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平凡サラリーマンの絶対帰還行動録  作者: JIRO
第7章【女神編】
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日々読んで下さりありがとうございます。

感想やFA、レビュー、ブクマ、評価、本当に励みになっております。


皆様のおかげでHJ大賞2018の一次選考を通過することが出来ました。

本当にありがとうございます。引き続き頑張ります!


 

「永久、あんた私をもっと幸せにしたかった〜とか考えてるでしょ」


 俺の気持ちを見透かしたように、母がケラケラと笑う。


「え!? そりゃ……考えるよ……だって俺は母さんに与えて貰うばっかりで……俺からは、何も……」


 本人を目の前にして「母さんを幸せにしたい!」なんて言うのは少し気恥ずかしくて、もごもごと口籠りながら肯定する。


「バッカねぇ〜! 毎日毎日、与えるよりもずっと多く、私は永久から色んなものを貰ってたわよ」


「上げてない、何も上げれてないよ……!」


 自分が1番分かっている。

 俺は母に何もしていない。


 きっともっと出来ることがあったはずなのに、俺はただ母に甘え、のうのうと生きてきた。


 祖母を亡くした時、あんなにも強く思ったはずなのに。

 あの思いを忘れたことはない。

 でも、いつの間にか俺は日常に流され、特別な努力もしないままこれまで通りの日々を過ごしていた。



「幸せを測るものさしなんて、自分の中にしかないのよ。永久にはまだ、分からないかもね」



 母は穏やかに笑ってそう言うと、優しく俺の頭を撫でる。

 頭を撫でられたのなんて、いつぶりだろうか。


「大きくなったわね~……。いつの間にか私の身長も越えちゃって……」


「……母さん」


 そんないつもと違うことをしないで欲しい。

 いつも通りの、これまで通りの、本当に何気ない日常を、これからもずっと続いていくと思っていた日々を、続けて欲しい。


「そんな情けない顔しないの! 私はね、永久が毎日のびのびと成長してくれればそれでいいのよ」


「……でも」


「それが、私の幸せなの」


 必死に我慢していたのに、一度涙が流れ出すともう駄目だった。涙腺が壊れたように、涙が止まらない。俺はボロボロと零れる涙と鼻水を必死に拭う。


「俺……成長期なんかとっくに終わってるよ」


 少し強がって、ふざけた口調で呟く。


「鼻水垂らしてるガキんちょが何言ってるの」


 母が笑いながら、病室にあったティッシュを差し出してくれる。俺はティッシュを受け取り、大きく鼻をかむと、改めて母と向き合う。


 やりたいことはない?

 やりのこしたことはない?

 俺にやってほしいことはない?


 そんな問いかけをしようと、口を開きかけたその時。

 俺より先に母が口を開く。




「永久、私はもう充分幸せ。だから……あんたが幸せになりなさい」




 ……



 詳しい検査を行うため、数日入院する母を残し、病院を出る。気付けばもう、日が暮れ始めていた。


 俺はぼんやりとしたまま、家に向かって歩き出す。涙は止まったが、赤く腫れた目が痛い。


 大切な人を何人も失っているのに、俺はいつも学習しない。いつだって身近な人が死ぬ覚悟なんて、出来ていない。


 人はいつか死ぬのに。

 それを遠い遠いものだと思っている。



 ―― 嗚呼、でも神様……ちょっと酷いじゃないか。



 祖父も、父も、祖母も奪って。

 今度は母の命まで、寿命を待たずに奪うのか?


 神様がいるのなら、もう少し平等にしてくれたっていいじゃないか。

 俺の大事な人を、こんなに奪わなくたっていいじゃないか。


 馬鹿みたいな八つ当たりをしながら、ふと顔を上げる。

 真っ赤な鳥居が、俺の視界に飛び込んでくる。



 ―― もし、神様がいるのなら…………



 ふらふらと、鳥居をくぐる。

 財布に入っていたありったけのお金を賽銭箱に投げ入れ、強く強く願う。



 死なないで。

 ずっと一緒にいて。

 ひとりにしないで。



 どれほどそこで願っていただろうか?


「はは……ばっかみてぇ……」


 俺は自嘲気味に笑い、神社に背を向ける。


「……帰ろ」


 帰って、母の入院準備をしなくてはいけない。着替えや身の回りの物。もし足りない物があった時に買い足せるよう、スーパーが閉まる前に帰りたい。


「あ……ATM寄らないと……」


 後先考えず、財布の中身を全部賽銭箱に投げ込んだので、財布がすっからかんだ。


「俺、本当……馬鹿……」


 母のために何かしたいのに、神頼みくらいしか出来ない。

 自分の無力さが嫌になる。


 また少し、涙がにじむ。


「泣いてる場合じゃないだろ、馬鹿……」


 涙を拭い、スマートフォンで入院に必要な物を調べる。



 ―― 俺に出来ることなんて、それくらいしかないのだから。



 ……



 異世界に来た時、「これは現実なのか?」と困惑すると共に、「帰りたい」「帰らなきゃ」と強く思った。だって母さんが待ってるから。


 でもここが異世界で、これは夢じゃないんだと実感した時、「俺は選ばれたんだ」と思った。きっと秘めたる力が目覚めたり、仲間と共に世界を救ったり……そして俺の願いが叶えられるんだって、そう思った。


 だけど何の力も目覚めず、何の出会いもなく、ただ山を彷徨い続け、その考えは否定された。



 ―― やっぱり俺は、無力のままなんだ。



 異世界に来ても、何も変わらない。


 でも、じゃあ、何のために俺は異世界に来たんだ?

 何で俺が選ばれたんだ?


 ずっと疑問だった。


 ―― けど。


 ザソンさんから万能薬の話を聞いて、希望が生まれた。


 全部上手く行く、チャンス。

 レタリィさんも救われ……そして俺の母も救われるかもしれない、チャンス。



 今そのチャンスが、目の前にある。



 ……



『イセカイの人間に……ですか?』



 ソティルさんは俺の質問を聞き、考え込むように目を瞑る。


『んー……そうですねぇ……』


 そんなこと考えたことありませんでしたと言いつつ、ソティルさんは頭の中で次々と理論を組み立てているようだ。足を止め、『周囲に魔素がなくても貯蔵した魔力で……いや、しかし……』とぶつぶつ言いながら、真剣な表情で考え込んでいる。俺はゴクリと唾をのみ、ソティルさんの回答を待つ。



『恐らく、ですが……』



 数分後、ソティルさんが口を開く。

 俺は祈るような気持ちで頷いた。



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