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―― なんで、何で赤髪の竜人がここにいるんだ……?
俺はただただ呆然と、赤髪の竜人を見つめる。
竜人は近くでよく見ると、全身が鱗で覆われているようだ。
皮膚だと勘違いしていた部分には、肌色の細かな鱗が生えている。これでは魔法で肉体強化していなかったとしても、銃弾は効かなかったかもしれない。
オールバック風に後ろへ流された赤い髪が、男の荒々しさを体現するかのように四方へ跳ねている。
スコープ越しに見た、意思の強そうな瞳と視線が交わる。
『あー……? なんだよ、声が聞こえると思ったら、中にも何か乗ってたのか』
赤髪の竜人はポリポリと頭を掻きながら馬車の中を覗き込み、ゆっくりとそんな言葉を吐く。
―― 言葉、通じるのか……
俺は恐怖のあまり、妙にどうでもいい部分に驚く。何となく、勝手なイメージで言葉が通じないと思っていた。
このセリフからして、やはり赤髪の竜人が馬車の落下を止め、俺達を助けてくれたのだろうか?
―― 何で攻撃していた敵を助けるんだ?
―― まさか、俺達を人質にするため……?
冷静に考えてみれば、赤髪の竜人は馬車の中に人がいることを知らなかったので、人質という選択肢はないのだが、混乱していた俺はそんなことに気付く余地もなかった。
俺の混乱や動揺に気付いているのかいないのか、赤髪の竜人はニッと気さくな笑顔を浮かべ、口を開く。
『よぉ、悪かったな。お前らまで巻き込んじまって』
笑った口から鋭い牙のような犬歯が見え、優しげな笑みのはずなのに恐怖が増す。
『な、なん……で……?』
もちをきつく抱きしめたままガタガタと体を震わせ、俺が絞り出したのはそんな言葉だった。
何で俺達を攻撃したんだ?
何で俺達を助けたんだ?
何で言葉が通じるんだ?
様々な疑問が頭を巡り、『なんで』という言葉に集約される。
『あぁ? あぁ……弱いもの虐めはしねぇ主義だからな。弱い奴は強い奴が守ってやるもんだろ?』
赤髪の竜人は少し考える素振りを見せたあと、俺の問いかけを『何故、助けたのか?』という意味だと捉えたらしく、そんな答えを返す。
弱いもの虐め。
確かに竜人が俺やもちを攻撃したら、完全に弱いもの虐めだ。
―― 本当にそんな理由なのか……?
赤髪の竜人の言葉を素直に信じられず、探るように相手の様子を窺う。赤髪の竜人は堂々とした態度で、嘘を吐いている素振りはない。
『んなビクビクすんな。弱ぇ奴に手は出さねぇって』
赤髪の竜人はヘラリと笑い、俺達を安心させるように少しだけ優しげな声を出す。俺はその表情と声音に背中を押され、怯えながらも必死に声を絞り出す。
『あ、あの……! な、何で俺達を……攻撃したんですか!? 俺達に戦う意志はありません……! ただここを通りたいだけです……! お互い犠牲が出る前に、こんな戦い、終わりにしませんか……!』
一息に、叫ぶ様にこちらの意思を伝える。
言葉が通じるのは幸運だった。言葉が通じれば対話が出来る。交渉が出来る。
ここでの交渉が上手く行けば、こんな無意味な戦いを終わらせることが出来るかもしれない。
『あぁ……? 何だよ、ゴチャゴチャと面倒くせぇなぁ……』
赤髪の竜人は分からず屋の子供に絡まれたような、煩わしそうな表情を浮かべ、深く溜息を吐く。
しかし気を取り直したように、『まー……巻き込んじまった詫びか』と言うと、俺の方へしっかりと目を向ける。
『あー……お前らを攻撃した理由だっけか? まー……そりゃ、アレだ。強ぇ奴がいたらボコる。俺達の強さを示す。そんだけだ』
酷くあっさりと、赤髪の竜人が言い切る。
『そ、それだけって……そんな、そんなことして何になるんですか……? 自分達も傷付くだけじゃないですか……!』
あまりに簡潔な答えに、俺は思わず非難めいた声を上げる。
意味が分からない。
何故自分より強いものにわざわざ喧嘩を売るのだろうか?
『あぁ? 強ぇ奴をボコり続けりゃ、いつかは俺達が最強になるだろ?』
『ま、負けたらどうするんですか……!?』
自分より強いものに挑み、勝ち続けるならば、赤髪の竜人の言う通りになるだろう。しかし実際は、自分達より強い相手に挑むのだから、負ける確率の方が高いはずだ。
『お前は馬鹿か? なんでやる前から負けることを考えんだよ。やるからには勝つ。そんだけだろ』
何か確率を覆すような秘策や戦略があるのかと思えば、ただ突っ込んで行くだけのようだ。
『そんな、無茶な……ただ死にに行くようなものじゃないですか……』
赤髪の竜人の考え方の方が、よっぽど愚かだと思うのだが、竜人は皆こんな考え方をするのだろうか?
困惑する俺に対し、赤髪の竜人は「何故分からないのかが分からない」と言わんばかりに、眉を寄せる。
『別にいつかは死ぬんだから構わねぇだろ。負けたら早く死ぬだけだ』
―― 理解出来ない。
俺には赤髪の竜人の考えが、全く理解出来ない。
死にたくないと、彼等は思わないのだろうか?
『ま、んな訳で上の奴等と決着がつくまで、この戦いを終わらせる気はねぇよ』
ヒラヒラと手を振り、さらりとこちらの提案を跳ね除ける。
そこで『あ』と声を上げ、思い出したようにこちらへ忠告する。
『決着がつくまで、お前らは危ねぇから下で待ってろよ?』
赤髪の竜人はそう言うと、魔法らしき力で馬車をゆっくりと地面に下ろす。
どうやら地面まであと数10メートルほどしかなかったようだ。
赤髪の竜人が助けてくれるのがあと数秒でも遅かったら、俺達は地面に叩きつけられて死んでいただろう。
礼を言うべきなのか迷ったが、そもそも死にそうになったのは竜人達のせいなので、俺は困惑した表情で赤髪の竜人を見るだけに留めた。
―― 助けてくれたし、俺達の心配もしてくれたし……悪い人では、ないのか……?
赤髪の竜人は落下する馬車を見て、わざわざ戦線を離れてまで助けに来てくれた様子だ。血も涙もないような人物なら、落ちていく馬車なんて放っておくだろう。
『お前らを巻き込んじまったのは、本当に悪いと思ってんだぜ? ま、死ぬとこを助けてやったんだから、チャラってことで頼むぜ。悪かったな』
赤髪の竜人は、人の生死が掛かっていたとは思えないほどあっさりと、軽い謝罪を行う。
『ま、ぶっちゃけ俺が助けてやろうと思ったのは、外の魔物なんだけどな。馬車は空っぽだと思ってたしよ』
赤髪の竜人はエクウスを指差しながらそう言うと、『お前らもついでに助かってラッキーだったな』と笑う。
『ら、ラッキーって……』
あまりにも身勝手な言い分に、俺は呆然と赤髪の竜人を見つめる。
『あ、貴方は……! 人の命を何だと思ってるんですか……!?』
実際、死ぬとこだった。死ぬとこだったのだ。
突然襲いかかってきて、人を殺しかけておいて、『助かってラッキー』って、何だそれは。
倒れたフィーユの姿や、自分が落下していた時の恐怖を思い出し、俺は思わず赤髪の竜人に詰め寄る。
『おいおい、そんな怒んなよ。悪かったって謝ってるだろ?』
赤髪の竜人はヘラヘラとした笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
『大体よ……さっきも言ったが、死ぬのがちょっと早ぇか遅ぇかの違いだろ? そんな大した事じゃねぇだろ』
理解が出来ない。
同じ言葉を話しているはずなのに、何故こんなにも思いが通じないのだろうか?
『大した違いでしょう!? あ、貴方は……死にたくないと思わないんですか!?』
俺は思う。
みっともなくても、情けなくても、涙を流しながら、それでも死にたくないと強く願う。
『別に思わねぇワケじゃねぇけどよ……死にたくないって言ったって、いつかは死ぬしな』
『せ、精一杯生きてから死ぬのと、突然命を奪われるのは違うでしょう!?』
どこまでも会話が噛み合わない。
俺の言葉に、赤髪の竜人は不思議そうに首を傾げる。
『じゃあ聞くけどよ、偉そうに説教くせぇこと言ってる、お前はどうなんだ?』
赤髪の竜人はそんな聞き方をしつつも、それほど気分を害した様子もなく、ニヤリと笑いながら俺に問いかける。
『お前は自分以外の命を奪ったことも、傷付けたこともないのか?』