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『取引だと……?』
イラついた様子で、男が俺の言葉を繰り返す。
『は、はい……。俺は目的があって、ここまで来ました』
俺はこの森まで来た経緯をざっくりと説明する。
異世界から来たこと、帰る方法を探していること、万能薬のこと。
『―― 特に万能薬なんて貴重な物、タダで頂けるとは思っていません。なのでもし、俺とセイが貴方の先生を連れて来れたら、貴方の知識と万能薬を提供して頂けないでしょうか?』
無論、イレギュラーな事態は幾らでもあると思うので、その時は都度相談させて頂くという形で……と付け加える。
因みに余談だが、男は異世界の話を聞いても、特に反応を示さず、どうでも良さそうに聞いていた。
ただ「貴方の先生」という言葉を使った時だけ、男はにんまりと満足そうに笑みを浮かべた。男の先生とやらへの執着心がちょっと怖い。
『……いいぜ。その取引、乗ってやる』
男は少し考えた後、俺の提案に頷く。
元々会話の中で相手のメリットになることを探り、取引を持ち掛けようと考えていたが、あまりにあっさり提案が通ってしまい、若干不安になる。
『あ……ありがとうございます! あの……提案しておいてあれなんですが、異世界に帰る方法や万能薬って本当にあるんでしょうか……? これまで色々な街を旅してきましたが「お伽話だ」としか言われたことがなくて……』
念のため確認すると、男はまたしてもあっさりと頷く。
『そこら辺の雑魚と俺を一緒にするな。お前はとにかく、俺の先生をここに連れてくることだけを考えろ』
『は、はい……!』
自信満々にそう言われ、少し不安が和らぐ。
セイが「これまで見た人の中で1番魔力が強い」と言っていたし、王であるロワ以上に長い時を生きているのかもしれない。
長く生きていれば、様々な知識を持っていても不思議じゃない。
『ええと……じゃあ、封印や先生について、詳しく教えて貰えますか? 情報があるのとないのじゃ、成功率等も変わると思うので……』
何故封印なんて物があるのか、その辺りの事情はとても気になっていた部分だ。
場合によっては、先生を封印から連れ出すという前提が崩れかねない。
俺は『自分の目的のためにも、貴方の先生を連れ戻すというミッションを、絶対に失敗したくないんです』と強調する。
『……まぁ、そうだな。分かった。俺もお前達が何故先生の姿を知っているのか、問い質したいと思っていたしな……』
おぉう……「聞きたい」なんて生ぬるい言葉じゃなく、「問い質したい」ですか……。
その表現に恐怖を感じるが、もしセイが先生の姿じゃなかった場合、この男はこちらに見向きもしなかったと思うので、結果的に良かったのかもしれない……。
『わ、分かりました。お互い平和的に! あくまで平和的に! 情報交換をしましょう。それで……まずは貴方のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか……?』
平和的という言葉を必死に強調しつつ、男に問いかける。
『あぁ……そういえば名乗っていなかったな。俺はレンディス、ヨム・サルヴァトーレ・レンディスだ』
男は何処か誇らしげに名前を名乗る。
その姿はまるで、幼い子供が誰かに宝物を自慢するかのようだった。
……
『で? 何でお前達は先生の姿を知っている?』
ずっと入り口で立ち話をしていたのだが、やっと屋敷の中に入り、ソファに座って会話……いや、詰問が始まった。
レンディスさんの目が据わっている。回答に間違えば、先程のように光の矢でも飛んできそうな雰囲気だ。
『ま、まずですね……先生の姿を実体化していたのは、精霊のセイです』
『はぁ~い! ボクがセイだよぉ~!』
セイが再び姿を実体化し、ふよふよと飛び回る。
レンディスさんは『あぁ……先生のお姿はやはり美しい……!』と陶酔した目で空に浮かぶセイを見ている。
レンディスさんにとって、精霊という点はどうでもいいのだろうか……?
『セイの本体はこれです』
俺はそう言いながら、精霊石を取り出す。
『へぇ……で?』
レンディスさんは興味なさそうに精霊石を横目で見た後、『だからどうした』と言わんばかりに続きを促す。
『えっと……この精霊石を作ったのが、貴方の先生なんです。セイは自分……精霊石を1番長く所有してた人の姿で実体化していたんです』
『先生が作ったものだとっ!?』
先程の態度とは打って変わって、レンディスさんが熱心に精霊石を見つめる。
『流石先生……。精霊を結晶化するなんて……』
いや、貴方さっき凄いどうでも良さそうな目で見てたじゃないですか……とは言うまい。レンディスさんにとって、先生が関わっているか否かが、物事の判断基準なのだろう……。
『まぁそういうことなら、お前が先生の姿を真似るのも特別に許してやろう。それから俺の前ではずっとその姿でいろ。いいな?』
レンディスさんはセイに対し、物凄く上から目線で命令を下す。
『トワ~……この人ぷちってしてもいい~?』
対してセイはというと、口調こそいつも通りのほほんとしているが、大分カチンと来ているようだ。
ぷちっとするって何だ、ぷちっとするって……。
人に対して使っていい擬音じゃない。可愛い擬音のはずが滅茶苦茶怖い。
『だ、駄目だぞ? 友好的に話し合いたいし、ちょっとイラっとしても我慢してくれ……』
俺は必死にセイを宥めつつ、小声でお願いする。
若干不満そうだったが、セイも『は~い』と返事してくれたので、多分大丈夫だろう。
―― というかレンディスさんもさっきセイに潰されたのに、よくあんな喧嘩売るような言い方出来るな……
俺は色んな意味でレンディスさんに尊敬の眼差しを向ける。
『あぁ? 何見てんだ、死にたいのか?』
ちょっと見ただけでこの態度である。チンピラか?
もっと平和的に生きて欲しい。
『す、すみません……。ええと、それでですね、俺達は先生の姿こそ分かりますが、先生について殆ど何も知らないんです。なので、先生について詳しく教えて貰えませんか?』
先生とやらの人となりは勿論だが、何故封印の中にいるのか、そもそも封印から連れ出して、周囲に危険があったりはしないのか……気になることは山ほどある。
流石に周囲に危険がある場合は、連れだすことは出来ない旨もレンディスさんに伝える。
『危険なんかねぇよ。先生のあれは……まぁ、拒絶みたいなもんだ』
『きょ、拒絶、ですか……?』
『……俺に会いたくないんだよ。俺を拒絶してるんだ』
レンディスさんが本当に悲し気な声で、ポツリと言う。
―― レンディスさんがセイに言った「やっと会いに来てくれた」という言葉。
―― 「いつまであなたを待てばいい」という悲痛な叫び。
まだ会って間もないが、レンディスさんが異常なまでに先生とやらに執着しているのは分かる。俺はゴクリと唾を飲み込み、静かに問いかける。
『……貴方と先生の間に、何があったんですか……?』




