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意図がバレバレなのは少し照れくさいが、セイが嬉しそうなので良しとする。
『あー……練習して完璧に発音してみせるから、楽しみにしててくれ』
『えへへ~! うんうんっ! 楽しみにしてるね~!』
若干、自らハードルを上げてしまった気がする。格好つけた自分の発言をちょっとだけ後悔しつつ、精霊語を習いながら先へ先へ進んでいく。
セイは既に実体化をやめ、声だけの状態に戻っている。傍から見れば、俺はひとりでぶつぶつ言ってる怪しい人物だ。
『ところで……セイは何で実体化やめちゃったんだ? この辺は魔素もたっぷりあるんだろ?』
俺としてはやはり声だけより、姿も見えていた方が何となく話しやすい。表情や仕草から受ける印象と言うのは、コミュニケーションにおいて結構大事だ。
『ん~……ちょっと魔力を温存しとこうかな~と思って~』
『温存?』
『そう〜。これから魔力をいっぱい使うかもしれないし~……ボクは魔力を回復するすべを持たないからね〜……少しでも節約しないと〜!』
『……え?』
軽い気持ちで問いかけたのだが、思いの外深刻な理由を告げられる。
『ボクって魔力を結晶化した存在でしょ~? 今ある魔力を使い切ったら~……多分魔力を回復出来ないと思うんだよね~』
セイが自力で魔力を回復出来ないなんて、考えたこともなかった。言われてみれば魔石の魔力も自動回復なんてしない。使い切ってしまえばそれで終わりだ。
『じゃあ……もし魔力がなくなったら……セイはどうなるんだ……?』
俺は恐ろしい可能性に気付き、震える声で問い掛ける。
本当はこんな質問したくない。
けれど、もしかしたら……もしかしたら良い答えが返ってくるかもしれない。いつもみたいにふわふわと『大丈夫だよ〜!』と笑って欲しい。
『さぁ〜?』
セイはふわふわとした声で、さらりと答える。
そりゃあそうだ。セイにだって答えなんか分かるはずない。
『そ、ソティルさんやレンディスさんなら……セイに魔力を補充出来るんじゃないか……?』
『そうかもね〜……でもさ〜……他の魔力が混ざったら〜……それってボクなのかな〜?』
セイの言葉に、俺は再びハッとさせられる。
『それ、は……』
前にセイが『精霊の魔力は無色透明な感じで、人の魔力は色が付いてる感じ』と表現していた。つまり精霊の魔力と人の魔力は性質が異なるのだろう。
単純に考えるならば、無色透明なものに色付きのものを混ぜたら……それはもう透明ではなくなってしまう。
俺は言葉を失い、深く澄んだ色をした精霊石を見つめる。この石には、あとどれくらい魔力が残っているのだろうか?
『な~んてねっ!』
セイが明るい声で『考えても分かんないし、この話はおしま〜い!』と笑う。
『……セイ』
『不安がっても仕方ないよ〜! なるようになるなる〜! ボクの魔力はまだまだたっぷりあるし〜! 全然だいじょ〜ぶッ!』
セイはそう言うと話題を変えてしまう。俺はセイの話に相槌を打ちながら、漠然とした不安が消えないままだった。
やはりセイだけでも封印の外へ置いて来てしまおうかと考えるが、セイの性格からして、恐らく実体化した身体で精霊石を持って追いかけて来るだろう。限りある魔力を無駄遣いさせてしまうだけだ。
―― セイが大量に魔力を使わざる得ない状況が……どうか来ませんように……
俺は神に祈るように空を見上げる。
結局、神頼みしか出来ない自分が酷く情けなかった。
……
『トワ、近いよ〜……もうスグそこ……!』
少し気まずい空気のまま歩き続けていると、セイがふと緊張した声を上げる。俺は無言で頷き、木の影に隠れて前方の様子を伺う。
「すごい……」
思わず、小さく感嘆の声を上げてしまう。
竜。本物の竜だ。
全長10メートルはあるだろうか?
正に物語やゲームに出て来そうな竜が、森の中にのっそりと横たわっている。幼い頃、博物館で恐竜の模型を見た時のような、憧れ、畏怖、そんな思いが俺を満たす。
竜の身体を纏う鱗が、日の光を反射して鈍く光る。濡羽色……と言うのだろうか?
一見艶のある黒色に見えるのだが、よく見ると青や紫……様々な色の光沢を帯びて見える。
竜は眠っているのか、瞳を閉じていて全く動かない。
俺は大きく息を吸い込み、木の陰から足を踏み出す。
カサリと、足元の葉が大きな音を立てる。その音に反応して、ゆっくりと竜の目が開かれる。爬虫類を思わせる黄金の瞳と、まっすぐ目が合う。
視線が交わった刹那、次の行動は竜の方が早かった。カッと目を見開き、信じられないものを見るように、俺の姿を凝視する。
『……人?』
低く、地の底から響くような声が、俺の鼓膜を震わせる。
『は、はい……! 俺、いえ、私はヨム・サルヴァトーレ・ソティルの友人で、渡永久と――』
慌てて挨拶をしようとしたが、俺の言葉を遮るように竜が凄まじい咆哮を上げる。
『人……ッ! ヒト、ヒト、ヒト……ッ! よくも……よくも我が前にその姿を晒せたな……ッ!!』
目の前の竜がゆっくりと身体を起こし、再び憎しみに満ちた鳴き声を上げる。天を裂く雷鳴のような鳴き声に、鼓膜だけでなく身体全体が震える。
『ま、待って下さい……! 敵対する意思はありません……! 話を……!』
俺が必死に声を上げるが、竜の耳に届いている気配はない。正に聞く耳持たないといった様子だ。
『トワ……! なんか、なんかヤバイよ……! 周囲の魔素がザワザワしてる……! 早く逃げよう……!』
セイが話し合いを諦めて逃げるよう俺を促す。魔素なんて感じられない俺でも、危険な空気はヒシヒシと伝わってくる。
『あ、あぁ……!』
『ボクが魔法で囮を作るから! 早く!』
セイはそう叫ぶと、俺に似た人影を幾つも実体化させ、様々な方向へ解き放つ。俺が逃げた方向を分かりにくくするためだろう。
俺は混乱した頭で、とにかく封印がある方へ走る。走りながら、竜の言葉や態度について必死に考える。
―― 竜と人の間で何かあったんだ……何かは分からないけど、多分よくないことが……!
荒い息を吐きながら、もと来た道を走り抜ける。
―― どうする? どうすればいい? どうしたらこちらに敵対する気はないと伝わる……!?
この島に来た時の嫌な予感は的中した。
竜とまともにやりあえば、死ぬ未来しか見えない。
―― とにかく……! 今は逃げるしかない……!
『トワッ! 来るよッ!』
セイが短く叫ぶ。
来る、来るって何がだ?
竜はその巨体を空に浮かべている。
そして大きく口を開き――




