016【201日目】サシェ作り
ありがたいことに、異世界で元の世界の料理は受け入れられた。次に狙うのは雑貨品と娯楽品だ。
サシェ作りの材料として手当たり次第集めた植物は、部屋で逆さまに吊るしておいた。そろそろしっかり乾燥した頃合いだろう。
「きゅー?」
俺が乾燥した植物を種類分けしていると、俺の作業が気になるのかもちが寄ってくる。
「あ、もち、いじっちゃ駄目だぞー? 大事な商品なんだからなー」
「きゅー」
正確には大事な商品になる予定の物、だが。もちはつまらなさそうに、定位置である俺の頭の上に乗る。
「よしよし、ほら、もちはどれが一番いい匂いだと思うー?」
暇そうなもちに、何種類かの植物の香りを嗅がせてみる。
「きゅ? ……きゅっ!? きゅーっっ!」
バラのような植物の匂い嗅がせた途端、もちが物凄い拒否反応を示し逃げ出す。
「えっ、わっ、ごめん! もち!」
俺は慌ててバラのような植物を箱の中にしまう。もちはバラのような植物の匂いが苦手なようだ。
「いい匂いだと思うんだけどなー……? 人と嗅覚が違うのかなー……? もちー、こっちはどうだー? いい匂いだぞー?」
今度はラベンダーのような植物の匂いを嗅がせてみる。
「きゅ? きゅー!」
もちはふんふん匂いを嗅ぎ、今度はこの匂いが好きだとでもアピールするかの様に、嬉しそうに飛び回る。
「おー! こっちの匂いは好きなのかな? じゃあこれはどうだー?」
次々と色んな種類の匂いを嗅がせた結果、バラのような植物とラベンダーのような植物以外は特に大きな反応を示さなかった。
「んー……? 魔物が好む匂いとか、嫌う匂いとかあるのかなー……?」
検証が必要だなと思いつつ、香りが良かった物を厳選し、サシェの試作品を作ってみる。
「よし……こんな感じかな、と!」
メールから安く売ってもらった端切れ布でドライフラワーを包み、上を紐でお洒落な感じに結ぶ。
……
『メール、今大丈夫?』
俺が声を掛ければ、メールが布を織る手を止め『大丈夫よ、どうしたの?』とこちらを振り返ってくれる。
『次に売り出そうと思ってる試作品を作ったんだけど……』
『まぁ! 頑張ってるわね』
メールは『今度はどんなものかしら?』と楽しそうに笑う。
『その……最初はいつもお世話になってるメールに貰ってほしくて……いつもありがとう、メール』
少し照れつつ、俺はメールに試作品をプレゼントする。何だか母の日にプレゼントを渡した時のような気分だ。
『まぁ……! かわいい! ありがとう、トワ。大事にするわ』
メールは本当に嬉しそうに笑いながら、サシェをぎゅっと胸に抱きしめる。
『中に乾燥させた花…… "ドライフラワー" が入ってるんだ』
『ふふ、すごくいい香りね』
メールはプレゼントしたサシェを気に入ってくれたようで、何度も香りを嗅いで楽しんでいる。
『とっても気に入ったわ!』
『本当? よかった! ……どうかな? 売れると思う?』
女性の目から見てどうなんだろうか?
メールは商売人でもあるし、意見が気になるところだ。
『女性には売れると思うわ! 男性は……どうかしら? あまりこういう物に興味がないかもしれないわね』
メールから見てもやはり、女性にしか売れないと思うようだ。男性に売れないのは俺も想定内なので問題ない。
『元々女性メインで売るつもりだったから、大丈夫』
『そう?』
『メールが売れそうって言うなら一安心だ』
『女性をメインに売るならリボンとかも付けたらどうかしら?』
メールはそう言うと、端切れ布をサシェの形にして紐でまとめたあと、紐の上から色鮮やかなリボンを巻き、ドライフラワーも飾るように編み込みながら、少し手を加える。
『どうかしら?』
メールが手を加えてくれたサシェは、見違えるほど可愛らしくなった。
『すごく良くなった! 流石メールだ!』
『本当? よかったわ』
メールにリボンの巻き方や編み込み方を教えてもらいつつ、俺は気になっていたことを聞く。
『そうだ、魔物が苦手な匂いや好む匂いってあるのかな?』
『魔物が?』
もちが嫌がった匂いや好んだ匂い。これが全魔物共通なのか気になるところだ。もし全魔物で共通ならば、魔物除けや魔物寄せとしてサシェを売り出すことも出来るだろう。
『んー……私にはちょっと分からないわね。魔物のことならレーラーに聞くのがいいと思うわ』
『レーラー?』
聞き覚えのない名だ。俺が忘れているだけで、既に会っている人だろうか?
『あ、トワはまだ会ったことがないわね』
『多分……? どんな人?』
『レーラーは魔物や魔法の研究をしているの。元々は平民なのに、その研究成果が王様に認められて貴族に上がった凄い人なのよ!』
メールが目を輝かせながら、レーラーについて説明してくれる。
『ま、魔法の研究者……!?』
多分メールは『研究成果が王様に認められて貴族に上がった凄い人』という部分を強調していたのだが、そんなことよりも俺は『魔法の研究者』という言葉の方が気になる。
魔法を研究している人なら、異世界を行き来する魔法があるのか知っている可能性が高い。魔物の好む匂いや苦手な匂いなんて後回しだ。帰還に直結する情報を持っているかもしれない。何としてもレーラーに会いたい、出来れば今すぐにでも。
『レーラーに! レーラーに今すぐ会う方法はあるっ!?』
俺が前のめりになってメールに詰めよれば、メールは困ったように答えてくれる。
『今すぐ? 今すぐは……無理だと思うわ。普段は貴族街の研究施設にいるから、なかなか会えないの……』
『そんな……!』
『貴族街に平民が近付いたら……運が悪ければ殺されてしまうこともあるわ……』
メールが言いにくそうに言葉を続ける。流石に命懸けでレーラーに会いに行く勇気はない。
レーラーに会うことは出来ないのと肩を落としていると、そんな俺の様子に気付いたのか、メールが慌てて付け加える。
『だ、大丈夫よ! レーラーは門の外に出る時、いつも平民街に顔を出してくれるから……! その時にきっと会えるわ!』
レーラーに会える可能性が残っていると聞き、少し安堵する。
しかし、レーラーが門の外へ出る頻度がどのくらいなのか気になる。数年に一度なんて頻度だとしたら、そんなに待っていられない。
『次にレーラーが門の外へ出る日は分かる?!』
せめて次に会える日が近ければと思い、再びメールに詰め寄る。
『そうね……大体蜜草が花を咲かせるくらいに来るから……もう少ししたら来るんじゃないかしら?』
蜜草……蜂蜜のような甘味料の原料になる草だったはずだ。蜜草が花を咲かせる時期がいつなのか、俺には分からない。レーラーに会える日がいつなのかが分からず、焦りだけが募る。
異世界での1日……朝日が昇り、夜日が落ちるおおよその時間は元の世界と一緒だった。1週間や1ヶ月という単位はあるのか分からないが、4日働いたら1日休む……という周期で働いている人が多い気がする。
『メール、何日後か分かる?! 大体でもいい……!』
『な、何日……? ええと……これまで通りなら……100日後? くらいかしら……?』
メールは必死にこれまでの記憶から考えてくれているのだろう。指折り数え、おおよその日数を教えてくれる。100日と聞き、あまりの日数に気が遠くなるが、どうすることも出来ないため、焦っても仕方がない。
『ごめん……ありがとう。もしレーラーが平民街に来たら教えてほしい。聞きたいことがあるんだ』
冷静さを欠き、荒々しい口調で詰め寄ってしまったことを謝罪し、レーラーに会いたい旨を改めて伝える。
『大丈夫よ……分かったわ、皆にも伝えておくわね』
『ありがとう……』
『レーラーが……いい答えを知ってるといいわね』
『うん……』
メールは優しく微笑みながら励ましてくれるが、何だか元気がないような気がする。俺が荒々しく詰め寄ってしまったせいかと心配になり、謝罪を重ねる。
『あの、メール……本当にごめん。俺、妙に苛立って……』
『えっ!? 大丈夫よ? 気にしないで?』
『うん……ごめん……』
『そんなに落ち込まないで、トワ! ほら、サシェをどう売り出すか、一緒に考えましょう?』
俺が苛立ったせいで少し変な空気になってしまったが、メールの気遣いもあり、その後は気を取り直してサシェの販売戦略について話し合った。
……
「レーラーさん、か……」
「きゅー?」
部屋に戻り、もちを撫でながら考える。
レーラーに会ったらまず何から話せばいいんだろうか。
自分が異世界から来たこと。
異世界を知っているかどうか。
異世界を行き来するような魔法があるかどうか。
もしくはそんな魔法を聞いたことがないかどうか。
それから童話の女神様について。
「レーラーさんが知らなかったら、知ってそうな人を紹介して貰えないか頼んでみるか……」
研究所の人がそういう魔法を知っている場合もあるかもしれない。
「やっと……情報が手に入るかもしれない……」
「きゅ?」
俺は鞄からそっと家の鍵を取り出し、握り込む。
お金を稼ぎながらずっと情報を集めてきた。
しかし得られる回答は
『知らない』
『聞いたことがない』
という言葉ばかりで、碌に情報は集まらなかった。
童話の方も同様で、童話自体を知っていても、それが実話なのかどうかや、女神様の正体や実在するかどうかを知っている人はいなかった。
ノイの平民街で情報を集めるのは、正直もう無理かと思っていた。ノイの貴族街に忍び込むか、次の街に足を伸ばさなければいけないかと思っていたところに、一筋の光明が差した。
「よしっ!筋トレと勉強して、今日はもう寝よう!」
「きゅっ!」
ノイの街についてからずっと日課にしている筋トレと、現地語の勉強をして寝床に入る。
「おやすみ、もち」
「きゅー」
異世界生活201日目、帰還への道が開けるよう、祈りながら俺は眠りについた。