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『フィーユ、竜はまだ感知できない場所にいるか?』
俺の問いかけに、フィーユが慌てた様子で返事をする。
『あ、えっと、うん! まだ大丈夫……! 少なくとも私が感知出来る範囲までは来てないよ!』
竜の移動速度がどれくらいかは分からないが、あまり悠長なことは言っていられない。あれだけ体がデカイのだ。移動出来る距離も長く、移動速度も早いのではないだろうか?
『う~ん……多分だけど〜……そんなすぐに追いかけては来れないんじゃないかなぁ〜?』
セイがふわふわと声を上げる。
曰く、あの体で素早く移動するには、魔法による補佐が必要とのことだ。あの竜は怒りに任せ大規模魔法を何発も放っているため、周囲の魔素は大幅に減少している……らしい。
『ファーレスがかなり距離を離したし〜魔法なしで追いかけるにしても、魔素が回復するまで待つにしても、結構時間がかかると思うよぉ〜』
絶対大丈夫という保証はないものの、長い時を生きてきたセイの言葉には信憑性がある。まだ少し猶予があると知り、思わず安堵の溜息を漏らす。
しかし安心している場合ではない。考えなくてはいけないことや不安なことが多すぎて、頭が回らない。とにかく今はこれからどうするか、そのことを考えるべき……はずだ。これからの行動について、パッと思い付く選択肢は五つある。
まず一つ目、戦う。
だがこの選択肢は即却下だ。俺には竜に対抗出来る戦闘能力がないので、矢面に立つのはフィーユとファーレスになってしまう。レンディスさんが授けてくれた黒い魔石はあるものの、勝てる気がしない。
次に二つ目、竜と話し合う。
この選択肢も却下だろう。竜のあの様子からして、話し合いの場につけるとは思えない。
周囲の魔素と竜の魔力、そして竜の体力……全てが底をついた後、動けなくなった竜となら話し合うことも可能かもしれないが、そもそもそんな状況に持っていけないだろう。
三つ目、竜を再封印する。
恐らくこの選択肢が俺の選ぶべきものなのだろう。壊す前の封印術式はセイが覚えてくれている。不安だった魔力に関しても、レンディスさんの黒い魔石を使えば補えるかもしれないとのことだ。
ただ、封印を施す前に竜から攻撃されたり、竜が元々あった封印の範囲外に出てしまったり、魔力不足や術式のミス等、何らかの理由で封印が失敗してしまう可能性は大いにある。成功する確率は……正直低い。やるなら正に命懸けだ。
―― そして四つ目の選択肢は……逃げる。
全てから目を逸らし、ただ、逃げる。
竜が人里に降りて暴れまわるかもしれない。
何人もの人が犠牲になるかもしれない。
そんな現実から全て目を逸らし、逃げる。
ここまで馬車を引っ張って来てくれたエクウスもソティも、ペール達が用意してくれた馬車も置き去りにして、逃げて逃げて逃げて逃げまくる。
フィーユとセイの魔法で足場を作り、先程までと同様にファーレスに俺達を抱えて貰って走る。
逃げに徹すれば、魔力回復薬も海を超えるくらいなら何とか持つだろう。もし竜が近付いて来たら、レンディスさんの黒い魔石を足止めに使えばいい。陸まで逃げ切れば、街で魔力回復薬の補充も出来る。
あんな強大な存在を感知すれば、ロワイヨムの騎士団や各国の王も対策に出る筈だ。そうすれば自分以外の人達に、全て押し付け完了……というわけだ。
「……最低だ」
ぽつりと、日本語で零す。
こんな選択肢、勿論却下だ。
そもそもこんな選択肢を考えついた時点で、最悪だ。最低だ。
「……責任は、自分で取らなきゃ、だよな」
レンディスさんから渡された黒い魔石を、ぎゅっと握りしめる。
―― 最後、五つ目の選択肢。
『俺が……この黒い魔石で、竜を足止めする。その間にフィーユ達は逃げて、助けを呼んで来てくれ』
どの選択肢でも、足手纏いになっているのは誰だ?
そんなの分かり切っている……俺だ。
何の力も持たず、 誰かに守ってもらうことしか出来ない……厄介者だ。
幸い、レンディスさんが授けてくれた黒い魔石は魔力のない俺でも起爆出来るものだった。ならば俺がここで足止めをして、フィーユ達が逃げればいい。足手纏いが減れば、逃げ切れる可能性も更に上がるだろう。
エクウスとソティに強化魔法をかけ、馬車から外して直接騎乗すれば、ファーレスが走るよりも更に早いはずだ。ファーレスなら乗馬の経験もあるだろうし、フィーユなら魔法で何とかなるだろう。
ロワイヨムに着いたら事情を説明して、ロワイヨム以外の国にも協力を仰げばいい。騎士団長であるカードルさんもいるので、力を貸してくれるはずだ。魔力の強い人が集まれば、竜の封印も上手く行くだろう。
俺は早口でフィーユ達に作戦を説明していく。
俺の説明を聞きながら、フィーユがぷるぷると震えて俯く。そんなフィーユの様子から目を逸らしながら、説明を続ける。
説明の途中で、フィーユが堪えきれなくなったように叫ぶ。
『……っ! トワはっ! 何でそういうこと言うのっ!? さっきは私達にありがとうって言ったのに……! 何でっ!?』
フィーユに詰め寄られながらも、俺はフィーユを説得しようと口を開く。しかし、俺の声にかぶせるようにフィーユがぽつりと呟く。
『……トワの、それは……逃げだよ。嫌なことから、目を逸らしてるだけだよ。私、分かるもん……』
フィーユの小さな呟きが、胸の深い部分に突き刺さる。
『……違う! 俺は、俺なりに……考えて……』
咄嗟に否定の言葉を叫ぶが、後の言葉が続かない。
違う、逃げてるわけじゃない。目を逸らしているわけじゃない。俺は俺なりに考えて、責任を取ろうと思った。思ったはずだ。
『……ずっと一緒って、約束した……指切りした……』
『……あぁ』
フィーユが責めるような口調で呟き、ファーレスも同意するように静かに頷く。その約束からも目を逸らそうとしていると指摘され、更に言葉に詰まる。
『トワは私を選ぶって言った! 私もトワを選ぶ! だから……最後まで一緒に頑張ろう?』




