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皆様のおかげでHJ大賞2018の一次選考を通過することが出来ました。
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「永久、あんた私をもっと幸せにしたかった〜とか考えてるでしょ」
俺の気持ちを見透かしたように、母がケラケラと笑う。
「え!? そりゃ……考えるよ……だって俺は母さんに与えて貰うばっかりで……俺からは、何も……」
本人を目の前にして「母さんを幸せにしたい!」なんて言うのは少し気恥ずかしくて、もごもごと口籠りながら肯定する。
「バッカねぇ〜! 毎日毎日、与えるよりもずっと多く、私は永久から色んなものを貰ってたわよ」
「上げてない、何も上げれてないよ……!」
自分が1番分かっている。
俺は母に何もしていない。
きっともっと出来ることがあったはずなのに、俺はただ母に甘え、のうのうと生きてきた。
祖母を亡くした時、あんなにも強く思ったはずなのに。
あの思いを忘れたことはない。
でも、いつの間にか俺は日常に流され、特別な努力もしないままこれまで通りの日々を過ごしていた。
「幸せを測るものさしなんて、自分の中にしかないのよ。永久にはまだ、分からないかもね」
母は穏やかに笑ってそう言うと、優しく俺の頭を撫でる。
頭を撫でられたのなんて、いつぶりだろうか。
「大きくなったわね~……。いつの間にか私の身長も越えちゃって……」
「……母さん」
そんないつもと違うことをしないで欲しい。
いつも通りの、これまで通りの、本当に何気ない日常を、これからもずっと続いていくと思っていた日々を、続けて欲しい。
「そんな情けない顔しないの! 私はね、永久が毎日のびのびと成長してくれればそれでいいのよ」
「……でも」
「それが、私の幸せなの」
必死に我慢していたのに、一度涙が流れ出すともう駄目だった。涙腺が壊れたように、涙が止まらない。俺はボロボロと零れる涙と鼻水を必死に拭う。
「俺……成長期なんかとっくに終わってるよ」
少し強がって、ふざけた口調で呟く。
「鼻水垂らしてるガキんちょが何言ってるの」
母が笑いながら、病室にあったティッシュを差し出してくれる。俺はティッシュを受け取り、大きく鼻をかむと、改めて母と向き合う。
やりたいことはない?
やりのこしたことはない?
俺にやってほしいことはない?
そんな問いかけをしようと、口を開きかけたその時。
俺より先に母が口を開く。
「永久、私はもう充分幸せ。だから……あんたが幸せになりなさい」
……
詳しい検査を行うため、数日入院する母を残し、病院を出る。気付けばもう、日が暮れ始めていた。
俺はぼんやりとしたまま、家に向かって歩き出す。涙は止まったが、赤く腫れた目が痛い。
大切な人を何人も失っているのに、俺はいつも学習しない。いつだって身近な人が死ぬ覚悟なんて、出来ていない。
人はいつか死ぬのに。
それを遠い遠いものだと思っている。
―― 嗚呼、でも神様……ちょっと酷いじゃないか。
祖父も、父も、祖母も奪って。
今度は母の命まで、寿命を待たずに奪うのか?
神様がいるのなら、もう少し平等にしてくれたっていいじゃないか。
俺の大事な人を、こんなに奪わなくたっていいじゃないか。
馬鹿みたいな八つ当たりをしながら、ふと顔を上げる。
真っ赤な鳥居が、俺の視界に飛び込んでくる。
―― もし、神様がいるのなら…………
ふらふらと、鳥居をくぐる。
財布に入っていたありったけのお金を賽銭箱に投げ入れ、強く強く願う。
死なないで。
ずっと一緒にいて。
ひとりにしないで。
どれほどそこで願っていただろうか?
「はは……ばっかみてぇ……」
俺は自嘲気味に笑い、神社に背を向ける。
「……帰ろ」
帰って、母の入院準備をしなくてはいけない。着替えや身の回りの物。もし足りない物があった時に買い足せるよう、スーパーが閉まる前に帰りたい。
「あ……ATM寄らないと……」
後先考えず、財布の中身を全部賽銭箱に投げ込んだので、財布がすっからかんだ。
「俺、本当……馬鹿……」
母のために何かしたいのに、神頼みくらいしか出来ない。
自分の無力さが嫌になる。
また少し、涙がにじむ。
「泣いてる場合じゃないだろ、馬鹿……」
涙を拭い、スマートフォンで入院に必要な物を調べる。
―― 俺に出来ることなんて、それくらいしかないのだから。
……
異世界に来た時、「これは現実なのか?」と困惑すると共に、「帰りたい」「帰らなきゃ」と強く思った。だって母さんが待ってるから。
でもここが異世界で、これは夢じゃないんだと実感した時、「俺は選ばれたんだ」と思った。きっと秘めたる力が目覚めたり、仲間と共に世界を救ったり……そして俺の願いが叶えられるんだって、そう思った。
だけど何の力も目覚めず、何の出会いもなく、ただ山を彷徨い続け、その考えは否定された。
―― やっぱり俺は、無力のままなんだ。
異世界に来ても、何も変わらない。
でも、じゃあ、何のために俺は異世界に来たんだ?
何で俺が選ばれたんだ?
ずっと疑問だった。
―― けど。
ザソンさんから万能薬の話を聞いて、希望が生まれた。
全部上手く行く、チャンス。
レタリィさんも救われ……そして俺の母も救われるかもしれない、チャンス。
今そのチャンスが、目の前にある。
……
『イセカイの人間に……ですか?』
ソティルさんは俺の質問を聞き、考え込むように目を瞑る。
『んー……そうですねぇ……』
そんなこと考えたことありませんでしたと言いつつ、ソティルさんは頭の中で次々と理論を組み立てているようだ。足を止め、『周囲に魔素がなくても貯蔵した魔力で……いや、しかし……』とぶつぶつ言いながら、真剣な表情で考え込んでいる。俺はゴクリと唾をのみ、ソティルさんの回答を待つ。
『恐らく、ですが……』
数分後、ソティルさんが口を開く。
俺は祈るような気持ちで頷いた。




