【番外編】SIDE:ザソン
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番外編でザソン視点のお話です(レタリィ視点から続いているため、前の話から読んで頂ければ幸いです)
『『 せーのっ! 』』
そう言ってレタリィと同時に飲み込んだ丸薬は、恐ろしく苦かった。だけど僕の心に不安はなかった。自分の考えを信じていたから。
―― 絶対に、上手く行く。
レタリィの両親によれば、彼女は治癒力が生まれつき弱い体質らしい。
回復魔法はあくまで対称の身体を活性化させ、治癒力を補佐することしか出来ない。
つまり治癒力自体が低い場合、どんなに回復魔法を掛けても劇的な回復にはならないのだ。
更にレタリィは幼い頃から回復魔法漬けの日々だったため、どんどん魔法が効きにくくなっているらしい。
身体に耐性が出来てしまったのか、魔法で無理やり治癒していた副作用か、詳しいことは分からないが、とにかく回復魔法が一切効かなくなるのも時間の問題だろう……と大人達が会話しているのを聞いてしまった。
―― なら、治癒力自体を上げればいい。
子供ながらの単純な思考。
だけど成長した今でも、この考えは間違っていないと思う。
大人達は高位の回復魔法にばかり拘っているけれど、根本的な解決にはならない気がしている。
それからというもの、僕は家の地位や権力、使えるものは全て使って情報をかき集めた。
噂話でも、我が家に伝わるような口伝でも、お伽話とされている物語でも、何でもいいからとにかく集めた。
レアーレの冒険のように、殆どの人はお伽話だと思っているような物語でも、詳しく調べれば実話かもしれない。
―― 僕はずっと、この家に生まれたのが息苦しかった。
イストリア家。
伝統と文化を持つ古い家柄。
何世代か前の当主レアーレが、奇跡的な体験をしたことが広まり、物語にまでなった。
生まれた頃から、僕の周りには人が溢れていた。
偽りの笑顔。
心にもないお世辞。
煩わしい人間。
―― 地位と名誉と金が欲しいと、ハッキリ言えばいい。
そんな人間関係に辟易していた頃、僕はレタリィに出会った。
白で統一された静謐な空間に横たわる、宝石のような女の子。
触ったら壊れてしまいそうなほど、脆く儚い。
そんな彼女に、僕は一目で恋に落ちた。
……
レタリィと過ごす時間は静かだ。
彼女の体調が安定している時は、彼女にねだられ、主に僕が外の世界の話をする。
彼女は僕の話を聞きながら目を輝かせ、たまに彼女の世界の話をしてくれる。
僕にとっては煩わしくて汚い世界も、彼女のフィルターを通せば、綺麗で優しい世界の話になる。
彼女の体調が優れない時は、話すこともままならず、ただ苦し気なレタリィの様子を見ていることしか出来ない。
会話もなく、彼女の汗を拭いて上げたり、水を用意して上げたり、出来ることなんて殆どない。
今にも壊れてしまいそうな程華奢な身体で、彼女はずっと戦っているのだろう。
彼女を助けたい。
僕がそう考えるのは、必然だったと思う。
彼女のために情報をかき集めた。
生まれて初めて、自分がイストリア家の者で良かったと思った。
力のない家柄だったなら、ここまで効率的に情報を集めたり、人を動かすことは出来なかっただろう。
そして見つけ出した、地方に伝わる特別な薬。
治癒魔法も効かないような病気が治ったという言い伝え。
情報を見つけるのも、譲ってもらうための交渉も一苦労だった。
地位と名誉と金、僕が嫌悪していた全てを使い、長い長い交渉の末、何とか譲ってもらうことに成功した。
子供ながら、レタリィに危険なものは飲ませられないと、専門家に成分の調査を依頼し、万全の状態で挑んだつもりだった。
―― まさか最後に、彼女の両親が立ちはだかるとは思っていなかった。
彼女の両親は、彼女を深く愛しているのだろう。
だから子供が手に入れた、地方に伝わる特別な薬なんてお伽話のような物、怪しくて娘には飲ませられないと判断したのだ。
確かに変な物を食べた場合、健康な人ならお腹を壊すくらいで済むだろうが、彼女の場合はそのまま死につながるリスクが高い。
娘を愛する親として、少しでも得体の知れない物は、摂取させたくないのだろう。
―― でもこのままじゃ、レタリィが死んでしまう……!
何もせずに緩やかに死を待つくらいなら、行動した方が絶対にいい。
それにレタリィなら、僕を信じてくれると確信があった。
『……レタリィ、この薬を飲んでみない? 地方に伝わる、特別な薬らしい。色んな病気が治ったって言い伝えがあるんだ。もしかしたらレタリィの病気も治るかもしれない』
レタリィの宝石のような瞳が、戸惑いに揺れる。
僕は必死に言葉を重ねる。
『お願いレタリィ。僕を信じて……!』
『でも……』
『僕も一緒に飲むから』
そう言って僕は、丸薬を半分に割る。
元からそのつもりだった。
もしこの丸薬を飲んで、レタリィが死んでしまったら……僕も後を追うつもりだった。
レタリィを1人になんてさせない。
レタリィのいない世界なんて、僕には必要ない。
『一緒に飲もう?』
『……ザソンを信じる。一緒に、飲もう』
差し出された丸薬の欠片を、レタリィが手に取る。
『せーので飲み込もう』
『分かった』
『『 せーのっ! 』』
……
『まったく……無謀にも程があるよねぇ~……』
私は薬を棚から取り出しながら、あの時のことを振り返る。
『まぁ……結果オーライってやつだったけどねぇ~……』
あの頃の幼い自分は、自分の考えが絶対に正しいと信じていたし、事実レタリィの体調は劇的に改善されたのだから、過去の自分を褒めたいところだが……
『年々臆病になって……嫌だねぇ~全く……』
強力な薬だった。
しかし、レタリィの病気を完治するには至らなかった。
あの薬の成分を調べ、似た成分の薬草を集め、何とかレタリィの寿命を繋いできた。あれだけ強力な薬だ。材料も手に入りにくい。
『……これで最後の薬、か……』
薬が切れれば、レタリィの身体はまた元に戻ってしまう。
今は薬の効果で、治癒力を底上げしている状態なのだ。
『……薬は最後。材料が手に入る目途はない。なら……』
―― なら、新しい薬を探すだけだ。
『……薬の目途は、ついてるんだよねぇ~……』
我が家に伝わる女神の話。
記録から消された賢者の話。
どんな怪我や病気でも治すという薬。
これらを調べれば調べるほど、点と点が繋がっていく。
―― 恐らく、女神と賢者は同一人物で……誰かが意図的に存在を隠している。
デエスの森の封印も、女神だか賢者を隠すため、その人物が施したものだろう。
誰だか知らないが、面倒なことをしてくれたものだ。
『レタリィ……』
一目見た瞬間、恋に落ちた宝石のような女の子。
今でも時折、脆く儚い一面を見せる。
どんな手を使おうと。
誰に恨まれようと。
私は私の目的を達成する。
……
『ザソン? まだ起きていたんですか……? そろそろ寝ないと、明日の仕事に響きますよ?』
いつの間にか、外に出ていたレタリィが戻っていたようで、後ろから声を掛けられる。
『あっはぁ~! おかえり、レタリィ~! 君こそあんまり夜遅くに出歩いちゃ駄目だよぉ~?』
『……分かっています』
レタリィを自分の専属秘書にしたのは、彼女が外に出られるようになって少しした頃だった。
恐ろしく苦い丸薬を飲んだ後、私とレタリィは三日三晩寝込んだ。
自分の両親にも、レタリィの両親にも、それはもう死ぬほど心配をかけ、死ぬほど怒られた。
けれど目覚めたレタリィの体調が劇的に回復している様子を見て、皆泣いて喜んだ。私もこれでもかというくらい褒められた。
外に出れるようになったレタリィを連れ、様々な場所を案内した。
けれど私も彼女の両親も、社交だなんだと時間を取られ、なかなかレタリィとの時間がとれなかった。
折角外に出られるようになったのに、 結局レタリィはひとりぼっちだった。
部屋で時間をつぶしたり、護衛を連れて少しだけ外を散歩したり。
それを見て、私は『レタリィを自分の秘書にしたい』と彼女の両親に頼んだ。彼女の両親もレタリィが1人でいることを不安に思っていたのか、諸手を挙げて賛成してくれた。
レタリィ自身も、自分が誰かの役に立てるととても喜んでいた。
『レタリィ、これからよろしくねぇ~!』
『うん……! あ、お仕事だからキチンと喋らなきゃいけないよね! よろしくお願いします。ザソン!』
『レタリィは真面目だなぁ~……普通の口調でいいのにぃ~!』
……
そしてレタリィが秘書としてずっとそばにいてくれる、夢のような日々が始まった。
レタリィは公私混同をしないように気を付けているようで、仕事中はずっと敬語だった。仕事が終わった後の、敬語がなくなり昔の口調で喋ってくれるギャップも楽しかった。
……
レタリィもすっかり仕事に慣れた頃。
私も成長し、少し早いが結婚を考えてもいい年頃になってきた。
―― 結婚相手なんて、レタリィに決まってるじゃないか。
幸い、自分の両親も彼女の両親も古くから付き合いがある。
多少家柄に差があるものの、同じ上級貴族だ。反対はしないだろう。
蜜草が咲き乱れる、収穫祭の夜。
仕事も終わり、彼女に渡すプレゼントも用意した。
『ねぇ、レタリィ。話があるんだけど……』
『なに?』
私が告白をしたら、レタリィはどんな顔をするだろうか。
きっと私の気持ちにはもう気付いているだろう。
それでも少し、驚いた表情をするだろうか。
『僕と、結婚してください』
レタリィが大きく目を見開く。
直後、レタリィは目を潤ませ、何か言おうと何度か口を開く。
しかし口元を抑え、目に涙をにじませながら吐き出した答えは、私が欲している物ではなかった。
『……ごめんなさい』
正直、断られるとは思っていなかった。
『ザソンは友達で……兄弟や、大切な仕事仲間だと思ってる。だから、結婚とか、恋人とか……そういう風には考えられない……』
そう言うと、レタリィは足早にその場から立ち去ってしまう。
私はただ呆然と、走り去るレタリィの背中を見つめることしか出来なかった。
……
翌日。レタリィは仕事に来ないかと思ったが、いつも通り顔を出した。
少し目が赤かったので、彼女も泣いたのかもしれない。
『……おはようございます、ザソン』
何と声を掛けようか迷っていると、レタリィが普段通り挨拶をしてくれる。
何もなかったことにしよう。
これまで通りの関係でいよう。
私にそう伝えたかったのかもしれない。
『あっはぁ~……おはよう、レタリィ』
私もいつも通りのテンションで挨拶しようとするが、声に力が入らない。
仕事中もずっと上の空で、有り得ないミスを連発した。
仕事が終わり、レタリィに声を掛ける。
『あっはぁ~……今日の私はダメダメだったねぇ~……レタリィにも沢山迷惑かけて……その、ごめんね?』
『……大丈夫ですよ。私は貴方の秘書ですから』
仕事が終わったはずなのに、レタリィは敬語を崩さない。
『あー……レタリィ。仕事も終わったし、いつもの口調でいいよぉ~?』
『……いえ、これまでの私は、ザソンに甘えすぎていました。これからは……態度を改めようと思います』
遠回しに、貴方のそばにいることは仕事なのだと言いたいのかもしれない。
『あっはぁ~……そっかぁ~……』
私は力なく相槌を打つ。
『ザソンも……』
『ん?』
レタリィが、何かを言いかけて止める。
聞き返せば、何度か言いよどんだ後、レタリィはもう一度口を開く。
『ザソンも……その口調、やめていいですよ』
そういえば、この口調も元はレタリィを笑わせるため、とある喜劇で見た道化師の口調を真似たのだった。
レタリィが笑ってくれたことが嬉しくて。
笑ったレタリィが可愛くて。
何度も何度も真似をしているうちに、いつの間にかこんな滑稽な口調が、自然に身についていた。
もしかしたら、レタリィはずっと私に無理をさせていると、心苦しく思っていたのだろうか。
―― すれ違ってばかりで、本当に私は道化師そのものだな……
『あっはぁ~! 私は人気者だからねぇ~? この口調はピッタリだろう~? なかなかお気に入りでね~!』
何だか無性に笑い出したい気分になり、ハイテンションに言葉を紡ぐ。
この口調のおかげで印象に残りやすくなり、社交が上手く行くことも多々あった。お気に入りという言葉に嘘はない。
『……そう、ですか……』
納得したのかしていないのか、レタリィはそれ以上強制することなく、『失礼しました』とだけ言って部屋を後にする。
『……あっはぁ~……この口調、真似し始めてからどれくらいだっけねぇ~……』
かなり長いこと、この口調で喋っていた気がする。
元の自分の口調なんて、忘れてしまった。
『大概しぶといよねぇ~……私も』
生まれた頃から、私の周りには人が溢れていた。
それは今でも変わらない。むしろ成長して、どんどん煩わしい人間関係は増え続けている。
なのに、一番そばにいて欲しい人はこちらを振り向かない。
『まぁ~……そういうとこも好きなんだけどねぇ~……』
溜息を吐きつつ、計画を練る。
嫌われていないなら。
恋人として考えられないだけなら。
恋人として意識してもらえるようにすればいいだけだ。
単純な思考だが、昔から自分は単純な思考で考えた方が上手く行く。
レタリィの身体を治す。
レタリィの恋人になる。
『折角恋人同士になれたとしても、レタリィが死んじゃったら意味ないしね~』
―― レタリィのいない世界なんて、僕には必要ない。
どんな手を使おうと。
誰に恨まれようと。
私は私の目的を達成するために。