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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第2章【ノイ編】
23/194

021【273〜280日目】稽古

途中バレンタイン話が間に挟まってしまいましたが、本編の続きです。

 

 スティードの説明を聞きつつ、どの武器にしようか考える。


 重量がある武器は機動性が落ちる上、常に身につけるの大変そうだ。出来れば遠距離武器がよかったが、弓や投擲は難易度が高そうだ。


『……話を聞いてた感じだと短剣、かなぁ?』


『そうか。まぁ一度実際に使ってみるか』


 スティードから訓練用の武器を何種類かと、防具を渡される。

 訓練用の武器は木製で、一応危険がないよう先端が処理されているが、当たったら絶対に痛い……雰囲気としては木刀のような感じだ。


『お、お手柔らかに……お願いします……』


 手加減してね?と全力でアピールしつつ、スティードとの模擬戦が始まった。



 ……



『…………トワ』


『…………ハイ』


『弱い……! 弱すぎるぞ!? これまでよく死ななかったな!?』


 模擬戦を終え、スティードは俺のあまりの弱さに頭を抱えていた。だが言い訳をさせてもらうなら、スティードの求めるレベルが高すぎるのだ。


 振り下ろされる木製の剣を必死に受け止めれば隙が多いと怒鳴られ、映画やゲームの防御方法を真似てみれば急所をちゃんと守れと怒鳴られ、攻撃に転じてみればカウンターを取られ、実際の戦闘だったら死んでいるぞと怒鳴られた。


 剣道の授業くらいは経験しているが、実践形式の戦いなど経験がないためどう動けばいいのか全く分からない。



『剣の使い方も、体の使い方も……何もかもがなってない!』


『す、すみません……』


『稽古をつけてくれる人はいなかったのか!?』


『い、いません……』


『なんということだ……』



 スティードはまずは何から教えるべきか……とぶつぶつ呟きながら、俺の稽古内容を考えてくれている。


 思い返せば、ノイの子供達はよく木の棒を使ったチャンバラごっこをしていた。今思えばあれはごっこ遊びではなく、実践的な訓練だったのかもしれない。


 幼い頃から体の使い方や剣の使い方を教わり、農作業等で体を鍛え、友人達と実践的な模擬戦を行う。それがこちらの世界で一般的なことだと言うなら、俺は相当弱い部類に入るだろう。


『……そういえばトワ、魔法は使えるようになったか?』


『…………ナッテマセン』


『…………そうか』



 ―― 何というかスティード、あの、本当すみません………



 ……



 スティードは基礎と思われることから丁寧に教えてくれた。

 俺もメモを取りつつ、実際に体を動かし、毎日必死に訓練を重ねた。


『…………トワ』


『…………ハイ』


『お前に旅は無理だ。諦めろ』


 そして一週間後、再度スティードと模擬戦を行った結果……旅を諦めろと断言された。


『た、確かに俺はまだ弱いけど……! このまま訓練し続ければきっと……!』


 俺が慌てて反論すると、スティードが切り捨てるようにハッキリと断言する。



『いや、お前には無理だ』



 スティードがこれまでの冗談交じりの態度から一変し、真剣な表情でこちらを見据え言葉を続ける。



『トワ、お前に人を殺せるか?』


『え……?』



 スティードの突然の問い掛けに、俺はすぐに答えが出せず、ただただ呆然と問い返してしまう。


『ここ数日、俺が稽古をつけ、トワの動きは各段に良くなった。よく頑張っていたと思う』


『な、なら……!』


『しかしな、お前は自分が攻撃されるのは勿論、相手を攻撃する事にも恐怖している』


『そ、それは……!』


 それは……そんなことは当たり前だ。家族も友人も優しく、殴り合いの喧嘩もしたことがない。そんな穏やかで平和な日々を送ってきた。


 そして相手を攻撃しようとした時、思い浮かぶのは盗賊を……初めて人を切りつけた時のことだ。



 肉を切るリアルな感触。

 生暖かい鮮血。

 痛みに呻く相手の表情。

 向けられる明確な殺意。


 今もまだ時折夢に見ては(うな)される。



『訓練用の剣ですらお前は恐怖している。躊躇している』


『……それは……』


『旅に出ればどんな危険があるか分からない。一瞬の躊躇いが命を落とすことに繋がる』


『……それは……! 分かってる……』


『いや、分かっていない。事実、俺が本気の殺意を乗せた時ですら、お前は俺を攻撃することを躊躇っていた』


『で、でも……訓練を続ければ……!』



 ノイの街に帰還の情報がない以上、元の世界に帰るため旅に出ることは必須だ。諦めろと言われて、素直に頷けるほど俺の帰還への思いは軽くない。


『いや……訓練を続けても人の本質は変わらない』


『本質……』


『トワ、お前は優しすぎるんだ』


『優しい……?』


『そうだ。本来は誇りに思うことだぞ?』



 ―― 違う。スティードの認識は間違っている。



 俺が特別優しいなんてことはない。


 俺は動物が可哀想だから肉を食べないなんてことも言えないし、世界の何処かで自分の知らない人が死んでも悲しいだなんて思えない。



 ―― 何より……既に一度人を切りつけている。



 ただ、生きているものを傷つけるのが怖いだけだ。

 生きているものを傷つける覚悟がないだけだ。



 ―― 元の世界に帰るには、誰かを傷つける覚悟が必要だ。



『スティード、俺はどうしても、故郷に帰りたい』


『トワ……?』


『俺は優しくなんてない。ただ覚悟が足りないだけだ』


『…………覚悟、か。その覚悟はお前を不幸にするだけかもしれない』


 スティードは真剣な表情で俺に問いかける。



『……それでもいいのか?』



 俺は積極的に誰かを傷つけたいとは思っていないし、これからも思わないだろう。しかし、自分や……自分の大切な人の身に危険が迫った時、俺は相手を傷つける。場合によっては殺すこともあるだろう。




『それが故郷に帰るのに必要なら』




 俺がスティードをまっすぐ見つめて答えれば、スティードは少し悲し気な顔をした後、一度首を振り、ふっと笑い冗談めかして言う。


『そうか……なら、トワは覚悟以前に戦闘方法を考えないとだな!』


『…………ハイ』


 スティードは暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように笑い『どんなに覚悟があっても、今のままじゃ女子供にも勝てないぞ!』と俺に発破をかける。


 スティードの言う通り、覚悟を決めたところで今の俺の戦闘力じゃ高が知れている。訓練は勿論、筋トレ等も継続して行うつもりだが、そもそも体格的に不利な上、魔力もない。根本的に戦闘方法を見直さない限り、俺の勝機はないだろう。



『スティード、試してみたい武器があるんだけど……』



 ……



『"ジュウ"、か……面白い武器だな』



 タブレットのお絵かきアプリに、覚えている限りの銃の構造や仕組みを描き、スティードに伝える。


 恐らく俺に近接戦闘での勝ち目はない。銃を使った遠距離攻撃……もしくは銃を知らない相手に対する近距離射撃しかないだろう。


『確かにこれなら筋力も魔力も必要ない。トワでも扱えるな』


 何だか失礼なことを言われている気がするが、事実のため反論できない。


『作れるかな?』


『どうだろうな……? 俺では判断がつかん。アルマに聞いてみたらどうだ?』


 スティードの提案により、俺はアルマに銃が作れるかどうか聞きに行き、スティードは銃を使った場合の立ち回りを考えてくれることになった。


『スティード、ありがとう』


『礼には及ばないさ』


『その……訓練に付き合ってくれたこともだけど……覚悟が足りないことに気付かせてくれたのも……ありがとう』


『…………故郷に、帰れるといいな』


『……うん』




 異世界生活280日目、覚悟を胸に、俺は前に進む。




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