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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第8章【ドラーク編】
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日々読んで下さりありがとうございます。感想やFA、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております!

 


 ―― なんで、何で赤髪の竜人がここにいるんだ……?



 俺はただただ呆然と、赤髪の竜人を見つめる。


 竜人は近くでよく見ると、全身が鱗で覆われているようだ。

 皮膚だと勘違いしていた部分には、肌色の細かな鱗が生えている。これでは魔法で肉体強化していなかったとしても、銃弾は効かなかったかもしれない。


 オールバック風に後ろへ流された赤い髪が、男の荒々しさを体現するかのように四方へ跳ねている。


 スコープ越しに見た、意思の強そうな瞳と視線が交わる。


『あー……? なんだよ、声が聞こえると思ったら、中にも何か乗ってたのか』


 赤髪の竜人はポリポリと頭を掻きながら馬車の中を覗き込み、ゆっくりとそんな言葉を吐く。


 ―― 言葉、通じるのか……


 俺は恐怖のあまり、妙にどうでもいい部分に驚く。何となく、勝手なイメージで言葉が通じないと思っていた。

 このセリフからして、やはり赤髪の竜人が馬車の落下を止め、俺達を助けてくれたのだろうか?


 ―― 何で攻撃していた敵を助けるんだ?

 ―― まさか、俺達を人質にするため……?


 冷静に考えてみれば、赤髪の竜人は馬車の中に人がいることを知らなかったので、人質という選択肢はないのだが、混乱していた俺はそんなことに気付く余地もなかった。

 俺の混乱や動揺に気付いているのかいないのか、赤髪の竜人はニッと気さくな笑顔を浮かべ、口を開く。


『よぉ、悪かったな。お前らまで巻き込んじまって』


 笑った口から鋭い牙のような犬歯が見え、優しげな笑みのはずなのに恐怖が増す。


『な、なん……で……?』


 もちをきつく抱きしめたままガタガタと体を震わせ、俺が絞り出したのはそんな言葉だった。


 何で俺達を攻撃したんだ?

 何で俺達を助けたんだ?

 何で言葉が通じるんだ?


 様々な疑問が頭を巡り、『なんで』という言葉に集約される。


『あぁ? あぁ……弱いもの虐めはしねぇ主義だからな。弱い奴は強い奴が守ってやるもんだろ?』


 赤髪の竜人は少し考える素振りを見せたあと、俺の問いかけを『何故、助けたのか?』という意味だと捉えたらしく、そんな答えを返す。


 弱いもの虐め。

 確かに竜人が俺やもちを攻撃したら、完全に弱いもの虐めだ。


 ―― 本当にそんな理由なのか……?


 赤髪の竜人の言葉を素直に信じられず、探るように相手の様子を窺う。赤髪の竜人は堂々とした態度で、嘘を吐いている素振りはない。


『んなビクビクすんな。弱ぇ奴に手は出さねぇって』


 赤髪の竜人はヘラリと笑い、俺達を安心させるように少しだけ優しげな声を出す。俺はその表情と声音に背中を押され、怯えながらも必死に声を絞り出す。


『あ、あの……! な、何で俺達を……攻撃したんですか!? 俺達に戦う意志はありません……! ただここを通りたいだけです……! お互い犠牲が出る前に、こんな戦い、終わりにしませんか……!』


 一息に、叫ぶ様にこちらの意思を伝える。

 言葉が通じるのは幸運だった。言葉が通じれば対話が出来る。交渉が出来る。

 ここでの交渉が上手く行けば、こんな無意味な戦いを終わらせることが出来るかもしれない。


『あぁ……? 何だよ、ゴチャゴチャと面倒くせぇなぁ……』


 赤髪の竜人は分からず屋の子供に絡まれたような、煩わしそうな表情を浮かべ、深く溜息を吐く。

 しかし気を取り直したように、『まー……巻き込んじまった詫びか』と言うと、俺の方へしっかりと目を向ける。


『あー……お前らを攻撃した理由だっけか? まー……そりゃ、アレだ。強ぇ奴がいたらボコる。俺達の強さを示す。そんだけだ』


 酷くあっさりと、赤髪の竜人が言い切る。


『そ、それだけって……そんな、そんなことして何になるんですか……? 自分達も傷付くだけじゃないですか……!』


 あまりに簡潔な答えに、俺は思わず非難めいた声を上げる。

 意味が分からない。

 何故自分より強いものにわざわざ喧嘩を売るのだろうか?


『あぁ? 強ぇ奴をボコり続けりゃ、いつかは俺達が最強になるだろ?』


『ま、負けたらどうするんですか……!?』


 自分より強いものに挑み、勝ち続けるならば、赤髪の竜人の言う通りになるだろう。しかし実際は、自分達より強い相手に挑むのだから、負ける確率の方が高いはずだ。


『お前は馬鹿か? なんでやる前から負けることを考えんだよ。やるからには勝つ。そんだけだろ』


 何か確率を覆すような秘策や戦略があるのかと思えば、ただ突っ込んで行くだけのようだ。


『そんな、無茶な……ただ死にに行くようなものじゃないですか……』


 赤髪の竜人の考え方の方が、よっぽど愚かだと思うのだが、竜人は皆こんな考え方をするのだろうか?

 困惑する俺に対し、赤髪の竜人は「何故分からないのかが分からない」と言わんばかりに、眉を寄せる。


『別にいつかは死ぬんだから構わねぇだろ。負けたら早く死ぬだけだ』


 ―― 理解出来ない。


 俺には赤髪の竜人の考えが、全く理解出来ない。

 死にたくないと、彼等は思わないのだろうか?


『ま、んな訳で上の奴等と決着がつくまで、この戦いを終わらせる気はねぇよ』


 ヒラヒラと手を振り、さらりとこちらの提案を跳ね除ける。

 そこで『あ』と声を上げ、思い出したようにこちらへ忠告する。


『決着がつくまで、お前らは危ねぇから下で待ってろよ?』


 赤髪の竜人はそう言うと、魔法らしき力で馬車をゆっくりと地面に下ろす。

 どうやら地面まであと数10メートルほどしかなかったようだ。

 赤髪の竜人が助けてくれるのがあと数秒でも遅かったら、俺達は地面に叩きつけられて死んでいただろう。


 礼を言うべきなのか迷ったが、そもそも死にそうになったのは竜人達のせいなので、俺は困惑した表情で赤髪の竜人を見るだけに留めた。


 ―― 助けてくれたし、俺達の心配もしてくれたし……悪い人では、ないのか……?


 赤髪の竜人は落下する馬車を見て、わざわざ戦線を離れてまで助けに来てくれた様子だ。血も涙もないような人物なら、落ちていく馬車なんて放っておくだろう。


『お前らを巻き込んじまったのは、本当に悪いと思ってんだぜ? ま、死ぬとこを助けてやったんだから、チャラってことで頼むぜ。悪かったな』


 赤髪の竜人は、人の生死が掛かっていたとは思えないほどあっさりと、軽い謝罪を行う。


『ま、ぶっちゃけ俺が助けてやろうと思ったのは、外の魔物なんだけどな。馬車は空っぽだと思ってたしよ』


 赤髪の竜人はエクウスを指差しながらそう言うと、『お前らもついでに助かってラッキーだったな』と笑う。


『ら、ラッキーって……』


 あまりにも身勝手な言い分に、俺は呆然と赤髪の竜人を見つめる。


『あ、貴方は……! 人の命を何だと思ってるんですか……!?』


 実際、死ぬとこだった。死ぬとこだったのだ。

 突然襲いかかってきて、人を殺しかけておいて、『助かってラッキー』って、何だそれは。


 倒れたフィーユの姿や、自分が落下していた時の恐怖を思い出し、俺は思わず赤髪の竜人に詰め寄る。


『おいおい、そんな怒んなよ。悪かったって謝ってるだろ?』


 赤髪の竜人はヘラヘラとした笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。


『大体よ……さっきも言ったが、死ぬのがちょっと早ぇか遅ぇかの違いだろ? そんな大した事じゃねぇだろ』


 理解が出来ない。

 同じ言葉を話しているはずなのに、何故こんなにも思いが通じないのだろうか?


『大した違いでしょう!? あ、貴方は……死にたくないと思わないんですか!?』


 俺は思う。

 みっともなくても、情けなくても、涙を流しながら、それでも死にたくないと強く願う。


『別に思わねぇワケじゃねぇけどよ……死にたくないって言ったって、いつかは死ぬしな』


『せ、精一杯生きてから死ぬのと、突然命を奪われるのは違うでしょう!?』


 どこまでも会話が噛み合わない。

 俺の言葉に、赤髪の竜人は不思議そうに首を傾げる。



『じゃあ聞くけどよ、偉そうに説教くせぇこと言ってる、お前はどうなんだ?』



 赤髪の竜人はそんな聞き方をしつつも、それほど気分を害した様子もなく、ニヤリと笑いながら俺に問いかける。



『お前は自分以外の命を奪ったことも、傷付けたこともないのか?』



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