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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第1章【遭難編】
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002【1~2日目】状況確認

 

 いつの間にか、泣き疲れて眠ってしまったようだ。


 よくあんな状態で眠れたな……と、自分の神経の図太さに驚いたが、残業続きによる寝不足と肉体的疲労、更には精神的疲労も限界だったのだろう。腫れぼったい目をこすりながら体を起こす。


「いてて……」


 変な体勢で寝てしまったせいか、眠る前よりも全身が痛い。


「これからどうするかな……」


 起きたら病院のベッドの上でした。

 ……なんてこともなく、俺の眼前には昨日と同じ森が広がっていた。


「夢なら、覚めてくれ……」


 俺は異世界に憧れていた。

 だがそれはあくまでも妄想の中の話だ。

 実際に異世界らしき場所に来ても、喜びよりも困惑の方が大きい。


 何より俺の妄想していた異世界転移では、初期位置は当然豪華なお城の中で、こんな森の中ではない。転移した俺を迎えてくれるのは綺麗なお姫様か魔法使いで、断じて熊らしき謎の生き物ではない。


 右も左も分からない。

 人影も見えない。

 近くには熊に似た危険そうな生き物もいる。


「どうすりゃいいんだよ……」


 こんな状況で異世界に来れたことを喜べるはずもなく、頭を抱える。


「まず、まずは状況の整理だよな……」


 森の中でぼんやりと立ち尽くし続けるわけにもいかないので、自身に言い聞かせるように呟く。山で遭難した時も、慌てず冷静に行動した方が生存率が上がるという。俺はまだ死にたくないし、死ぬわけにはいかない。



「帰らなきゃ……」



 そう、俺は帰らなきゃいけない。

 ここがどこだか知らないが、俺には帰りたい場所、帰らなきゃいけない場所がある。


 ……


 本当に自分が異世界転移したのかまだ半信半疑だが、とにかくまずは状況の整理をしようと思い、辺りを見渡す。


 寝ている間に日が落ちてしまったのか、周囲は闇に覆われ月明かりだけが頼りだ。


「ん…………?」


 ふと夜空を見上げたところで酷く違和感を覚える。


「月じゃ、ない……?」


 そう、空に浮かぶ月が俺のよく知る月ではないのだ。


 まずデカい。スーパームーンなんて目じゃない程の大きさだ。更に色も俺の知っている月とは少し異なり、淡い紫色に輝いている。


「何で気付かなかったんだ……!」


 一度気付いてしまえば何故気付かなかったのか不思議なほど、違和感を感じる。目を見開き、空に浮かぶ月のようなものを見ながら、必死に考える。


「やっぱりここは、地球じゃない……」


 ここが地球ではないのなら、

 

 何故、この世界で日が沈む?

 何故、俺は普通に立っていられる?

 何故、俺は普通に呼吸が出来ている?


 日が沈むことも、地面に立っていることも、呼吸ができていることも、当たり前のことすぎて、気にしてもいなかった。


 俺がこの森に来た時、辺りは明るかった。だが今は暗い。

 学生時代に習った曖昧な知識しかないが、朝と夜が来るのは地球が太陽の周りで自転しているからのはずだ。


 人が地面に立てるのは、重力が働いているからだ。

 故に俺が普通に立っていられるこの世界は、重力があるということだ。

 そして、俺が普通に呼吸が出来るということは、大気中に酸素があるということだ。


 つまり今俺がいるこの場所も、地球と同じ法則が働く惑星だという証明に他ならない。改めて空を見上げれば、夜空に星が輝いている。


「星が見えるってことは、別の星……惑星や恒星があるってことだよな?」


 何かが解決したわけではないのだが、自分の生きてきた世界と同じ物理法則が働き、別の星があるのだと思うと妙に安心した。そもそもどんな仕組みかは分からないが、俺は地球からここに来たはずだ。


 ―― 階段から落ちたのが転移のきっかけなら、高いところからもう一度落ちてみるか……?


 一瞬そんな考えが浮かんだが、打ちどころが悪ければ死んでしまうし、また別の星に転移してしまう可能性もある。万が一また知らない場所に転移してしまったとして、その場所が今いるこの場所よりもいい場所である保証も、この場所と同様に自分の生きてきた世界と同じ物理法則が働いている保証もない。

 転移した瞬間に呼吸が出来ず、死ぬというケースだって考えられる。


 ―― そもそも、俺は本当に生きてるのか……?


 階段から落ちた時に本当は死んでいて、この世界は死後の世界なのではないか?とも考えてしまう。


 ―― でも、痛みはあるし、腹も減るんだよな……


 自分の感覚だけで言えば「生きている」としか思えない。


「とにかく、帰る方法を探さないとな」


 自分に言い聞かせるように、小さく呟く。


 すぐにでも動き出したい気持ちはあったが、街灯もない暗い森の中を歩き回る度胸はない。とにかく今は体を休め、明日に備えることにした。



 ……



「ん……」



 目が覚める。やはり目の前には昨日と同じ森が広がっていた。


「状況は変わらず、か……」


 起きたら慣れ親しんだ自宅のベッドだったというパターンや、状況が一変していることを期待したのだが、俺は相変わらず森の地面に寝転がっていた。


 とにかくずっとこの森でじっとしているわけにもいかない。

 俺はスマートフォンのメモアプリを起動し、やらなきゃいけないと思われることを書き出していく。


 1、現状の確認

 2、周囲の確認

 3、衣食住の確保

 4、帰る方法の模索


「こんな感じか……?」


 正直こんな状況は初めてだし、どう行動するのが正解なのか全く分からない。


「とりあえず、最初は現状確認だよな」


 まず、体の状態を確認する。

 所々打撲っぽくはなっているが、動けないほどではない。


 サラリーマンの戦闘服であるスーツにコートを羽織り、足元は厚手の靴下に革靴を履いている。


「俺、山の中をスーツと革靴で行動するのか? 嘘だろ……?」


 自身の身に纏う戦闘服の動きにくさと頼りなさに絶望するが、どうしようもない。


 もし異世界に転移したのが自宅に着いた後だったら、部屋着にスリッパで山の中を散策する羽目になっていたかもしれないと考えると、逆に運が良かったのかもしれない。


 次に持っていた通勤鞄の中身を確認する。

 この中身は今後をかなり左右するだろう。役に立ちそうな物が入っているといいんだが……と思いながら通勤鞄の中身を漁る。


 一番外側のポケットには、タバコとライター、定期券や手鏡が入っていた。ライターがあるので火を起こせそうなのはよかった。


「ま、タバコは我慢だな……」


 苦笑いを浮かべながら、次に3つあるポケットの内、1つ目のポケットの中身を取り出す。

 中に入っていたのは電子書籍や動画を見る時のために持ち歩いていたタブレット、ソーラーパネル付き充電池、音楽プレイヤーだ。


 ソーラーパネル付き充電池は、以前大規模な震災があった時に慌てて購入した物だ。電気のない森の中でも電子機器を充電することが出来そうでほっとする。電波はないが、スマートフォンやタブレットのメモ機能やカメラ機能は色々と使えそうだ。


「正に備えあれば憂いなし、だな……」


 過去の自分を称賛しながら、2つ目の中ポケットの中身を取り出す。

 頭痛薬、胃腸薬、エコバッグ、ポケットティッシュ、ハンカチに加え、飴や酢昆布が乱雑に入っている。

 薬が必需品だった労働環境に少し悲しくなるが、頭痛薬は怪我をした場合の鎮痛剤として、胃腸薬は腹を壊した時に役立ちそうだ。エコバッグは食べ物を集めたり、水を汲んだりするのにも使える気がする。


「まぁ、薬があるのは安心だよな」


 自分を慰めつつ、最後に3つ目の中ポケットの中身を取り出す。

 中には社員証、そして……家の鍵が入っていた。


 子供の頃から鍵につけていて、ボロボロになってしまったキーホルダーが妙に哀愁を誘う。俺は慣れ親しんだ家の鍵をぎゅっと握りしめ、目を閉じる。


 ……気持ちを切り替えて次だ。


 鞄の中で一番広く場所を取られている、メインコンパートメント。

 その中には財布、折り畳み傘、ノート、筆箱、水筒、飲みかけのエナジードリンクがこれまた乱雑に入れられていた。


 エナジードリンクは500mlのペットボトルに入ったもので、残業中に眠気覚ましも兼ねて飲んでいたものだ。水筒には家で作ったお茶を入れていたが、飲み終わってしまっているので中は空だ。

 筆箱の中には筆記用具に加え、カッターやホチキスが入っている。


 IT企業のくせに月末の書類を紙で提出させる会社に無駄を感じていたが、そのおかげでカッターが入っていたのはよかった。ナイフ代わりに使えそうだ。


 持ち物をスマートフォンにメモした後、綺麗に鞄に入れ直しながら覚悟を決める。



「これはサバイバル、するしかないよな……?」


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