【番外編】異世界バレンタインデー
バレンタイン特別編です!
「ん? あ……今日、バレンタインか……」
朝起きてスマートフォンの画面を見れば、2月14日と表示されている。
「ま、異世界ではバレンタインなんか関係ないけどなー!」
「きゅ?」
もちを揉みながら俺は笑みを深める。
バレンタイン。
あんな製菓会社の陰謀と言われているイベントなんぞ、異世界では関係ない。
別にチョコレートが貰えないから僻んでるとかではない。断じて違う。元の世界だったら貰えていた。
―― 母親と、事務の女性陣から……
会社では事務の女性陣がお金を出し合ってチョコレートをくれるのだが、配り方が完全にお土産を配る時の配り方と一緒なので全くときめかない上、一ヶ月後のホワイトデーに男性社員による地獄の "お返し決め押し付け合戦" が発生するのだ。
男性社員から集めたお金を手に、女性陣が喜びそうなお返しを探し回る。
俺も若手の頃何度かお返し決めをさせられたが、女性の好みなんて分からないため「この現金をそのまま渡した方がきっと喜ぶのに……!」と涙目で店を回りまくった。
因みに学生の頃は朝からちょっとソワソワしていたが特に貰えたことはない。
あ、いや、クラスの女子が皆に配っている袋詰のチョコなら貰った。
貰った。
俺はチョコを貰ったことがある。
『ばれぇたぃん?』
そんな辛い……懐かしい記憶を思い出していたところ、たまたま俺の部屋で寝ていたレイに独り言を聞かれしまった。レイは最近お喋りが大好きで、よく俺の言葉を真似して繰り返して来る。
「バ、レ、ン、タ、イ、ン、だよー」
『ば、れ、ん、た、い、ん!』
「そう! 上手だねー!」
今度は上手く言えたレイちゃんを褒めていると、メールが顔を出してくる。
『バレンタインってなぁに?』
……
俺は後悔していた。
朝の自分の迂闊さを。
そして何故こうなることが予想できなかったのかという自分の愚かさを……。
『今日、トワの故郷ではバレンタインっていうお祭りの日なんだってー!』
『へぇー!』
『女の子が好きな男の子に甘いもの上げるんだって!』
『きゃー!』
バレンタインは別に俺の故郷の祭りではない!
メールにバレンタインが何かと聞かれ、俺の故郷では女性が好きな男性にチョコレートを送る日なのだと答えてしまった。更にチョコレートは何か聞かれ「まぁ甘い物だよ」と適当に答えてしまった。
これを聞き、意外と乙女チックだったメールは『素敵ね!』と目を輝かせ、色んな街の女性に『今日、トワの故郷ではー』とバレンタインの話を広めてしまったのだ。
ノイの街での噂の広がり方はリバーシの時に経験済みだ。夕方前にはすっかりその噂が街中に広がってしまっていた。
―― なんということだ……!
異世界にまであの苦しみを……ノイの男達にまで、俺と同じ苦しみを味あわせてしまうなんてと、自分のしでかした罪の重さに押しつぶされそうになる。
「はぁ…………みんな、ごめん…………」
溜息を吐きながら、何となく謝罪の言葉を口にしてしまう。
『ん? トワ? どーした? 何か暗くね?』
たまたま通りがかったフレドが落ち込む俺に話しかけてくれる。
ふとフレドの持つ袋が目に入る。
―― 何だ……?
―― 何だこの嫌な予感は……?
何故かフレドの持つ袋がとても気になるのに、俺の頭の中で「絶対に触れてはいけない」と強く警鐘が鳴っている。
『ん? 何だよ? あぁ、これか?』
しかし俺の目線はフレドの持つ袋に向かってたようで、目線の先の物に気付いたフレドが袋を持ち上げ、言葉を続けようとする。
―― 待て……!
―― 言うな……!
―― それ以上は言わないでくれ……!
『ティミドから貰ったんだよ』
―― 嫌な予感は的中した。
そう、最近リバーシ大会だなんだとバタバタしていたためすっかり忘れていたが、コイツ……フレドはティミドと付き合い始めたのだ。
『聞いてねぇし……』
俺は悔し紛れにボソッと呟く。
『へへ、手作りだってさー!』
『だから聞いてねぇし!』
フレドはデレデレと相好を崩しながら、自慢げに言う。
―― くそ……!くそっ……!
フレドとティミドが付き合う前なら、ティミドは一番身近にいた俺に手作りのお菓子をくれていたかもしれない。それが恋愛感情じゃなったとしても、俺は女の子の手作りのお菓子が欲しかった。
『いやーティミドがさー、急に「ちょっとだけ時間ある?」とか声かけてくるから何かと思ったらさー』
『言わなくていい。聞いてない』
『「これ……作ったの」って! 「今日はトワの故郷で好きな人に甘い物を上げる日だから」って!』
『だから言わなくていいって!』
『いやぁー俺知らなくてさぁー! 照れながら渡してくるティミドがもう、可愛くて可愛くて……』
『だから聞いてねえって言ってるだろ! 黙れ!』
―― いかん、いかん。友人を怒鳴りつけてしまった。
落ち着かなければと自分に言い聞かせ、深呼吸をする。
『悪い悪い、つい嬉しくてさ! で、トワは誰かから貰ったか?』
―― よし、コイツを殺そう。
……
フレドにヘッドロックを仕掛けたが返り討ちにされ、俺はトボトボと帰宅する。
『ただいまー……』
『おかえりなさい、トワ!』
『おかえり、トワ』
家に帰るとペールとメールが笑顔で迎えてくれる。
『いい時に帰ってきたわね! 丁度出来たところよ!』
『? なにが?』
メールが「はい!」と出してくれたのは果実のコンポートのようなものだった。
『トワの話を聞いたとき、絶対に作ろうと思って! ふたりとも、大好きよ!』
メールは「勿論もちも、レイもよ?」と言いながら、ニコニコと皆の前にコンポートを並べる。
『メール……! ありがとう…!』
メールが作ってくれた果実のコンポートは、とてもとても甘かった。
……
「もち、コンポート美味しかったなー」
「きゅっ!」
部屋に戻り、食べ過ぎてしまったお腹をさすっていると、もちが何かを口に加え、勢いよく俺に飛びかかってくる。
「も、もち!? どうした!?」
俺の顔の前にもちがぽとっと置いたのは、蜂蜜もどきの材料になる、蜜草だった。
「もち……お前……! これ……どうやって……!」
「きゅっ!」
そういえばいつも真っ白なもちが、今日は妙に薄汚れている。
「まさか………………こっそり取りに行ったのか……!?」
「きゅっ!」
「もち……!」
ぎゅっともちを抱きしめる。
「ありがとな、もち!」
……
異世界生活バレンタインデー、戦果報告。
・メールの手作り果実のコンポート
・もちのよだれつき蜜草
ヒロインのいない小説の限界を感じます←