023【281】ギルドにて
『よぉ、トワ。久しぶりだな』
『あ、お久しぶりです』
部屋に入ると寛いだ様子のギルドマスター……ソルダが出迎えてくれる。部屋の中なので鎧はつけていないが、まるで筋肉の鎧を身に纏っているかのようなガッシリとした体格に、思わず自分の身体と比べてしまい羨ましくなる。
『で、どうした? リバーシでも打ちに来たか?』
『いえ、リバーシはまた今度お願いします。前に話した一緒に旅してくれる人を探してて……』
『あぁ、故郷への旅だったな』
『はい』
ソルダは俺の話を覚えていてくれたようで、『長旅が可能な奴等をピックアップしといたぜ』と言いながら、薄い木でできた板……書類を出してきてくれる。
『で、期間はどのくらいだ? 旅は何処まで行くんだ?』
書類を広げながら、ソルダに具体的な期間や目的地を聞かれるが、どちらも未定としかいいようがない。
俺がノイに来てから約半年ちょっと。手かがりすら殆どない状態で、半年やそこらで異世界の帰還方法が見つかるとは思えない。
『えっと……期間は未定で……』
『未定?』
『あー……俺がノイに来てからの期間より……かかるかもしれません。多分倍か……倍どころじゃすまないかもしれないです……』
『おいおい待てよ、お前がノイに来たのって……』
ソルダはそう言いながら、棚から別の書類を取り出し眺める。城壁にいた門番達から回収した、門の出入り記録のようだ。
『もう200日近く前のことじゃねぇか……』
『……はい。それくらいになると思います……』
『しかもその倍以上だろぉ……? そんなに長ぇとは思ってなかったな……』
『すみません……』
ソルダは参ったな……と頭を掻く。
しかし数秒後、閃いたという表情で言葉を続ける。
『お、そうだ! 目的地だよ、目的地! 何処なんだ? 場所によっては船を使ったりも出来るだろ! 俺が船着き場に話、通してやるよ!』
『すみません……故郷がどこにあるのかも、行き方も分からなくて……』
『おいおい、本気かよ……』
ソルダが呆れたような、困惑したような声を上げる。
『で、でも! 俺がノイに来れたってことはきっと帰れるはずなんです……! だから……! 帰り方を探したいんです……!』
『そりゃあまぁ、お前が来れたってことは帰れるんだろうけどよ……』
『すみません……』
『俺はてっきり……場所くらいは分かってるもんだと……』
ソルダは困惑した表情をしつつも少し考えたあと、ギルドメンバーにその契約内容で合意してくれる人がいれば、許可してやると言ってくれた。
下にいるギルドメンバー達に直接聞くことになり、共に1階の待機室へ向かう。歩きながらソルダは本来の依頼方法について説明してくれる。
『本当はな、護衛なら何日間でどこの街までとかの契約を最初に決めて、前金を貰って依頼成功後に残りと報奨金を貰うんだ』
『はい……』
『だからな、お前の依頼は本来なら受けられないもんだ』
『はい……』
『けどな、俺はギルドの奴らや街の奴らから、お前がずっと故郷へ帰るために情報を集めたり、金を稼いだり……努力してたって聞いている』
『はい……』
『俺は努力する奴は応援してやりてぇと思ってる。だから今回の依頼を特別に許可してやろうと思った』
『……あ、ありがとうございます……!』
ソルダの言葉に、俺は精一杯の感謝を込めて礼を言う。
しかしソルダは厳しい表情のまま言葉を続ける。
『礼を言うのは早い。値段も出来る限りサービスしてやるつもりだ。金も完全前払いで構わねぇ。まぁ前金だけじゃ足りなかった場合は、俺が個人的に出してやる』
『そ、そこまで甘えるわけには……! もし故郷に帰れたら……一緒に来てくれた人に全財産渡します!』
俺の全財産……銃の製作でかなりの魔石が使われてしまうかもしれないが、貯蓄は結構あるし、何よりだいふく達から貰った魔石がある。故郷に帰れるならあの魔石も含め、俺の持つ全てを協力してくれた人に渡したい。
『まぁ……そこはお前の好きにしてくれ。ただな、問題は……一緒に行ってくれる奴がいるかどうかだ』
『え……?』
俺はただ漠然とRPGのようにギルドで仲間になってくれる……一緒に旅してくれる人を探そうと考えていた。
世界中を旅する冒険者みたいな人がいると思っていたし、冒険者のような職業がないにしても、護衛という職業はあるようなので、護衛の人を探せばいいと考えていた。
『あいつらにだって……家族がいる。
家族を置いて……お前の旅に付いていってやれる奴は……その……なんだ……』
ソルダは言いよどむようにそこで言葉を区切る。続きは言わなくたって分かる。
いない。
そんな人はいない。
何故こんな簡単なことに気付かなかったのだろう?
ノイの人達……ギルドの人達も含めて、遠方から来ている人はいない。つまり……皆ここに家があり、家族がいる。
自分の立場で考えてみれば分かることだ。
突然遠い海外から来た、言葉も分からない、ボロボロでガリガリの青年が現れたとする。
同情するだろう。
力になってあげたいと思うだろう。
しかし、その青年に「故郷へ帰りたいから一緒に旅をしてくれ」と言われて「よし分かった。一緒に旅をしよう!」となるだろうか?
俺なら無理だ。
絶対にならない。
例えば帰る国が分かっていて、帰る方法も確立されているなら……空港まで車を出したり、タクシー代金を払ったり、飛行機の航空券を取ってあげることだって出来る。
しかし、帰る場所も分からない、行き方も分からない、飛行機や船で行ける場所かも分からない。
そんな風に言われたら。
俺は絶対に行けない。
行けるわけがない。
青年が故郷に帰って家族に会いたいように、俺にも家族がいるのだから。
『……ギルドマスターの言いたいこと……分かりました……』
『……そうか』
『すみません……俺、そこまで考えが至らなくて……』
『まぁ……もしかしたら丁度遠方に行こうと思っていた奴もいるかもしれないしな! そしたらタダでくっ付いてっちまえ! 俺が一緒に連れて行けって、そいつに命令してやるよ!』
『はは……ありがとうございます』
ソルダは励ますように言葉を続ける。
本当にノイの人達は優しい人ばかりだ。
だからこそ、そんな人達を家族から引き離すなんて俺には出来ない。
『トワ……あまり落ち込むな……って言っても無理だよな……悪ぃな……』
『いえ、そんな! こうやってギルドメンバーに声かけてくれるだけでも十分です!』
俺に対し頭を下げるソルダに、顔を上げてくれと慌てる。ソルダは知り合ったばかりの俺に最大限の融通を聞かせてくれている。
最初にギルドに行った時の様子から、本来ならアポなしで会うことも出来ないのだろう。ソルダが頭を下げる必要なんてないのだ。
『ギルドマスターには本当に感謝しています。今日もこうやって時間を作ってもらって……』
『時間くらいいつでも作ってやるさ。もし、俺の力を借りたい時は遠慮なく頼ってくれ!』
『はい……ありがとうございます』
……
その後、待機室に着き、ソルダがギルドメンバー達に声をかけてくれたが、期間も行き先も未定の旅に付いて行くと手を上げてくれる人は案の定いなかった。
まぁ、当然だ。
謝る必要なんてないのに、皆気まずそうに『ごめんな、トワ……』『悪いな……』と口々に謝ってくれる。俺は必死に気にしないでくれと全員に言って回り、ギルドを後にした。
『トワ……すまなかったな』
ギルドの門まで送ってくれたソルダが、再び謝罪の言葉を口にする。
『いえ、本当に! 謝らないで下さい!』
『すまな……あぁ、分かった』
これ以上謝罪を口にしても、俺を困らせるだけだと思ったのだろう。苦笑しながらソルダは謝罪の言葉を飲み込んでくれた。
『あの、今日は本当にありがとうございました』
『いや、気にするな。お前が故郷に帰れることを祈っている。出来ることがあれば遠慮なく頼ってくれ』
ソルダは優しく笑い、胸を叩く。
『はい。何かあれば頼らせてもらいます! ありがとうございました!』
ソルダに別れを告げ、家路を急ぐ。
「……考えが……足りなかったよな、本当…」




