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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第8章【ドラーク編】
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日々読んで下さりありがとうございます。感想やFA、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております!なかなか更新出来ず申し訳ありません…!


 

 魔物。

 魔物。

 魔物。


 魔物、魔物なのか?

 俺達と同じ姿をしているのに。

 人の姿をしているのに。


『トワ! 来るよ!』


 フィーユが悲鳴のような声を上げ、怯えるように強く俺にしがみつく。


『来るって……来るって言ったって……』


 あれを、あの魔物を、あの人達を、本当に攻撃するのか?

 本当に敵なのか?

 たまたま空を横断していた集団とかじゃないのか?


 この期に及んで俺はまだ逃避まがいのことを考える。

 愚かな思考で現実から目を逸らす。


 人の姿をした魔物は更にこちらへ近付き、魔石銃の射程範囲内に入る。今なら不意を付いて脳天を貫けるだろう。


 ―― でも、だって……人、だろ? 人を撃つのか?


 集団の先頭に立つ男の顔が、スコープに映し出される。群れを率いているように見えるので、リーダー格……大将的な存在なのかもしれない。


 男は濃い赤色の髪を無造作に後ろへ流し、口には不敵な笑みを浮かべている。立派な鎧を身に纏い、堂々たる態度で笑う男の顔や表情は、完全に人のそれだ。


 しかし、人とは大きく異なる部分がある。男の背後……背中からは、爬虫類を彷彿させる羽のような物が生えていた。


 ―― なんだ……あれ……


 羽だけ見れば竜のようだ。スコープ越しによくよく観察すれば、鎧と思ったものも身体に生えた鱗のようだった。ますます人と呼べばいいのか、魔物と呼べばいいのか、判断に困る。


 竜のような羽と鱗を持つ人間……竜人と呼ぶのが相応しいだろうか?


 目視でも確認出来るほど、空には何十人、いや何百人もの竜人が飛んでいる。色とりどりの髪色をした彼等は、髪色から察するに全員貴族級の強さを持っていると見ていいだろう。


 ―― いくらレンディスさんが強くても……あんな数に勝てるのか?


 力になれるか分からないが、やはり俺も加勢したほうがいいだろう。そう思い、もう一度スコープを覗き込む。



 赤髪の竜人と、目があった気がした。



 引き金にかけた指が震える。

 脳内に、血塗れになったナーエの警備兵が浮かぶ。


 《俺のことは撃ったくせに》

 《撃てるだろ?》

 《一度は撃ってるじゃないか》


 《いい人ぶってるんじゃねぇよ、お前はもう、人を撃てるんだよ》


 頭から血を流したナーエの警備兵が、俺を嘲笑う。


 ―― 違う……違う、俺は……!


 魔石銃を握りしめる手が震える。


『……トワ?』


 抱き着いていたフィーユが俺の異変に気付いたのか、心配そうに声をかけてくれる。


『トワも、怖いの……?』


 フィーユが顔を上げ、俺に問いかける。


 ああ、そうだ。

 怖い。

 俺は怖い。


 他者を傷付けることに、抵抗がなくなっていく自分が怖い。


 答えられないままでいると、フィーユは俺が魔物の群れを怖がっていると勘違いしてくれたらしい。勿論魔物の群れも怖いので、あながち間違いではないのだが。


『大丈夫だよ……! トワも、もちも、ファーレスも、エクウスも……私が皆を守るから……!』


 ぐっと拳を握りしめ、フィーユの小さな体が俺から離れる。


『フィーユ……?』


 慌てて呼び止めるが、フィーユは振り向くことなく馬車の外へ出てしまう。まさかこの状況で外に出るとは思わず、反応が遅れる。


『フィ、フィーユ! 待てって! 外は危険なんだよ! 馬車の中にいないと……!』


 フィーユを止めようと、俺も慌てて立ち上がり、馬車の扉へ向かう。


『ヒィイイィィイィイィンッッッ!!!』


 その瞬間、エクウスのけたたましい鳴き声と共に、馬車が大きく揺れる。


『な、なんだ!?』


 俺はバランスを崩し、馬車の中を無様に転げる。

 窓から様子を伺えば、どうやら戦闘が始まり、エクウスが反応して馬車が揺れたようだ。


 窓の外は、一言で表すなら地獄だった。


 竜人の群れが迫り、様々な攻撃魔法のようなものが飛び交っている。

 そしてそんな攻撃魔法もろとも竜人達を一掃するかのように、レンディスさんの炎が周囲を包む。


 魔法で生み出されたのであろう赤黒い炎は、正に獄炎という言葉が相応しい。

 全てを焼き尽くさんと、炎が空を赤く染め上げる。


『フィ、フィーユ! フィーユを呼び戻さないと!』


『……あぁ』


 窓の外の光景を見て呆気に取られていたが、優先事項を思い出し、再び立ち上がる。俺の言葉にファーレスも頷き、同意する。


 馬車の中が安全という保証はないが、外よりは確実に安全だろう。

 俺がフィーユを追って外に出ようとすると、ファーレスが俺の肩を掴み、馬車に留まらせる。


『何だよ、ファーレス?!』


『……いや』


『急いでるんだよ! 放せよ!』


『……いや』


 ファーレスに肩を抑えられ、一歩も動けない。

 身体能力の差をまざまざと見せつけられ、更には引き留める理由も喋らないファーレスに苛立ちが募る。こんなことをしている間にも、外でフィーユが危険な目にあっているかもしれない。


『何だよ!? 放せって!』


『……いや』


『お前、まさか……俺にここで待ってろって言うのか!?』


『……あぁ』


 ファーレスの不可思議な行動理由に思い至り、問いかけてみれば相変わらず言葉少なに肯定される。


『何言ってんだよ! 俺も行くって!』


『……いや』


 ファーレスは再び言葉少なに俺の発言を否定すると、ドンッと俺を馬車の内側へ突き飛ばし、自分だけ外に出て扉を閉めてしまう。


『おい!? 開けろよ!』


 外側から魔法で鍵でも掛けたのか、馬車の扉はビクともしない。


『ファーレス!? 何してんだよ! 開けろ、開けろよ!』


 馬車を壊す勢いで扉を叩くが、魔石製の頑丈な扉は隙間ひとつ出来ない。


「クソッ……!」


 扉を諦め、窓から外の様子を窺う。

 馬車の荷台には小さな穴がいくつか用意されており、中からでも魔石銃を撃てる構造になっている。馬車から出れなくても、多少は支援出来るかもしれない。


 窓から外を見れば、周囲は相変わらずの地獄だった。


 竜人から放たれた攻撃魔法は数を増し、まるで花火のように色とりどりの炎を生み出している。

 レンディスさんの炎は非常に強力だが、ソティルさんしか守る気がないのか、炎を抜けてこちらに迫る竜人がチラホラ見える。

 そんな竜人をソティルさんとフィーユが魔法で追撃し、馬車に近づけないよう防衛線を築いてくれている。


 2人は魔法を放ちながら魔力回復薬を飲み、魔力の枯渇を防いでいるようだ。

 ただその行為は酷く体に負担をかけるのだろう。ソティルさんはあまり態度に出ていないが、フィーユは立っているのも辛いのか、ぐったりとした様子でしゃがみ込み、それでも魔法を撃ち続けている。


 ファーレスはと言えば、人間離れした跳躍力を見せ、まるで空を舞うかのように敵に斬りかかっていた。

 敵を踏みつけて足場にし、攻撃をしたら次の敵にまた跳躍する。恐らく敵の動きを先読みして、足場にする相手を見定めているのだろう。


 文字通り一歩でも間違えれば、真っ逆さまに落ちて地面へ叩きつけられる。

 常人では不可能な戦いぶりを見せつけながら、ファーレスは表情ひとつ変えない。


 あれが、あれこそが、騎士団で英雄視されるファーレスの実力なのだろう。


「なんだよ……あれ……」


 ファーレスも空を翔べないのだと、勝手に仲間意識を持っていた。


 あんな中に俺が混ざって、何が出来ると言うのだろうか?


 悔しかった。

 恥ずかしかった。


 ただただ無力な自分が。

 戦う皆を、馬車から眺めることしか出来ない自分が。


「きゅー……」


 落ち込む俺を慰めるように、もちがそっと頭に飛び乗り、ぽふぽふと跳ねる。


「もち……」


 俺も弱々しくもちを撫でる。


 守ってもらって。

 慰めてもらって。


 体を鍛え、狙撃も練習し、成長したと思っていた。

 自分は強くなったと、勘違いしていた。


「何で俺は、こんなに無力なんだ……」


 窓の外を見つめながら、ポツリと零す。

 何も出来ない自分が、ただただ情けなかった。


「きゅー……」


 慰めるのではなく、同意するように、もちも悲しそうな鳴き声を上げる。もちも俺と同様、無力を嘆いているのかもしれない。


『きゃあぁ!』


 その時、フィーユの小さな悲鳴が響く。

 慌ててフィーユの方を見れば、赤髪の竜人がフィーユに近付き魔法を放っていた。

 咄嗟にソティルさんが防御壁を張ったのか直撃は免れたようだが、赤髪の竜人はその隙に更に距離を詰めていく。


『フィーユッ!』


 俺はすぐに魔石銃を構え、赤髪の竜人に向けて引き金を引く。



 ―― パンッ



 馬車内に射撃音が反響する。



 ―― 指は、震えなかった。




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