上の方にあるようで、かなり遠くまで見渡すことが出来た。


 スマートフォンで撮った写真を拡大して、それぞれの詳細を確かめる。かなり画像が荒くなってしまい分かりにくいが、中世の城塞都市……といった雰囲気だ。周りが城壁で囲われており、その中に家や城らしきものが見える。


「こんな建造物があるってことは……少なくとも知性を持った生き物がいるってことだよな?!」


 かなり希望が見えてきた。

 更に写真に写る都市の様子では、ビルのような近代的な建物も見当たらない。


「これはもしかして……知識チートのパターンか!?」


 ここまで一切希望を持てなかったが、やっと異世界チートという希望が見えてきた気がする。


「俺の現代知識が火を吹くぜ!」


 これまで読んできた異世界物の作品を思い出し、テンションが上がったところでふと気づく。


 ―― 知識チートしようにも、俺、あんまり知識ないな……?


 冷静になって考えてみると、知識チートがあるような作品では、主人公がその分野に特化した知識を持っている。しかし、俺は何かに特化した知識なんて持ち合わせていないし、チートになりそうな現代知識なんて思い浮かばない。


「い、いや! 俺にはまだ料理チートが残っている……!」


 幸い、幼い頃からよく作っていたので料理は得意な方だ。だが、そもそも自分の知っている食材があるのか、慣れ親しんだ調理器具があるのかすら分からない。


 レシピを知っていても、使う食材や調理器具がなくては話にならない。周りを見渡しても見覚えのない植物ばかりだ。


「これは……りんご、なのか? 食えるのか……?」


 見知った植物がないか付近をうろついてみたところ、りんごのような実は発見出来たが、見たことのない妙な色をしていた。

 俺はそっとりんごもどきから距離を置き、現実逃避をする。


「チートの定番といえばやっぱり武器だよな」


 昔、ネット上に銃の3Dデータが出回ったことがあった。犯罪者になるのが怖かったためデータのダウンロードはしなかったが、どんな構造なのか興味がわき、詳しい解説動画を見たことがある。


 うろ覚えだが意外と簡易な作りだったので、それっぽい物は作れそうな気がする。勿論、自分で作る技術はないため、鍛冶屋みたいな人が協力してくれれば……だが。


 異世界物に戦闘は付き物のため、つい武器について考えてしまったが、そもそも俺は平均的な体力しかない上、別に喧嘩が強いわけでも、何か武道を習っていたわけでもない。もし戦闘になるようなことがあれば、即座に殺されてしまうだろう。

 日本という平和な島国でぬくぬくと育った俺には、戦闘能力なんて欠片もない。


「はー……やばいな……」


 鞄を枕にして、コートを布団代わりに横になる。そもそもこの世界のことが分からないとチートも何もない。



「この世界って、なんなんだろう……」



 ―― 異世界。異なる世界。


 異世界と簡単に言うが、異世界って何だ?

 どうして俺はこの世界に来たんだ?

 どうやって来たんだ?

 どうやったら帰れるんだ?


「……分かるわけない」


 そう、分かるわけがない。

 俺が今分かることは食料と飲み物の残量が少ないこと、そしてそれらが尽きたら死ぬということくらいだ。


「死にたくない……」


 思わず心からの願いが口に出てしまう。


「あー……最強の女騎士に美少女魔法使いちゃん!! 早く助けに来てくれ~~!! もしくは俺に秘められし力があるなら早く覚醒してくれ~~!!」


 俺は何か特殊能力でも目覚めていないかと、脳内で魔法の呪文っぽい言葉を思いつく限り思い浮かべる。


「……ふぁ、ファイヤー! なんちゃって……」


 呪文を唱えたら魔法が使えるかと思い小声で口に出してみたが、羞恥で俺の顔が熱くなっただけだった。ちなみに、中学生の頃に考えたカッコイイ魔法陣なんかも地面に描いてみたが、描き終わって満足した後、賢者タイムに突入した俺の顔が更に熱くなっただけだった。


「明日は川に向かいながら、食料の確保だな……」


 現実を見ようと思い、ため息をつきながらエナジードリンクを少し飲み、酢昆布をつまむ。


「食べられる果物とかあるのか……? あと肉とか魚とか……」


 もし「肉を食べたかったらブラックベアーを狩るしかありません!」なんて言われたら、俺はこの世界で一生肉を食べられない自信がある。生涯ベジタリアンを貫く。あんな恐ろしい見た目、絶対に戦っていい相手じゃない。


 地面に寝転がりながらこれからのことを考える。


「俺、帰れるのかな……」


 思わず弱気な言葉が口を出てしまい、慌てて自分を叱咤する。



「いや、帰れる。きっと帰れる。絶対帰るんだ……!」



 異世界生活2日目の夜、俺は家の鍵を握りしめ、少しの不安と共に眠りについた。



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