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赤髪の竜人に弾が当たる。
当たった……はずだ。
赤髪の竜人は弾が当たった箇所に一瞬気を取られたが、それだけだった。まるで子供が投げた小石にでも当たったかのような……そんな反応だ。
「効いて……ない……?」
頭を狙ったつもりだったが、鎧部分に当たってしまったのかもしれない。そう思い、今度は慎重に頭を狙う。
―― パンッ
今度こそ、頭に、額のど真ん中に弾が当たった。
スコープから目を逸らさず、弾の行く先をしっかりと見ていたからそう断言出来る。
だが、それでも赤髪の竜人は倒れなかった。
倒れないどころか、一切ダメージを食らっている様子もない。
若干眉をひそめて不快気な顔をしているので、当たったという感触はあるのだろう。
―― 俺の唯一の武器が、効かない。
ふと、ナーエでもち救出作戦を計画していた時、ミーレスが語った言葉を思い出す。
―― 『面白い武器だな。だが貴族は常時防御魔法を発動しているはずだ。生身の貴族なら傷を負わせられるかもしれないが、あいつらは頑丈な鎧を着込んでいる。致命傷を与えられるかは賭けになる。私の見立てでは9対1でこちらの分が悪いな』
ナーエの警備兵に致命傷を与えられたのは、相手が寝起きで防御魔法を展開していなかったからだ。
赤髪……国家魔術師並の魔力を持ち、更に鎧じみた鱗まで生えた竜人には、魔石銃は全くもって無力なのかもしれない。
「そんな……」
どうすれば、どうすればいいのだろう……?
思考が先に進まない。唯一の武器が通じなかったという事実に、頭が真っ白になる。
だが考えている暇もない。
とにかく少しでも不快感を、弾による衝撃を与えられるなら、撃って撃って撃ちまくるしかない。
実際、赤髪の竜人が魔法を放とうとした瞬間に弾を当てたことで、魔法の発動自体は止められたようだ。
魔法には集中力が必要らしいので、魔石銃の攻撃によって集中を途切れさせることが出来たのだろう。
致命傷は与えられないかもしれないが、撃ち続ければ多少なりともフィーユ達の助けになるはずだ。
「フィーユ……! フィーユは……!?」
竜人の様子も気にしつつ、フィーユの姿を探す。フィーユはあの一瞬の隙に、レンディスさん達の馬車の方へ移動したようだ。
レンディスさんとソティルさんのいる馬車の方が攻撃は激しいが、ソティルさんの側にいる限り、レンディスさんが圧倒的な力で守ってくれる。
恐らくフィーユもそう判断し、俺達の馬車から少し離れたレンディスさん達の馬車に向かったのだろう。
いつの間にかファーレスもフィーユの横に降り立ち、庇うように剣を構えている。
「もう、大丈夫そうだな……」
ホッと安堵の息を吐く。
フィーユに、皆に怪我がなくてよかった。
だがまだ油断は出来ない。俺はスコープを覗き込み、竜人達を観察する。
そこでふと、違和感に気付く。
何故、俺のいる馬車は攻撃されないのだろうか?
竜人達の魔法は、主にレンディスさん達の馬車を狙っている。この馬車に飛んでくるのは流れ弾のような魔法ばかりで、直接狙われてはいない。
ソティルさんやフィーユ、ファーレスの動きを見ていれば、この馬車を守ろうとしているのは明白だ。普通、もっとこの馬車を狙ってくるのではないだろうか?
「無人だと思われてるのか……?」
エクウスはともかく、中にいる俺ともちは魔力がない。無人の馬車だと思われている可能性は高い。
だが無人の馬車を守っているなんておかしいと思わないのだろうか?
更にはこの馬車から弾が放たれているというのに。
「あえてこの馬車を守らせることで、戦力の分散を狙っている……とか?」
何故この馬車が狙われないのか理由は分からないが、狙われないなら狙われない方がいい。戦略を立てるとか戦況を読むとか、俺には正直出来ないし向いていない。
「俺達もレンディスさんの馬車に移動した方がいいのか……? って、こんなに魔法が飛び交ってる中じゃ無理か……」
「きゅー……」
溜め息を吐きながら移動を諦め、ここで戦うことを選択する。
「狙いはとにかく……魔法を使おうとしてる奴、だな……」
俺はスコープを覗き込み、射程内にいる竜人に対して手当たり次第ヘッドショットを決めていく。
狙って、撃つ。
狙って、撃つ。
狙って、撃つ。
ただそれだけを延々と繰り返していく。
狙って、撃つ。
狙って、撃つ。
狙って……
「血が飛び散らなくて……よかった……」
誰に語りかけるでもなく、ポツリと零す。
弾が当たっても竜人達はさほど痛がる素振りを見せないので、現実味が薄れる。まるでFPSゲームでもやっているかのような気分になる。
「でもさ……違うんだよな……これは現実で、俺達には命の危機が迫ってて……俺は、人を撃ってる……」
銃を撃ちながら、自分自身に言い聞かせるように呟く。
ゲームだと、非現実的な世界だと割り切って、受け入れてしまった方が精神的には楽なのかもしれない。
でもこの引き金を引く重さは、受け入れてはいけないものだ。一生、忘れてはいけないものだ。
「……帰りたい」
引き金を引きつつ、思わず泣き言が漏れる。
怖い、しんどい、もう嫌だ。
人を撃つという恐怖や罪悪感で、頭の中が弱音で埋め尽くされる。
「なにしてんだろ……おれ……」
馬車の中でひとり、銃を撃っていると、どんどん陰鬱な気持ちになっていく。
何故こんな場所にいるんだろう?
何故こんなことをしているんだろう?
答えの出ない疑問がグルグルと頭を巡る。
異世界なんか、来たくなかった。
何で異世界なんか来ちゃったんだ。
異世界なんか来なければ俺は、俺は……
「きゅー……」
ぽふりと、優しく包み込むようにもちが俺の頭に乗っかる。その柔らかさにハッと現実に引き戻される。
「……でも、異世界に来なきゃもち達にも会えなかったもんな……」
「きゅっ!」
『そうだよ!』とでも言うように、もちが力強く鳴き声を上げる。
ノイやナーエ、ロワイヨムの人達、フィーユやファーレス……この世界で出会った大切な人々。
もし異世界に来ていなかったら、俺は皆と会うこともなく、弱っていく母さんをただただ眺めることしか出来なかっただろう。
「異世界に来たから皆に会えたし、色んな人に助けられて、俺は希望を手に入れた……」
「きゅっ!」
俺の言葉に同意するように、もちが再び力強く鳴き声を上げる。
「そう、そうだよな……悪いことばっかじゃないもんな……」
「きゅー!」
ついつい暗く沈みがちだった思考が、もちのおかげで浮上する。もちも俺が元気を取り戻したことが分かったのか、嬉しそうな鳴き声を上げる。
「まずはとにかく、皆無事に、この戦況を乗り越えなきゃな……!」
「きゅっ!」




