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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第8章【ドラーク編】
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日々読んで下さりありがとうございます。感想やFA、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております!

 

『なっさけねぇ面だなぁ……』


 俺の目の前に立った赤髪の竜人は、心底呆れた声を上げる。

 そのままもう一度俺の頭をグイッと掴むと、無理矢理上を向かせる。


「きゅ……きゅーっ!」


 俺の頭が掴まれたのを見て、馬車の隅で震えていたもちが赤髪の竜人に飛び掛かる。


「もちっ! やめろっ! お前は隠れてろっ!」


「きゅーっ!!!」


 俺が声を上げるが、もちは止まらない。壁を使い、勢いよく赤髪の竜人に体当たりする。


 ―― 俺のせいで、もちまで……!


 俺は頭を握られたまま、必死にもちを逃がそうと藻掻く。

 赤髪の竜人は『はぁ……』と大きく溜息を吐くと、『落ち着けよ……』と呆れたように言う。


『弱ぇ奴に手は出さねぇって言ってるだろ?』


 赤髪の竜人はもちを捕まえると、右手に俺の頭を、左手にもちの身体を持つ。

 そのまま俺ともちを上に持ち上げ、半ば強制的に目を合わせると、ニッと満足げな笑みを浮かべる。


『勝ち目のねぇ相手に、それでも立ち向かおうとする。いい根性じゃねぇか。その意気やよし、だ』


 赤髪の竜人は褒めるようにそう言うと、ゆっくりと俺達を床に下ろす。竜人の手は無論、加減していたのだろうがかなり痛かった。


『俺達の仲間に加えてやりてぇくらいだが、ま、お前らじゃ弱過ぎて話になんねぇな』


 赤髪の竜人は苦笑しながらそう言うと、『そんだけだ。じゃあな』と再び空に飛び立って行ってしまう。


 ―― 見逃して、くれた……?


 何が起きたのか理解が追いつかないまま、離れていく竜人の背を見送る。


「きゅっ? きゅーっ!」


「もち……」


 俺は心配そうに飛び付いてくるもちをぎゅっと抱きしめると、身体から力を抜き、再び涙を流す。


 ――  見逃されたんじゃないな……相手にされてないだけだ……


 例えば子供が……いや、小さな赤ん坊がポカポカ叩いてきたとして、本気で怒る大人なんているだろうか?


「……クソッ」


 安堵と共に、悔しさが湧き上がる。

 赤髪の竜人は最初から俺のことなんて、一切眼中になかったのだ。

 泣いてる子供を構って、あやして上げただけなのだ。

 俺は元より、同じ戦場になんて立っていなかった。


 馬車から出て、空を見上げる。

 いつの間にか日が沈み、辺りは薄暗くなっている。

 上空ではまだ戦闘が続いているようで、微かに魔法とおぼしき光が見える。



「全然、届かないな……」



 もう一度空の上に行くことも出来ない。

 俺はただ、空を見上げていることしか出来ない。

 空に向かって手を伸ばしてみるが、虚しくなってすぐに下ろす。


 ―― 遠い。


 何もかもが遠く、俺のいないところで繰り広げられて行く。



「フィーユ……ファーレス……皆、無事でいてくれ……」



 祈るように、拳を握る。

 俺に出来ることなんて、それくらいしかなかった。



 ……



 地上でただ待つだけの、永遠にも思える長い時。

 魔石銃のスコープなども使い、何とか戦闘の様子を探れないか試したが、暗すぎるせいか、遠すぎるせいか……戦闘の様子を見ることは叶わなかった。


 結局、戦闘が終わったのは、それから1時間ほど経った後だ。

 何故戦闘終了が分かったかと言えば、ソティルさん達が地上へ降りてきてくれたからだ。

 どうやらエクウスの魔力を頼りに、この馬車を見つけてくれたらしい。


『トワ……! 無事だったんですね……! 良かった……!』


『……ソティルさんも、無事で良かったです』


 心配そうな顔で駆け寄って来てくれたソティルさんにそう返すも、どんな表情をしていいか分からない。


『……戦闘は、終わったんですか?』


『はい。殺してはいませんが、大半の魔物が戦闘不能になりました。数日はまともに動けないと思います』


『そう、ですか……。その、他のメンバーは……?』


 おずおずとそう問いかけると、ソティルさんがにっこりと笑う。


『大丈夫、皆無事です』


 その言葉を裏付けるように、ソティが引く馬車から他のメンバーも続々と降りてくる。

 最初にレンディスさんが、そしてレンディスさんに続き、フィーユもファーレスの手を借りながら一緒に降りて来た。


 ―― よかった……フィーユ、無事だったのか……


 皆疲労はしている様子だが、大きな怪我もなさそうだ。

 安堵の溜息を吐きかけ、同時に自己嫌悪に(さいな)まれる。


 ―― 俺だけ戦線離脱して……

 ―― いや、そもそもなんの役にも立てなくて……


 気まずさから、降りて来たメンバーに目も合わせられず、声もかけられない。

 するとフィーユが俺に駆け寄り、ぽろぽろと涙を零しながら勢いよく抱き着いてくる。


『トワ……! 私……! 肝心なところで倒れちゃって……! 守るって言ったのに……! ごめんなさい……!』


 まだ少し青白い顔をしているが、立ち上がれる程度に回復したようだ。


『違う……違うよ、フィーユ……俺こそ……何も出来なくて……ごめん、ごめんな……!』


 懺悔するように、フィーユを抱きしめ謝罪する。

 止まったはずの涙が、再び流れてきた。


『ファーレスも、ごめん……ソティルさんもレンディスさんも、何も出来なくて、本当にすみません……』


 涙と共に、謝罪の言葉が溢れてくる。


『……いや』


 ファーレスは無表情のままそれだけ返すと、「気にするな」とでも言うように俺の肩を叩く。


『トワは頑張っていましたよ。竜人の魔法を止めたあの不思議な技……驚きました』


 ソティルさんは励ますように俺の背中を撫でた後、『魔力を持たないトワがどうやってあの技を使ったのか……後で教えて下さい』と笑う。

 レンディスさんはソティルさんに背中を撫でられた俺を忌々し気に睨んだ後、『元から、お前には何の期待もしていない』と吐き捨てるように言う。


『レンディス!』


 ソティルさんが叱るようにレンディスさんの名を呼ぶと、レンディスさんは気まずげに『……だから、落ち込む必要はない』と少しだけ優しく言葉を付け加えてくれる。


『ありがとう……ございます……』


 落ち込んだ表情をしていたら、周りに気を使わせるだけだと必死に笑顔を作る。

 するとフィーユが顔を上げ、そっと俺の手を握る。


『トワは……何も出来なくないよ……!』


 ぎゅっと俺の手を握り、叫ぶ。


『確かにトワは弱いかもだけど……! でも、トワは他のことがいっぱい出来るもん……!』


 泣かないで、そんな悲しい顔しないでと、俺の涙を乱暴に拭いながらフィーユが叫ぶ。


『魔力なんかなくたって、トワは美味しいお料理を作ってくれるし、皆が知らないことを沢山知ってるし、何も出来なくないよ! 私はトワが教えてくれなきゃお料理も全然作れないし、色んな事知らないし……魔力がいっぱいあるよりも、そっちの方がすごいって思うよ!』


 魔力なんか、なくていいのだとフィーユが訴える。


『……あぁ』


 ファーレスもフィーユの言葉に同意するように頷くと、馬車から取って来たのであろうじゃがいもを1つ、スッと俺に差し出す。多分、料理しろということなのだろう。

 そっとフィーユの頭を撫で、俺はファーレスからじゃがいもを受け取る。


『……じゃがバターでいいか?』


『……あぁ』


 ファーレスは無表情のまま頷くと、そのまま馬車の方へ戻って調理器具等を外に運び始める。早速料理の準備をしているようだ。


『ロワイヨムで買い込んだ食材は沢山あります。活躍、期待してますよ。トワ』


 ソティルさんも両手に食材を持ち、笑いながら俺に差し出す。


『……今はまだ、先生を喜ばすこの料理を俺は作れない。今だけ役目を譲ってやるから、さっさと作れ』


 レンディスさんは苛々とした様子でそう言いつつ、ソティルさんが食材を運ぶのを手伝う。


『トワ、私もお手伝いするから、美味しい料理、いっぱい作ろ!』


 フィーユはそう言って『私、お腹すいちゃった!』と笑う。


『……ありがとう。フィーユ、みんな……』


 俺は受け取ったじゃがいもを握りしめ、顔を上げる。



『最高に美味しい料理、腕によりをかけて作るから!』




 異世界生活570日目、今はまだ、俺は俺の出来ることを……そう思いながら、皆に沢山の料理を振舞った。


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