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昔々、緑豊かな大きな国で、人々は平和に暮らしていました。
この国では、暮らしを豊かにする魔法が、日々たくさんたくさん研究されていました。住民達はみんな、様々な魔法を発表する自分の国を、誇らしく思っていました。
平和な日々がずっと続くと思っていたある日、研究者のひとりが大きな声で叫びました。
「大変だ! このままでは、魔法の研究が出来なくなってしまう!」
突然のことに、他の研究者も国の王様も、大慌てです。
叫び声を上げた研究者は、これまで素晴らしい魔法を沢山発明してきた、優秀な研究者でした。そんな研究者が叫んでいるのです。ただごとではありません。
「どうして研究ができなくなってしまうんだい?」
他の研究者が問い掛けます。
「簡単なことだ! 魔石が足りなくなってしまうからさ!」
この国には、魔法の研究をするため、沢山の魔石が倉庫に保管されています。
魔石の量を確認した研究者は、不思議そうに首をかしげます。
「まだまだ沢山あるじゃないか!」
その言葉に、叫び声を上げた研究者は首を横に振りました。
「今はまだ大丈夫かもしれない。けれどきちんと計算すると、近い将来、必ず魔石が足りなくなってしまう」
魔法の研究が高度になればなるほど、魔石を沢山使います。
そして人々の暮らしも豊かになればなるほど、魔石を沢山使います。
魔石はふやそうと思ってもそう簡単にふやせるものではありません。
魔法の研究を控えれば、他国に後れを取ってしまいます。
研究者も王様も、困ってしまいました。
更にこの国にはもうひとつ、困ったことがありました。
毎年、蜜草の花が咲く時期になると、大きな竜がやってきて、精霊様への捧げものを取り上げたり、周囲の人間の命を奪ったりするのです。
「そうだ! あの大きな竜を退治したら、大きな魔石が手に入るんじゃないか?」
研究者のひとりがそう提案し、他の研究者たちも次々と頷きます。
「ようし! あの竜を退治しよう!」
* * *
―― そして様々な困難を乗り越え、悪い竜は退治されました。たくさんの魔石を手に入れた研究者達は、魔法の研究をしながら、いつまでも平和に暮らしましたとさ。めでたしめでたし……みたいな内容だったはずだ。
前にソティルさんが、魔石とは体内に取り込まれた魔力が結晶化されたものだと言っていた。
―― つまりたくさんの魔石を手に入れたってのは……
自分の導き出した答えに吐き気がしてくる。しかし恐らくこれが答えなのだろう。
どのように結晶化された魔石を抽出するのかは知らないが、竜からしてみれば仲間を殺され、身体を暴かれ、形見を持っていかれたようなものだ。
竜と人、悪いのはどっちだ?
物語の真実を知らない俺には答えなんて分からないし、起こってしまったことは覆らない。
元々望みは薄かったが、竜の怒りの根本を想像してしまえば、和解が出来るビジョンなんて思い浮かばない。
ソティルさん曰く、竜は数百年以上生きている長命種だ。強い魔力を持つ一部の人間を除き、人の命は竜に比べとても短い。
人の世では作り話として、空想上の話となってしまった出来事だが、恐らくあの竜の中では、今も心に突き刺さり、血を流し続ける現実の出来事なのだ。
―― もし殺されたのが友人や愛する人だったなら……そりゃあ辛いだろうさ。でも、でもな、だからといって、無関係の俺達がむざむざ殺されてやる理由にはならない。
呼吸を落ち着け、再び竜に向けて引き金を引く。
―― あぁ、そうさ……見知らぬ竜が何百年、何千年、もしかしたらそれよりももっと長い時間閉じ込められることになったとしても……
息を吐き出し、また引き金を引く。
―― 俺は、俺の、俺達の、俺の大事な人達の命の方が大事だ。
張り詰めた空気の中で引き金を引き続ける。
その間にも竜はファーレスを追いかけていく。
「クソ……! 見えない……!」
とうとう魔石銃のスコープ外まで竜が移動してしまい、俺は竜が見える位置まで移動しようと慌てて立ち上がる。
しかしその時、遠くで酷く場違いなクラッシックミュージックが響いた。
「来た!」
その音楽を聴き、俺は即座に閃光弾を空に向かって打ち上げる。
この音楽と閃光弾はあらかじめフィーユ達と決めた合図だ。
セイの魔法による通話は魔素が乱れていると安定しない。閃光弾による合図だけでは、常に空を気にしていなくてはいけない。竜と対峙しているような状況では、閃光弾を見落としてしまう危険性もある。
そこで思いついたのが、スマートフォンの音楽による合図だ。封印担当のフィーユにスマートフォンを持たせ、状況に応じて音楽を流してもらう。
封印準備が無事に終わったことを示す曲、緊急事態が発生した時の曲……今回流れた曲は、封印準備が無事に終わったことを示す曲だ。
音楽が聞こえたら、こちらも閃光弾で了解の意志を伝える。音楽が聞こえなかった時のために、閃光弾だけでやりとりする方法も決めていたが、セイが魔力で補佐してくれているのか、遠くで鳴っている音楽を不思議と聞き取ることが出来た。
「……ファーレスからの閃光弾が、上がらない……?」
俺は木につけた印と自分の記憶を頼りに、早足で封印のある方向まで戻りつつ、何度も空を見上げる。
ファーレスも俺と同様、音楽が聞こえたら閃光弾を上げる手筈になっている。
「ファーレスのとこまでは音が届かなかったのか……?」
フィーユの方も音楽が聞こえなかったと判断したのか、フィーユ側から合図の閃光弾が打ちあがる。
しかし、それでもファーレスからの閃光弾が上がらない。
「見落としてるのか……!? それとも……まさか……!」




