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森の中を先導していたセイが、木の隙間から見えた建物を指差す。木しかなかった森の中に、豪華なお屋敷が1軒だけぽつりと建っている。
『あのお屋敷の中に、1人いるみたいだよぉ』
『あの中に……人が……』
とうとうここまで来てしまった。
お屋敷の中にいる人が、女神様や賢者様と呼ばれる存在なのだろうか?
何度も深呼吸をして、高鳴る心臓を押さえつける。
―― 交渉、上手く行くといいんだけど……
正直、交渉には不安しかない。
ただ、ザソンさんが提案した盗みに手を出す気はない。
多分、魔力感知に引っかからない俺の体質ならば、盗み出すこと自体は容易だろう。
物理的なセキュリティがあれば別だが、ザソンさん曰く、魔力が強い人ほど魔法的なセキュリティを好む傾向があるようだ。
魔法でどんなセキュリティ……罠や守りが掛けられていても、俺なら全て無効化される。
ただザソンさんの計画通り万能薬を盗み出せたとして、万能薬なんてレアアイテムっぽいものがなくなっていれば、相手も確実に気付くだろう。
相手は森全体に高度な封印を施せたり、『不可能』と考えられている魔法を使えるような存在だ。
盗みがバレれば、盗んだ俺も万能薬を受け取ったザソンさんも、命はないだろう。
何より俺自身、盗み等の犯罪行為には手を出したくない。
―― それに盗み出すのが危ないってことくらい、ザソンさんも分かってると思うんだけどな……
分かっていても、そこに少しでもレタリィさんを治せるという希望があるのなら、彼の中で手を出さないという選択肢はないのかもしれない。
―― 俺と違って、自分の命を懸けることに躊躇がないんだろうな……
俺を脅すこと自体、ザソンさんにとっては命懸けだったと言えるだろう。
俺の周囲には騎士団団長であるカードルさん、そして騎士団で英雄視されているファーレスがいる。
更に言えば、フィーユも魔力量自体はザソンさんより上だ。精霊であるセイまでいる。
俺を脅していることに気付かれれば、ザソンさんはその全員を敵に回すことになる。そうなればザソンさんの命はかなり危険だったはずだ。
料理教室というあんなにも人の多い所で脅しを行うなんて、計画的な犯行とは思えない。
俺を脅した前日、俺が森の封印を抜けられること、そしてセイの言葉で森の中に人がいることを知り、万能薬を手に入れるという目的のため、衝動的に行動したのだろう。
『レタリィさんのためにも、そして俺自身のためにも……この交渉は、絶対に失敗出来ない』
俺はもう一度深呼吸をしてから、セイの方を見る。
『セイ、姿を消して屋敷の中を探ることは可能か?』
『うん~。もう少し近付けば出来るよぉ~』
『ありがとう。じゃあ悪いんだけど、事前に話した計画通り、先に屋敷の中を探って、中にいる人や屋敷の様子を教えてくれるか? その後、可能なら中の人と接触してくれ』
この世界では、魔力が弱い者は見下される傾向が強い。
そしてカードルさんの態度を見る限り、精霊は敬われている存在のようだ。
それらを踏まえて、俺がいきなり顔を出すよりも、まずはセイに接触してもらった方が良いだろうと判断したのだ。何より、もし出会い頭に物理攻撃や魔法攻撃をされた場合、俺なら即死だがセイなら安全だ。
そしてセイが相手と友好的な関係を築けたら、セイの友人という形で俺を紹介してもらう予定だ。
『セイ、頼むぞ……!』
『任せてぇ~!』
……
姿を消し、屋敷の方へ向かったと思われるセイを待つこと数十分。
たかが数十分だが、俺の中でこの時間はとてつもなく長く感じた。
『ただいまぁ~』
突然、耳元でセイの声は響く。
『セイ、おかえり! どうだった!?』
俺は逸る気持ちを抑え、小声でセイに問いかける。
『えっとねぇ~……お屋敷は広くてぇ~豪華だったよぉ~。物理的な罠? は多分ないと思うから、トワが入っても大丈夫だと思う~。魔法的な罠? はいっぱいあったけどねぇ~』
『そっか……良かった! ……のかな?』
罠がないのが一番だが、まぁ自分に影響がない罠なら問題ないとしよう。
『それから中の人はぁ~……ん~……何か変な人だったぁ~』
『……変な人?』
『魔力は凄く強かったよぉ~。人として有り得ないくらい~。ボクがこれまで見た人の中で、1番強いかも~』
『ま、マジか……!』
セイは精霊石として、様々な人の手を渡ってきたはずだ。
更に「これまでセイが見た人の中で1番」ということは、精霊石を作った人よりも魔力が強いということになる。
『精霊石を作った人は賢者様……なんだよな? でも、中の人はセイが知ってる人間じゃなかったんだよな?』
『うん~。知らない人だったよぉ~』
『じゃあ中にいる人は、賢者様の子孫……なのかな?』
俺の言葉に、セイが『あ!』と声を上げる。
『そういえば魔力の質が似てたかもぉ~!』
『おぉ! 子孫ならきっと魔力の質も似るよな! これは子孫説が濃厚っぽいな……』
俺はセイから情報を聞き出しながら、これまでに聞いた情報と繋ぎ合わせて整理していく。
『で、変な人って……どういう意味だ?』
俺の問いかけに、セイは困ったような口調で中の人と接触した様子を語る。
『ん~……何か本を読んでたみたいだからぁ、驚かせないように、トワに話しかけた時みたいに実体化してから、「こんにちわ」って声を掛けたのぉ』
『ふんふん』
『そしたら相手が凄い興奮しだしてぇ……「先生! やっと会いに来てくれたんですね!」って物凄い勢いで飛びかかって来たからぁ「先生じゃないよぉ?」っ言ったのぉ』
『先生……? その人は精霊のことを先生って呼んでるのかな……?』
いまいち意味が分からないが、セイに続きを聞く。
『分かんない~。「先生じゃない」って言ったら、「じゃあ、あの時の答えをくれるんですか?」って言われてぇ……何の話か全然分からなかったから「何のことぉ?」って聞いたのぉ』
俺はセイの話を聞きながら、ふと1つの答えに辿り着く。
多分、セイが実体化している元になった女性が、中の人の「先生」なのだろう。
『お、なんか謎が解けたかも! それでそれで?』
『そしたら「なかったことにするんですか……!」って言われてぇ……もうよく分かんなかったから、取り敢えずトワを連れてきていいか聞こーと思って「知り合いを連れてきてもいい~?」って聞いたのぉ』
『お、おぉ……ぶん投げたな……』
『そしたら「いいですよ」って言ってくれたからぁ、トワを呼びに来たのぉ~』
よく分からない流れだが、まぁ許可が出てるなら大丈夫だろう。
『多分その人、セイが実体化してる女性の知り合いなんじゃないか?』
『あ~! なるほどぉ~!』
『セイのその姿って、精霊石を1番長く所有してた人なんだよな? それってセイを作った人じゃないか?』
『そうそう~』
『ザソンさん曰く精霊石を作った人は賢者様らしいし、中の人が賢者様の子孫なら、賢者様のことを「先生」って呼んでてもおかしくないよな?』
『おぉ~!』
セイも納得したような声を上げる。
『中の人は、セイが他の人の手に渡った後に生まれたのかもな。だからセイは見たことないのかも』
『確かにぃ~!』
セイは嬉しそうに『やっと謎が解けたよぉ~』と喜ぶ。
中の人が先生に対し、「やっと会いに来てくれた」と発言しているのは気になるところだが、挨拶してから詳しく話を聞けばいいだろう。
『よし! じゃあ謎も解けたし、もう1度屋敷に突撃するか!』
『おぉ~!』