139
日々読んで下さりありがとうございます。感想やFA、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております!
『知らん』
レンディスさんは表情を変えないまま、酷くあっさりと呟く。
『……え?』
もしや俺は言葉の意味を間違えているのだろうか?
それかこの世界の『知らん』という言葉には、別の意味があるのだろうか?
聞こえてきた言葉を受け入れられず、呆然とレンディスさんの顔を凝視する。
『え……? な……? レ、レンディスさん言ってたじゃないですか……! 俺が本当に万能薬や帰る方法なんてあるのかって聞いた時、あるって……!』
『別に俺は、あるとも知ってるとも言ってねぇよ』
レンディスさんはヒラヒラと手を振りながら、あっさりと言う。
―― 『異世界に帰る方法や万能薬って本当にあるんでしょうか……?』
―― 『そこら辺の雑魚と俺を一緒にするな。お前はとにかく、俺の先生をここに連れてくることだけを考えろ』
レンディスさんの言葉を思い返してみる。
確かにあるとも知ってるとも言ってない。だが、あの時は完全に『ある』という態度と口ぶりで話していた。
『……そんな』
レアーレの冒険を知った時から、ただそれだけを希望にここまでやって来た。なのに、ここまで来て振り出しに戻ってしまった。
もう、なんの手掛かりもない。
帰還に繋がりそうな話も噂も、何もない。
全身の力が抜け、思わずその場に蹲る。
『ト、トワぁ……』
後ろに控えていたセイが戸惑ったように声を掛けてくれるが、答える気力もない。
―― 2年近く掛けて……なんの手掛かりも得られないなんて……
一瞬レンディスさんに八つ当たりしそうになったが、全ては自分の責任だ。
早とちりして、自分の望む言葉に置き換えた。
何よりこちらの世界で2年近く過ごしておきながら、何の情報も得られていないのは、俺がモタモタしていたせいだ。
ディユの森を彷徨っていた時も、ノイに滞在していた時も、俺は『帰りたい』『帰らなきゃ』と言いながら、本心では現実から目を背けていた。
―― 元の世界に戻ったって……死にゆく母さんを眺めるだけじゃないか……
心の奥深く、自分でも目を逸らし続けていた本心。
祖母の死から逃げた時と同じ、恐怖。
弱っていく母を見たくない。
母が死ぬ瞬間を見たくない。
ひとり取り残されるのは嫌だ。
―― 違う!
母の側にいたい。
母をひとりにしたくない。
母を笑顔で見送りたい。
相反する気持ちが、俺の中にある。
死にたい、死んじゃえば楽になる。
死にたくない、死ぬわけにはいかない。
母の死から目を逸らし、このまま穏やかに暮らしたい。
母の死と向き合い、母にもう一度会いたい。
いつも俺は悩み、迷いながら、逃げていた。自分に優しく、楽な方へ逃げ続けていた。現実から目を逸らして。
―― 罰があたったのかもな……
最初はどうしようもなかったかもしれない。
しかしノイで過ごしていたあの頃、何度あの優しく暖かな地にそのまま根を下ろしてしまいたいと考えたか分からない。俺は母さんを捨て、自分の幸せを優先しようとした。
―― 本当に最低だ、俺……
ズルズルと結論を先延ばしにしていた。もっと早く、もっと必死に行動していれば、結果は変わっていたかもしれないのに。
―― 違う。今は後悔している場合じゃない。何とか他の方法がないか考えないと……
俺がグズグズしていたせいで、2年近く経ってしまった。母の正確な余命は分からないが、倒れる程無理をしていたのだ。そう長く持つとは思えない。
自己嫌悪に陥っている時間なんてない。何か、何か次の策を考えなくてはいけない。
―― でも……
一体どうすればいいのだろうか?
ノイ、ナーエ、ロワイヨム……ここまで訪れた全ての街で、有用な情報は得られなかった。
更に言えば、長い時を生きてきたセイ、王であるロワ、賢者と呼ばれたソティルさん……そんな人達でさえも、異世界に関する情報は持っていなかったのだ。
―― 手掛かりなんて、本当はどこにもないのかもしれない……
そもそも元いた世界でも、異世界なんてお伽話だと思われていたのだ。実際に俺は異世界へ渡ったというのに。
―― それってつまり……異世界に行ってしまった人は、誰も帰って来なかったってことじゃないのか……?
信じたくなかった事実に気付き、俺の思考はどんどんネガティブな方向に向かっていく。
―― あぁそうだ……帰る方法なんて、きっとないんだ……
また無意識のうちに、諦める方向へ思考が進んで行く。
―― 違う……! 俺がこっちの世界に来たんだから、元の世界に行く方法だってあるはずだ……!
必死に頭を振り、弱気な思考を吹き飛ばす。諦めて、こっちの世界に永住することを決めるのは簡単だ。これまで俺を支えてくれた人達もいるし、お金だってある。
―― だけどそれは逃げだ。
俺は頑張った、よくやった、そうやって自分を正当化しようとしている。これ以上考えることを放棄している。
―― 考えることを放棄するな。諦めるな……!
そう思うのに、思考は結局振り出しに戻る。
―― でも、これ以上どうやって手掛かりを得ればいい……?
自己嫌悪に陥り、思考のループに入っている俺の横で、ソティルさんがレンディスさんの方をキッと睨み、叱りつけるように叫ぶ。
『レンディス…! トワを騙したのですか?』




