表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第8章【ドラーク編】
185/194

171

日々読んで下さりありがとうございます。

感想やFA、ブクマや評価、本当に励みになっております!



 

 レンディスさんは冷めた目で俺達を睨みつけた後、ソティルさんの方をじっと見つめ言葉を続ける。


『先生……俺は先生の望みを何でも叶えてあげたいと思っていますし、先生の命令は絶対です。でもそれ以上に……先生の身体が、先生の命が大事です。先生の身に危険が及ぶなら、いくら先生の命令でも、俺は……』


 迷いを振り切るように小さく息を吸い、レンディスさんが再び口を開く。



『俺は……断固拒否します』



 キッパリとそう言った後、溜まっていた不満があふれ出したのか、レンディスさんの口から次々と愚痴が零れ落ちる。


『大体……この旅に先生が付いていくこと自体最初から反対だったんですよ……先生に何のメリットもない。危険と迷惑だけ先生が被って何でコイツ等を助けてやらなきゃいけないのか……』


 しかし途中でそんなことを言っている場合ではないとを思い出したのか、再び舌打ちをしてソティルさんの身体をふわりと抱き上げる。

 突然抱き上げられたソティルさんは『下ろしなさい!』と戸惑った声を上げていたが、その声が不自然に途切れる。


『……すみません、先生。今貴方の言葉を聞く気はありません』


 ソティルさんは必死に何か叫ぼうとしている様子だが、まるで魔法で声を奪われたかのように一切声が出ていない。

 まるで……というか、実際にレンディスさんが魔法でソティルさんの声を奪っているのだろう。

 レンディスさんはソティルさんを抱き上げたまま、俺達の方をまっすぐ見る。


『俺は命を賭ける気もねぇし、危険を冒す気もねぇ。お前達とはここまでだ』


 切り捨てるようにそう言って、レンディスさんがその場を立ち去ろうとする。

 そんなレンディスさんを引き留めようとしてくれているのか、レンディスさんの腕の中でソティルさんがじたばたともがく。


 レンディスさんは一瞬困ったように眉をひそめ、『……すみません』と小さく呟いたかと思うと、ソティルさんの動きがピタッと止まる。恐らく魔法で身体の自由も奪ったのだろう。


 目を見開き、ソティルさんが信じられない……といった様子でレンディスさんの方を見つめる。その瞳には、深い悲しみも宿っている気がした。


 そんなソティルさんの表情を見たレンディスさんは一瞬だけ寂しそうな表情をしたあと、懐から黒い石を取り出してポイっとこちらに投げる。


『……餞別だ。このままお前達を置いていったら、先生に一生恨まれそうだからな』


 俺は投げ渡された黒い石を慌てて受け取り、混乱した頭のままレンディスさんの方に目を向ける。

 レンディスさんはさっさとこの場を立ち去りたいのか、黒い石を指差しなら早口で言葉を紡ぐ。


『……それを起動させれば、その魔石自体の魔力と周囲の魔素を使い、融合と分裂を繰り返して局地的に大規模な爆発を起こせる。威力的にはまぁ……ロワイヨムが丸々吹き飛ばせるくらいだ。あの竜に効果があるかは知らんが……時間稼ぎくらいにはなるだろ』


 説明を聞く限り、これは魔力を利用した爆弾のようなものらしい。

 なんでそんな危険な物が懐に……? という疑問が顔に出ていたのか、レンディスさんがぽつりと付け加える。


『昔、それで先生に迷惑をかけた奴等を全員吹き飛ばしてやろうかと思ったんだがな……先生に見つかって使わずに終わった』


 しかし時間をかけ、大量の魔力を込めて作った物なので、いつか使う日が来るかもしれないと捨てずにこっそり取っておいたらしい。

 本当にこの人は……そんな思想だからこそ、ソティルさんは封印に閉じ籠もることを決めたのだろう。


 レンディスさんがチラリとソティルさんの表情を窺う。ソティルさんも、まだそんな物を隠し持っていたのか……と呆れたような顔をしている。



『……恨むなら好きに恨め。じゃあな』



 短い別れの言葉を残し、レンディスさんが地面を蹴り上げる。

 次の瞬間、レンディスさんとソティルさんの姿は跡形もなく消えていた。

 恐らく俺の目では知覚出来ない程の速度でここを離れたのだろう。


『と、トワ……! レンディスさんとソティルさん……本当に行っちゃったの!?』


 それまでハラハラとした表情で成り行きを見守っていたフィーユが泣きそうな声を上げ、『どうしよう……どうしよう……』と言いながら俺に抱き着く。


『なんで……? レンディスさん……最近は一緒に料理作ったり……ちょっとだけ、仲良くなれたのかなって……思ってたのに……』


 フィーユは俺に強く抱き着きながら、『……なんでいなくなっちゃうの? なんで置いてっちゃうの?』と疑問を吐く。


 一度父親に置いていかれたことがあるからだろうか?

 フィーユは置いていかれるという行為に酷く敏感だ。不安を隠せない様子で強く強く俺に抱き着く。


『……レンディスさん、ひどいよ……』


 ぽつりと、フィーユが呟く。

 俺は無言でフィーユを抱きしめ返し、そっと頭を撫でながら、レンディスさんの行動に想いを馳せる。


『……レンディスさんは、多分……いつだって、優先順位を間違えないようにしてるんだと……思う』


 レンディスさんの中で優先すべきものはソティルさんただ一人で。

 ブレることなく、揺らぐことなく、ただ一人だけに想いを注ぐ。

 誰を、何を、一番優先したいのか分からなくなっている俺には、その思いは酷く眩しく見えた。


 多分レンディスさんは、何人の人間の命よりも、肉親の命よりも、そして自分の命よりも、ソティルさんを優先するのだろう。迷うことなく。

 好きに恨めとレンディスさんは言い残したが、レンディスさんを恨む気持ちは湧いてこなかった。


『俺だってさ……よく知らない人達とフィーユ、どっちかを選べって言われたら……フィーユを選ぶよ』


 俺に、誰でも何でも守れる力があればよかった。

 けれどそんなものはない。

 俺はただの、平凡な人間だ。

 どこにでもいる平凡なサラリーマンだ。


『だから……俺はレンディスさんを引き止めることなんて、出来ない……』


 フィーユの頭を撫でながらぽつりとそう零すと、フィーユも俺に抱き着いたまま小さく頷く。


『……わたしも、トワを選ぶ』


 言いながら、自分の言葉にまた嫌気がさす。


 ―― 本当、卑怯だな……俺は。


 頭を振り、気持ちを切り替える。

 とにかく今はこの状況を何とかしなくてはいけない。ファーレスの方を見れば、無表情のままコクリと一回頷きを返してくれる。


 気持ちを切り替えろという意味なのか、はたまた何も考えていないのか分からないが、いつも通りの無表情に少しだけ安堵する。



『フィーユ、竜はまだ感知できない場所にいるか?』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ