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とうとうこの小説も1周年を迎えました。これからも頑張ります!
再び視界が白く包まれ、恐ろしいまでの熱が襲いかかってくる。
―― 熱い……! 苦しい……! 息が、出来ない……!
しかし、何故俺は熱いと、苦しいと感じられているのだろうか?
あの光に呑まれたのなら、人間なんて一瞬で蒸発してしまうだろう。
『……?』
もちを抱きしめたまま、目を開け、少しだけ顔を上げる。
『いっ……でしょ? まも……って!』
―― 「言ったでしょ? 守るって!」
セイの声が、途切れ途切れに響く。
『ト……は、あ……し……して、じし……まん…………にして…………いいのっ!』
―― 「トワは安心して、自信満々にしてればいいのっ!」
こんな時なのに、こんな時だからこそ、セイはいつもの調子で明るく言う。
しかしセイが再び作ってくれた障壁は先程に比べるとかなりガタガタで、やっとこさ拵えたという様子がありありと伝わってくる。
『セイ……! これ以上はセイの魔力が……!』
『だ……じょぶっ!』
竜の一撃を耐えきった後、セイは力強く大丈夫と伝えてくるが、こんな様子で大丈夫なはずはないだろう。
セイは言い訳のように「魔素が乱れてて魔法が使いにくいだけ、魔力のことは心配しなくて大丈夫」と言葉を重ね、いいから早く逃げろと俺を促す。
―― これ以上、セイに魔力を使わせちゃ駄目だ……それにもちも……!
自分が危険な目に合うのは自業自得だ。それも覚悟はしてきた。
死にたくはないが……いざとなったら恐怖に負けそうだが、だがそれでも、覚悟はしている。
けれどもちとセイは、何とかここから逃したい。巻き込みたくない。
―― どうすればいい……? どうしたら……
再び封印に向かって走りながら、必死に考える。
―― 封印、封印まであとどれくらいだ……!?
封印から歩いて来た距離を思い出すと、今の速度では恐らく竜からの3発目も食らってしまうだろう。
必死に足を動かしているが、正直体力も限界だ。足場も悪く、呼吸もままならない。
―― 空を飛べればよかったのに……!
物語やゲームのように、自由自在に空を飛びまわれたなら、ここから逃げることも容易かっただろう。そう考えたところで、1つの案を思いつく。
『……俺が走るよりは、確実にマシだよな……』
俺は立ち止まり、おもむろに服を脱いでいく。
『トワ……!?』
『きゅっ!? きゅー!』
突然の俺の行動に、セイともちが早く逃げろとばかりに叫び声を上げる。悩んでいる暇はない。思いついた可能性に賭けるしかない。
俺はもちの頭を素早く撫でると、脱いだ服でもちと精霊石を包む。
重すぎず、軽すぎず、丁度いい重さだ。
俺はもちと精霊石を包んだ服の端をしっかりと握りしめると、遠心力をかけるようにその場でグルグルと回転する。
俺が飛ぶことは出来ないが、もちと精霊石だけなら遠くまで飛ばせる。イメージは投擲競技だ。
『落ちる時、痛かったらごめん……! セイ、可能なら着地を補佐してやってくれ……! 上手く逃げてくれよ……!』
もちは体が柔らかいからか、落下ダメージには強いはずだ。前に高い所から落ちてもケロッとしていた。
万が一封印の外まで飛ばせなくても、セイが付いていれば封印の位置が分かる。
『付いて来てくれてありがとうな……! 本当に心強かった……!』
俺は精一杯の感謝を込め、叫ぶ。
『じゃあな……っ!』
俺の言葉に、もちとセイが戸惑ったような声を上げる。
俺はそんな声を無視して、もちと精霊石を包んだ服をブンブンと振り回し、回転に合わせて重心を移動させ、遠心力が最大に達したところで手を離す。
空中に放たれたそれは綺麗な放物線を描き、遠く、遠く、飛んでいく。
少なくとも、竜の魔法の範囲外まで飛ばせたと思う。
「はは……俺ってば上手いもんじゃん……」
もち達が飛んで行った方向を眺め、笑う。
火事場の馬鹿力なのだろうか?
自分でも驚く程綺麗に投擲が決まった。回転、手を放すタイミング、全てが完璧だったと胸を張れる。
「こりゃあ元の世界戻ったら……オリンピック選手に選ばれちゃうな……」
ははっと冗談っぽく笑いながら、その場に座り込む。
もち達を逃がせたと安心したら、力が抜けてしまった。
逃げなくては、走らなくてはと思うのだが、足が動かない。
思えば、何かの代表に選ばれたことなんてない人生だった。
いつだって周囲に埋没し、俺が目立つことなんてなかった。
「ごめん……母さん……」
不甲斐ない息子だ。倒れるほどに頑張って育ててくれたのに、俺はそんな母に何を返せたのだろうか?
更には親を残し、寂しい思いをさせようとしている、親不孝者だ。
「ごめん……みんな……」
地面にへたり込み、異世界で会った人達の顔を思い出す。
元の世界に帰れと送り出してくれた人達。俺のために力をふるってくれた人達。
よそ者の俺を、優しく、温かく受け入れてくれた。力を貸してくれた。
―― そして、ずっと一緒だと約束した、仲間。
無表情のファーレスと、馬鹿みたいなやり取りがもう一度したい。
案外ノリよく答えてくれるファーレスとのやり取りは、なかなかクセになる。
笑顔を忘れてしまったあいつの、満面の笑みが見てみたい。
それからフィーユのサラサラの髪を、もう一度撫でたい。
少し恥ずかしそうに、けれどとても嬉しそうに、こちらを見つめてくるあの美しい瞳をもう一度見たい。
親に捨てられ、孤独に恐怖するあの小さな身体を、安心させるように抱きしめてあげたい。
「……やっぱりちゃんと、お別れの挨拶しとけばよかったな……」
無意識に呟いてしまった自分の弱い言葉に驚く。
「……なに、諦めてんだ……俺は……!」
強くなると、誓ったのに。
気合を入れ直すように自分の頬を叩き、酷使し過ぎて震える足を叱咤して再び立ち上がる。
ふらふらと、それでも地面を踏みしめ、前へ進む。
もしかしたら、周囲の魔素が完全になくなっていて、竜は次の一撃を撃てないかもしれない。撃てたとしても、これまでよりずっと弱い一撃かもしれない。
少しでも可能性があるなら、最後までがむしゃらに抗う。
一歩、一歩と歩を進めながら、息を整える。大きく息を吸い込み、もう一度竜に呼びかけようと、空を見上げる。
―― 再び、竜が憎しみに満ちた鳴き声を上げた。