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その後もソティルさんと色々な話をした。
本来この森に来た目的であった、レアーレの冒険についてや、あの話の中で使っていた魔法についても聞いてみた。
ソティルさんの説明を聞く限り、あれは位置交換? のような魔法らしい。レアーレの家の周辺にある魔素と、レアーレの情報を交換したそうだ。
考え方としては、対象を小さな粒子の集まり……つまりは原子レベルまで分解し、1粒1粒魔素と位置を入れ替えるイメージのようだ。予想以上に凄い魔法だった……。位置交換というより、物質転送魔法と表現した方が近いだろうか。
『そ、それって危険じゃないんですか……!?』
『まぁ……並みの魔術師なら、危険以前にまず無理ですね』
ソティルさんはそう言って少し誇らしげに笑う。その魔法には膨大な知識と魔力、繊細な力加減、そして度胸が必要だそうだ。
『因みにその魔法を使えば、俺は元の世界に戻れるんでしょうか……?』
ダメ元で問いかけてみたが、案の定『無理ですね』と断言される。
『あの魔法は魔素があり、術者の魔力が届く範囲でしか実行出来ません』
『そう、ですよね……』
更に言えば、そんな難しい魔法を使えるのはソティルさんくらいなので、ソティルさんに魔力が戻らない限りは、どちらにしろその魔法を使えないそうだ。
ずっと探し求めて来た希望は、あっけなく打ち砕かれた。
だけどソティルさんを連れてレンディスさんのところに行けば、新たな希望がある。
『それにしても……レンディスはどうやってトワを元の世界に戻すつもりなんでしょう? 想像もつきません』
ソティルさんはワクワクした様子でそう言うと、『あの子は昔から人と違う発想をするのが得意でしたから、どんな方法を提示するのか……私も楽しみです』と笑顔を浮かべる。
俺はソティルさんの言葉に頷きながら、『理論上成功するはず』みたいな魔法ではなく、成功例があるものだといいなー……と願う。レンディスさんの場合、魔法に失敗して俺が死んでもいいや、とか考えそうな気がする。ソティルさんがいれば大丈夫だろうか……?
―― 待たせてごめん、母さん……
―― 俺、もうすぐ帰れそうだよ……
……
気付けばすっかり日も沈み、ソティルさんが夕飯や客室を用意してくれた。
『どうぞ、トワとセイはこちらの部屋を使って下さい』
『何から何まですみません、ありがとうございます』
『いえいえ、気にしないで下さい。お疲れでしょうから、ゆっくり休んで下さいね』
ソティルさんと就寝の挨拶を交わしあい、布団に入る。セイは俺が寝るまで実体化を続けてくれるようで、布団の上をふよふよと漂う。
『ソティルも封印から出てくれそーだし、トワはやっと元の世界に帰れるね~!』
『そうだな……』
よかったね〜と笑うセイに、俺も精霊石を磨きながら笑いかける。
『セイが助けてくれたおかげだよ。本当にありがとうな』
『えへへぇ〜』
セイが道案内をしてくれなかったら、俺はレンディスさんにもソティルさんにも会えなかっただろう。
会えたとしても、ソティルさんの姿をしたセイがいなければ、レンディスさんとの交渉は多分上手く行かなかったし、最悪俺は殺されていただろう。
『お世話になった皆に……お礼とお別れの挨拶、したいな……』
ノイもナーエも慌ただしく出発してしまった。最期くらいゆっくり言葉を交わしたい。
アヴァンさん、ファムさんと交わした約束のこともある。
レンディスさんに言えば、時間を取ってもらえるだろうか?
―― 色んな人が助けてくれたから、俺は今この場にいる。
ファーレスとフィーユがいなかったら、俺はここまで辿り着けなかっただろう。
エクウスが馬車を引いてくれなかったら、俺はこんなに遠くまで旅を出来なかっただろう。
ザソンさんやレタリィさんが情報をくれなかったら、俺はこの森の存在を知らなかっただろう。
カードルさんが手を貸してくれなかったら、俺はザソンさん達に会えなかっただろう。
ナーエでもそうだ。
ナーエを出て行く時、商人達が食料を用意してくれなかったら、俺はロワイヨムに着く前に餓死していただろう。
ミーレスさんが助けてくれなかったら、俺はナーエの警備兵に殺されていただろう。
レッスが見逃してくれなかったら、俺は盗賊達に全てを奪われていただろう。
ノイでだって。
ロワが俺を逃がしてくれなかったら、俺は貴族に処刑されていただろう。
レーラーが魔物除けをくれなかったら、俺は途中で魔物に襲われていただろう。
ソルダが許可証を用意してくれなかったら、俺はナーエに行くことすら出来なかっただろう。
カルネやレギュームが手伝ってくれなかったら、俺は料理を売ることが出来なかっただろう。
アルマが武器や防具を用意してくれなかったら、俺は魔物に対抗出来なかっただろう。
フレドやティミド、街の人達が言葉を教えてくれなかったら、俺は満足に喋れなかっただろう。
レイの存在がなかったら、俺はレアーレの冒険を知らずに過ごしていただろう。
そして……ペール、メール、スティードに会えていなかったら、俺は最初の草原で野垂れ死んでいただろう。
―― 皆のおかげで、皆に助けて貰って、俺はここまで来ることが出来た。
「もち、お前も……ずっと支えてくれて、ありがとな」
鞄に押し込んでいたもちを、そっと引っ張り出す。
「きゅ?」
「ずっと鞄の中に押し込んでてごめんな?」
「きゅー!」
もちに会えていなかったら、俺は異世界に絶望して死んでいただろう。
「俺が帰る前に……お前も家族の元に帰してやらなきゃな」
「きゅー?」
異世界生活565日目、俺はもちをぎゅっと抱きしめ、皆との別れを思って少し泣いた。