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人に向けて銃なんて撃ちたくない。
しかし手を止めるわけにはいかない。
今は本当にギリギリの状況で均衡を保っている。誰か1人でも欠ければ、多分犠牲者が出る。
「つーか、レンディスさんがやられたらおしまいなんだけど……」
敵の9割近くはレンディスさんが受け持っている様な状況だ。残りをレンディスさん以外のメンバーで対処しているわけだが、それでもキツイ。
「レンディスさんがいなかったらどうなってたことやら……」
いや、そもそもレンディスさんの強い魔力に引き寄せられて竜人が来ているとしたら、レンディスさんがいなければこんな事態にはならなかったのかもしれない。
「たられば話なんて意味ないか……」
レンディスさんがいなかったら、俺達はドラークへ行くことも出来なかった。それにレンディスさん程じゃないにしても、フィーユも魔力が強いので、結局はこうなっていただろう。
「でも本当、なんで自分より強い奴に喧嘩売るんだコイツら……。いい加減諦めて撤退してくれよ……」
……
竜人達と戦闘になって、かれこれ1時間は経過しただろうか。
死んではいないが戦闘不能になった竜人も多く、確実に敵の数は減っているはずだが、いかんせん敵の数が多すぎる。倒しても倒してもきりがない。
ソティルさんやレンディスさん、ファーレスはまだ余裕そうだが、フィーユはかなり限界に近付いている。
しゃがみこんだまま、顔を上げることさえ辛そうな様子で、魔力回復薬を飲んではゲホゲホと噎せこんでいた。身体がこれ以上の無理を拒否しているのかもしれない。
「フィーユ……」
馬車の中から見ていることしか出来ない自分が悔しかった。
ソティルさんとファーレスもフィーユを気に掛けているようだが、戦線から下げることはしない。フィーユが抜けたら、一気に均衡が崩れてしまうことが目に見えているからだろう。
「早く、早く戦闘を終わらせないと……」
そう思うのだが、竜人達の攻撃は緩まない。
命を燃やせとばかりに、特大の魔法を放ってくる。
「クソ……ッ!」
……
そしてとうとう、その時が来てしまった。
フラフラと魔力回復薬を飲もうとしたフィーユが、そのままぱたりと倒れる。
「フィーユッ!!」
その瞬間、俺もソティルさんもファーレスも、思わずフィーユの方を振り返った。
―― 攻撃の、手が止まる。
―― 隙が、生まれる。
レンディスさんだけは変わらず攻撃を続けていたが、1人で竜人の魔法を全て止めるのは不可能だ。いや、レンディスさんなら出来るのかもしれないが、ソティルさん以外を守る気が皆無だ。
竜人達はチャンスだとでもいうように、更に激しく魔法を放つ。
手当たり次第に放たれた魔法の1つが、俺のいる馬車に飛んでくる。
ソティルさんもファーレスも、自身や倒れたフィーユに向かって飛んでくる魔法を撃ち落とすので精一杯で、こちらまで手が回らない。
『ヒイィイィイィイイィンッッッ!!!!』
エクウスのけたたましい鳴き声と共に、馬車が大きな衝撃に包まれる。
「うわあぁあぁあああぁぁっっっ!!!」
馬車の中で、天地がひっくり返る。
恐らく竜人の魔法が馬車の側面に当たり、馬車が吹っ飛ばされたのだろう。
次に来たのは嫌な浮遊感だ。
急降下するエレベーターに乗っていたら、こんな感じなのかもしれない。
―― 落ちてる!?
吹っ飛ばされた衝撃で、レンディスさんの作った道から外れてしまったらしい。
窓の外の景色が物凄い勢いで流れていく。
―― 死ぬ?
―― 死ぬのか?
―― ここで?
―― こんなところで?
―― こんな形で?
今は上空何メートルなのか、地面に叩きつけられるまであと何秒あるのか、一体このわずかな間に何が出来るのか。
ただただ恐怖だけが頭を支配していた。
自分が死ぬという実感が湧かないのだが、ただ怖い。
「きゅううぅぅううぅ……!」
もちも同じ恐怖を感じているのか、悲鳴のような、情けない鳴き声を上げる。
俺は思わずもちを引き寄せ、潰れるほど強く抱きしめる。
もちを守ろうと思ったのか、ただ自分が何かに縋りたかったのか、よく分からない。
ただもちを抱きしめ、落下する馬車の中で悲鳴を上げ続けた。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
このまま地面に叩きつけられて、グシャリと、動かぬ肉塊になる。想像したくないのに、グロテスクな姿になった自分が思い浮かぶ。
俺が捌いたウリボーみたいに。
俺が撃った魔物みたいに。
ナーエの警備兵みたいに。
真っ赤な花を咲かす。
落下し始めて何秒経ったのだろう?
何秒後に自分は死んでしまうのだろう?
「ごめん、母さん……」
キツく目を瞑り、もう駄目だと覚悟を決めた瞬間。
ガクリと、唐突に馬車の落下が止まる。
まるで時が止まったかのように、物理法則を完全に無視した唐突な停止だ。
「……止まっ……た……?」
通常ではあり得ない止まり方に、俺は思わず伏せていた顔を上げ、キョロキョロと辺りを見渡す。しかし窓からは相変わらず空しか見えない。
『そ、ソティルさん……? レンディスさんですか? ファーレス? フィーユ? もしかしてセイか?』
誰かが魔法で馬車の落下を止めてくれたのだろうか?
可能性が高そうな順に名前を呼ぶが、返事がない。
「助かった……のか……?」
空中で停止しているであろう馬車の中で、俺は座り込んだままボロボロと涙を流す。
恐怖による涙なのか、命が助かったことによる安堵の涙なのか、自分の情けなさによる悔しさの涙なのか、思考がグチャグチャで分からない。
嗚咽を漏らしながら、必死に涙を止めようと試みるが、涙が止まる気配はない。仕方なく洋服の袖でグシャグシャと涙を拭い、鼻をすする。
「クソ……情けねえ……」
俺の呟きとほぼ同時に、ガタッという大きな音がして馬車の扉が開かれる。
俺が押しても引いてもビクともしなかった扉を、いとも簡単に開けながら、顔を覗かせたのは――
赤髪の、竜人だった。




