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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第8章【ドラーク編】
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 * * *



 真っ白な世界にゆらゆらと漂っている。

 "自分"という存在がひどく曖昧で、形がなくなり、溶け出してしまったような……不思議な感覚だ。



『――……んね』

『――……ごめんね』

『――……私のせいで……』

『――……ごめんね、ファーレス……』



 泣きながら『私のせいで……』と謝罪を繰り返す女性の声が何度も響く。


 ―― 懐かしい……


 幼い頃、何度も何度も聞いた母の声だ。

 優しく、儚く、そしていつも辛そうな。


 覚えている限り、母が楽しそうに笑っている顔は、家に飾られていた肖像画でしか見た覚えがない。

 自分に向けられる笑顔はいつもどこか悲しそうだった。


 ―― まぁ、当然のことだ……


 貴族の長男として生まれたが、自分には平民並み……いや、平民以下の魔力量しか宿っていなかった。

 貴族は魔力量が多い。そもそも魔力量の多いものが貴族となった歴史があるのだから、貴族の魔力量が多いのは当然と言えるだろう。


 父も母も魔力量が多く、優秀な貴族だった。

 そんな二人の子供である自分が、なぜこんなにも魔力が少ないのかは分からない。


 あまり体が強くなかった母は、そんな風に息子を生んでしまったのは自分のせいだと、いつも己を責めていた。



『――……ごめんね、私のせいで……』

『――……ごめんね、ファーレス……』



 優しく俺の頭を撫でながら、母はいつも涙を流していた。


 ―― 母のせいではない。ただ俺が "出来損ない" だっただけだ。


 物心ついた時から、周囲の人間に "出来損ない" と何度言われたか分からない。


 そう言われるのも当然だろう。

 俺は魔力量が少ないだけでなく、頭も悪かった。


 唯一身体を動かすことは得意だったが、勉強は全く頭に入ってこなかったし、人と話したり、礼儀作法を覚えることも苦手だった。



『物覚えが悪すぎる……』

『ちゃんと話を聞いているのか?』

『本当にあのお二人の息子なのか?』

『なぜ、こんな出来損ないが……』



 自分が生まれるまでは、父も母も、仲の良い夫婦だったらしい。

 使用人達が裏で『ファーレス様さえ生まれていなければ……』と話しているのを何度か聞いたことがある。


 出来損ないの自分が生まれてしまったせいで、父は母の不貞を疑い、悩み苦しんだ。生まれてきた子供の髪の色も、魔力量も、頭の出来さえも、全てが両親に似ていないのだ。父が疑いの気持ちを持ってしまうのも、仕方のないことだろう。

 不貞を働いていない母は、自身の弱い体が原因で、哀れな子供を生んでしまったと嘆いた。


 幸せな家庭が壊れてしまったのは母のせいではなく、優秀な父と母から生まれたにも関わらず、出来損ないだった自分のせいだ。



 母が亡くなった後は、剣の指導をしてくれていたカードルに引き取られる形で、王国騎士団の所属となった。

 せめて剣の腕を磨けば、出来損ないではなくなれば、父と母の子だと証明出来ると思った。


 ―― 証明は、出来なかったのだろうな……


 最後まで、父が自分に会いに来ることはなかった。

 親子らしい会話をしたこともなかったのだから、それもまた当然のことなのかもしれない。


 ―― 自分がもっと上手く話せれば、自分から父に会いに行っていれば、関係は改善できたのだろうか……


 カードルから父の訃報を聞いた時、ただただ剣の腕だけを磨き続けたことを後悔した。

 しかし、頭の悪い自分では、何をどうすればよかったのか分からない。



 王国騎士団においても、自分は不和を起こす存在だったと思う。


 団長であるカードルからの、あからさまな贔屓。

 カードルからしてみれば、まだまだ頼りない存在である俺をそばに置き、面倒を見てあげたかったのだろう。


 だが他の団員からみれば、魔力の少ない身でありながら、団長に特別扱いされている子供だ。

 更に、平民並みの魔力なのに剣の腕が立つことも、貴族たちからしてみれば面白くなかったのだと思う。


『貴族出身というのは偽りだろう。あんな魔力の低い貴族がいるはずがない!』

『魔力量なんて関係ない! 騎士団なのだから、剣の腕こそが全てだ!』

『魔力のない平民風情が……魔法による広域戦闘もできないくせに偉そうに……』

『模擬戦でも討伐戦でもファーレス様に一度も勝ったことがないくせに、偉そうなことを言ってるのはどっちなんだか……』


 魔力量が少ない騎士団員達にとって、魔力量が多いものが強いという常識を覆す俺という存在は、一種の英雄的存在だったのだろう。


 ―― 分からない。


 沢山の人達が、自分に話しかけてくれる。

 それは好意的な言葉もあれば、その逆もあった。


 ―― 分からない。


 会話が得意ではないことは幼い頃から自覚していた。

 相手が話す内容を理解しようとしている間に、返事をする間もなく、次々と話題が変わっていく。気まずげな顔をして、話しかけてくれた人が立ち去っていく。


『話を聞いているのか!?』と怒鳴られたことは何度もある。

 聞いているが、理解が出来ない。話の内容がよく分からないのだ。


 返事をしないと怒られる。

 意思表示は大事だ。


 肯定か否定、理解出来ていないことは理解できていないと伝えた方がいい。

 会話を繰り返していくうちに、少しずつ学んでいく。



『ファーレス様のこと、ずっとお慕いしていました……! 私と付き合ってください!』



 好意的な言葉をくれる人には、女性が多い。

 どうやら、自分は整った顔立ちをしているらしい。


 ―― 父に似たこの顔は、あまり好きではない。


 だからこの顔立ちを褒められても、あまり嬉しくはない。

 それに、この顔が好きだと言っていた女性達も、自分の中身を知れば離れていく。


『何を考えているのか分からない』


 この言葉も、幾度となく言われた言葉だ。

 実際、何も考えていないのだから、何を考えているのか分からないのは当然とも言える。



 ―― 分からない。

 ―― 分からない。

 ―― 分からない。



 人が、世界が、自分を取り巻くすべてが。



 ―― 俺にはよく、分からない。



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